第60話:不気味な影と悲痛な報
リアファルさんの研究室から戻ると、ちょうどアニーさんとタルテと出会った。隣村への潜入はまだできないから、まずはこの村で聞き込みしよう、となり、村に残るアニーさんとタルテにお願いをしていた。
「おかえりなさい。どう?リアファルさんから良い情報はもらえた?」
「うむ。有力な情報を渡したぞ」
「ええ、バッチリです!」
リアファルさんが胸を張り、ノルンが両手を胸の前でグッと握りしめてみせる。それを見てアニーさんがふふっと笑う。
「その件だけど、どこかで旧時代の遺跡に向かいたいと思っているんだ」
「ええ、いいと思うわ。いつでもいいわよ。……時間はたっぷりあるから」
アニーさんは少し寂しそうに眉を下げる。だがすぐに普段の顔に戻る。
「あ、もちろんその時は、私も一緒に行くわ。タルテもね」
とアニーさんは後ろのタルテに視線を移す。そう言えば、静かだな、と思っていたが、何だかタルテはげっそりしていた。
「……どうしたんです?これ」
俺は気落ちしているタルテを指差しながら、アニーさんに問いかける。アニーさんは何か不満なのか、ふん、と顔を背ける。
「少し手合わせに付き合ってもらったのよ。ただ文句ばかり言うから、少し強めにしたらこうなっただけよ」
アニーさんは少し苛立ち気味に話す。タルテはこちらに視線を向けるが、いつもの元気さは全くなかった。
「いや、だって普通訓練で手合わせって言ったら、木刀で模擬戦するくらいって思うでしょっ!?なのに真剣使うって何さ!?しかもエア・ボム使った移動とかある!?もの凄い速さで迫って来て、親の敵みたいな目で斬りつけてくるんだよ!?そもそも王女様がそんな強いなんて、誰が思うよっ!?」
「あら、イージスやトライクとは、いつもそれくらいの手合わせをしてたわよ」
「いや、その人たち何なのよ……?」
確かにイージスさんとトライクさんなら、それくらい激しい打ち合いはしそうだな。ちょっとだけタルテが不憫に思えてきた。
「それで村の情報収集はどうだったんだい?」
リアファルさんが気になったのかアニーさんに尋ねる。アニーさんもいつもの凛々しい顔に戻る。
「そうね。結果から言うと、情報は何も無いわ。……不気味なくらいね」
「不気味?」
俺の言葉にアニーさんが頷く。
「ラントさんの言うとおり、ジーク・オレンが隣村にいることは、ここの村の人たちも知っていたわ。でも誰一人、その家族や姿について知らないそうよ。そんなことあると思う?名前や噂は流れてくるのに、それ以外のことは誰も知らないなんて」
「うーん……どうなんだろう?俺の村も隣の村のことはよくわからなかったからな」
とノルンに視線を移す。ノルンも自分の村を思い出しているのか、上を見上げる。
「私の村もそうですね。そもそも近くに村が無かったのもありますけれど」
「まあ俺の村も、近くに他の村は無かったな」
近くの村でもホッセルで数日かかるくらいだったからな。俺とノルンの回答を聞いて、アニーさんは困惑した顔を浮かべる。
「お二人の村は王都からも離れたとこだったから、今回とはちょっと違うわね……」
「ふむ。一般論でしかないが、距離的な問題が無く、仲が悪いことも無ければ、助け合う意味でも、交流があるのが普通だ。そうなれば、当然、お互いの村の状況を知ることにもなる。その意味では、アニーくんの言う不気味さと言うのには、私は納得するがね」
リアファルさんの言葉にアニーさんが頷く。なるほど、確かにお互いに交流をした方が村のためにもなりそうだな。
「それじゃあ、この村と隣村の方たちは、仲が悪いと言うことでしょうか……?」
ノルンの言葉にアニーさんは首を横に振る。
「それがそうでもないわ。普段から隣村に行く方もいたわ。でもその人たちですら、姿を見たことが無いそうよ」
「ふむ。そうなると、隣村に何かがある、と言うことかな」
リアファルさんがそう呟き、何度も頷く。
「何かって……何がある?」
「わからぬ」
リアファルさんがはっきりと断言した。思わず膝が崩れかける。
「わからんって……」
「わからぬものはわからん。何にせよ、ここで語っていても何もわかりはしないと言うことだ。隣村を調査してみれば、何かわかるだろうさ」
