第5話:折れた剣と安堵
倒れる巨大ベアを確認すると、仰向けで横になる。
「終わったぁ〜…」
木々の無くなった空を見上げる。フレイム・バレットの影響か、周りからは焦げ臭い匂いが漂っている。
ザッザッと歩く音が近づいてくると、トルクが顔を覗かせる。
「フェルン、お疲れさま。大丈夫?」
トルクが腕を差し出してきたので、掴んで身体を起こす。
「ああ、大丈夫。倒れたときは焦ったけどね」
「僕も。だからフェルンが打ち返したときはビックリしちゃったよ!」
「おかげで剣はダメになっちゃったけど」
右手に残った折れた剣を見る。刀身の真ん中あたりで折れており、刃先はどこかに行ってしまった。
折れた剣を支えに使いながら立ち上がり、服やズボンに付いた土を払う。寝転がったのもあるが、土臭い。
顔を上げるとグラッツさんが巨大ベアに近づき、持っていた剣で首元を思いっきり刺した。
「念の為だ。これ以上動き回られたら、やっかいだからな」
こちらの視線に気付いていたのか、剣を抜きながら説明をする。
「魔獣は体力も並外れているからな。今は気絶しているが、あとで起き上がって襲撃される、なんてのを何度経験してきたことか」
過去のことを思い出したのか、哀しそうな顔をするが、剣を払うといつも通りの顔に戻る。
「しかしなかなか無茶なことをしてくれるな」
剣を鞘に戻し、盾を背負いながらこちらに歩いてくる。
「フレイム・バレットが打ち返せなかったら、どうすんだよ」
口調は強めだが、顔はやれやれ、といった感じで、怒ってはいなさそうだ。
「実は何も考えてなくて、身体が咄嗟に動いたというか…」
頭をポリポリと掻く。あの時は考えると同時に、完全に反射で動いていた。
「結果的に成功したから文句を言うつもりはないが、無茶はしてくれるなよ」
と言いながら、グラッツさんは右手を差し出す。
「だがよくやった。これで村が守られたんだ。ここが英雄フェルンの序章なのかもな」
手を差し出された理由がすぐわからなかったが、その言葉で理解する。
倒したという実感と、グラッツさんの褒め言葉に、自然と嬉しさが込み上げてくる。思わずグラッツさんの握手には、両手で答えてしまった。
* * *
森を出て村へ向かうと、入り口には人だかりができていた。
テノーラさんが1番にこちらに気付くと、周囲のみんなもこちらに気付く。どうやら巨大ベアが出現した報を聞き、村人が集まっていたみたいだ。
入り口に着くと、自分とトルクの両親、テノーラさんが前に出てきた。
「フェルン、大丈夫なの? 怪我は…」
フェルンの身体を見わす姿に、思わず吹き出した。
「母さん大丈夫だよ。かすり傷程度で、大きな怪我はしてないから」
その言葉にフェルンをしばらく見ると、安堵したのか、ホッと一息をつく。
「討伐はできたのか?」
母さんの横にいた父さんが、心配そうな顔で問いかける。左右のグラッツさんとトルクの顔を見てから頷く。
「うん。倒したよ」
その言葉に、その場にいた全員が、喜びの顔へと変わり、歓声をあげ始めた。被害にあった商人も喜んでいる。
「やったじゃない!これでフェルンも本物の英雄の仲間入りだね」
テノーラさんに、強めに背中を叩かれ、思わず前に出る。他の村人たちからも、英雄という言葉をかけられ、また思い思いに背中や肩を叩かれ、頭もガシガシされる。
正直、痛い…。
横を見ると、トルクも似たようなもんだった。
「さて、英雄たちはお疲れなんだ。早く家に返して、休ませてやろう」
見かねたグラッツさんが大声で村人たちに声をかける。助かった…。
ふと、前に立つ母さんを見ると、なんだか心配そうな顔をしていた。
「母さん…?」
呼ばれると、ハッと驚いた顔をする。
「ご、ごめんね。なんでもないよ。さて、じゃあ今日はごちそうを作らないとだね!」
そう言いながら、母さんは歩き出した。隣の父さんは穏やかそうな顔でこちらを見ると、母さんの後を歩き出した。
* * *
シャワーを浴び、自室に戻ると、ベッドにうつ伏せで倒れこむ。倒れ込んだ勢いで、ベッドの軋む音が響く。
帰宅後、いつも以上にはりきった母さんが、宣言通りに豪華なごちそうを夕飯として振る舞ってくれた。
正直かなり多くて、若干困ったが、母さんの嬉しそうな顔を見てしまったので、父さんと一緒になんとか食べきった。が、かなりお腹を圧迫してる。
ごろん、と楽になるため仰向けになり、天井を見つめる。月明かりが窓から入り、薄っすらと天井の様子がわかる。外は虫の鳴く音が響いている。
「勝てたんだな、あんな魔獣に…」
これまでも自警団として小型の魔獣と戦ったことはあるが、今回のような大型の魔獣と対峙したのは初めてだ。もちろん勝てたことも。
右手を上げながら握ったり開いたりを繰り返す。巨大ベアの硬い腕に斬りつけた感触やフレイム・バレットに剣をぶつけた衝撃など、その時の感触を思い出す。戦っている最中はがむしゃらに向かっていたが、今思うと、あれだけの巨躯と斬りつけた時の硬さを考えると、よく倒せたな、と思う。けど…
開いていた手をグッと握り込む。巨大ベアに討ち勝てた。もちろん自分ひとりの力では無いが、「英雄」を諦め始めていても、続けてきた鍛錬が実を結んだと感じる。
「これで少しは英雄に近づけたかな」
グラッツさんやテノーラさんの言葉、それに村のみんなの喜ぶ顔が思い浮かぶ。絵本のようにカッコよくはなく、傷やギリギリの戦いではあったけれど。でも絵本の「英雄」と同じような景色が見えてきたのかもしれない。
そんなことを思っていると、強烈な眠気が襲ってきた。今日は気分良く眠れそうだ。
虫の音が鳴る夜を感じながら、足元の布団を被る。