はっはっは、とリアファルさんが笑う。まあでもリアファルさんの言うとおり、ここで何か答えが出るものではないか。
「そうね。隣村に行ったときにまた考えましょう。そうそう、今日もウェブナント様が夕食を一緒にどうかって。せっかくだからお呼ばれしましょう」
「行きます!行かせていただきますっ!」
アニーさんの提案にげっそりしていたタルテが急に背筋を伸ばして立つ。その姿にアニーさんは呆れた顔をしていた。
* * *
「今日も腕によりをかけて作ったから、どんどん食べてっ!」
昨日同様、ウェブナントさんたちと夕食を囲む。座る食卓にどんどんと料理が運ばれてくる。食欲をそそる香草の匂いが、温かい料理の湯気に混じって漂う。ジャスティさんにフリムさん、そしてオリアナさんが作った料理たちだ。昨日も味わったけど、どれも絶品だった。
そして机の上に料理が並び終えると、いただきます、と一斉に全員が手を伸ばす。
「うーーーーんっ!美味しいっ!」
タルテが料理をかきこみながら叫ぶ。俺も叫びはしないが、頷く。
「はは。若い子たちの口にあって良かったよ。ジャスティは自分でも料理をするくらい料理上手でな、昔から家にいた料理人に混じって美味しい料理を作っていたんだよ」
「何言ってるの。普通よ、普通」
ウェブナントさんの言葉にジャスティさんは何でも無いように言うが、顔は赤くなっている。でもお世辞でなく、本当に美味しい。
「オリアナもメキメキと料理の腕を上げているな」
とウェブナントさんは一口サイズの肉を頬張るオリアナさんを褒める。
「お母様に比べたらまだまだですわ。でもお兄様が戻ってくるまでには、もっと美味しい料理を作れるようになってみせるわ」
オリアナさんの言葉にみんなの動きが止まり、少し空気が重たくなるのを感じる。今どこで何をしているのだろうか、とふと思う。
「……イージスはきっと戻ってくるわ。その時はオリアナの美味しい料理を振る舞わないとね」
アニーさんがオリアナさんに向って伝える。
「と、当然ですわ。だから早く戻ってこられても困るだけです!」
とオリアナさんは一口サイズの肉を再度口に入れ込む。空気が和らいだのを感じ、みんなの手が動き始める。
* * *
翌日の朝。激しく何かを叩く音が響き、起こされる。部屋を出るとどうやら玄関の扉を誰かが叩いているようだ。俺は早足で玄関に向かうと、ノルンとアニーさんもやってきた。
「誰だ?」
俺は警戒をしつつ、扉越しに問い掛ける。ネイツァーレ公国に来たとはいえ、一応、追われる身だ。
「俺だ。ガウエン公の御者として、お前たちを運んだものだ」
俺は聞き覚えのある声に、納得する。そして扉を開けると、御者が立っていた。急いでいたのか、御者は息を切らせている。奥にはホッセル車が止まっていた。
「……客人だ」
それだけ言うと、ホッセル車に向かう。俺たちもそれに続く。俺たちがホッセル車の前に立つと、ゆっくりとホッセル車の扉を開ける。その途端、鉄の匂いが溢れ出す。
ホッセル車には座席に身を任せてぐったりしたミールさんが座っていた。ミールさんはルシウスさんたちとともに王都の正面から攻め込んだ部隊だったはずだ。だが身体中を血と泥に塗れた姿に俺は息を呑む。ここまで必死に逃げ延びたことがわかる。ノルンからも息を呑む音が聞こえた。
「ミールっ!」
アニーさんはホッセル車に乗り込むと、ミールさんの横へと駆け寄る。ただ傷がどこにあるかわからないくらい汚れており、間違って傷に触れてしまいそうで、下手に触れられない。だが幸いにもアニーさんの言葉で、ミールさんの瞼がゆっくりと開いた。
「……アニー様、よかっ、た」
ミールさんは傷だらけの腕をアニーさんに伸ばす。アニーさんが勢いよくその手を握る。
「あなたこそ、無事で良かったっ!待ってて、すぐに治療を……!」
「……アニー、様。報告が、あり、ます」
ホッセル車から降りようとするアニーさんをミールさんが引き止める。アニーさんはそれよりも治療を、と言うが、ミールさんは言葉を続ける。
「イー、ジスと、トライ、クと、ルシウス、様が、処刑、され、ました」




