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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第三章:公国編

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第61話:王の臣下という矜持

 ミールさんがこの村に到着して1日が経った。今はアニーさんの指示で治療を受けた後、静かに部屋で眠っている。


 処刑――昨日のミールさんの言葉に胸が締め付けられる思いだ。イージスさんとトライクさんは俺に戦い方を教えてくれた。少し前までは一緒に剣を振っていたのに、その二人が処刑された事実に、感情がまだ拒絶する。二人とルシウスさんは城へ突入した翌日、俺たちがガウエン公と会っていた頃に処刑され、その首は城門前に、見せしめのように並べられていたそうだ。


「フェルンの傷はもう大丈夫です?」


 隣を歩くノルンが心配そうに俺の顔を覗く。俺は力なく頷くと、ノルンは安堵したようにホッと息を吐く。


 昨日は俺も感情に任せて、部屋の中で無意味に拳を振り回した。イージスさんたちを置いていくしかなかったあの場を思い出し、何もできなかった自分に腹を立て、壁や家具に拳をぶつけた。身体中が傷だらけになっても動き回ったため、タルテが俺を無理矢理抑え込み、ノルンが泣きそうな顔で俺の傷の手当てをしたのだ。


 今日は流石に落ち着いたから、昨日のことを思い返すと、少し気まずい。


「アニーさんも大丈夫でしょうか?昨日からずっと部屋にこもったままですが……」


 ノルンがアニーさんのいる部屋の方に顔を向ける。アニーさんはミールさんからの知らせを聞くと、すぐさまミールさんの手当てを依頼し、治療の様子を見ていた。その顔は心あらずではあったが、それでも普段のアニーさんだった。


「少し、一人にさせて」


 ミールさんが無事とわかると、アニーさんはそれだけ言って部屋へと戻った。俺にはそれが少し薄情に見えて、暴れた原因でもあったのだが。


「アニーさんにとっては、ずっと一緒にいた仲間だから。今はそっとしておくのがいいだろう」


 今思えば、アニーさんはまずはミールさんを優先したのだろう。薄情と思ったが、1日中こもっていることからも、傷ついてはいるのだろう。


 と、アニーさんがいる家屋の方から、タルテが走ってくるのが見えた。何か慌てているようで、何度か倒れそうになっている。


「た、たたた大変……!お、王女様が……!」


 俺とノルンは顔を見合わせると、駆け出す。急いで家屋に入り、廊下を走る。廊下の先に扉の壊れた部屋が見える。アニーさんの部屋だ。そして部屋に飛び込むと、アニーさんの腕を掴むオリアナさんがいた。アニーさんの手には、どこから持ってきたのか、ナイフが握られている。


「アニーさん……!?」


「ナイフを奪って!!」


 俺は状況が理解できず立ち止まっていると、オリアナさんが叫ぶ。何がなんだか、と思っていたが、はやく!!とオリアナさんに叫ばれる。俺はアニーさんに近付くと、抵抗する指を開き、ナイフを奪い取る。


「どうして……!?どうして邪魔をするの!!」


 オリアナさんと張り合っていたためか、アニーさんはハァハァと肩で息をしながら、キッとこちらを睨む。今まで見たことのないアニーさんの姿に、思わず一歩下がる。


「……自害しようとしてたのよ」


「自害!?」


 俺は思わず声をあげる。騒ぎを聞きつけたのか、ウェブナントさんやルージオさんたちもいつの間にか部屋の外に立っていた。


「いつまで経っても出てこないから、心ぱ……いえ、喝を入れに来たのよ。ちょうど彼もご飯を持ってきていたから、扉を無理矢理にでも開けて入ってみたら、これよ」


 オリアナさんはアニーさんを睨む。アニーさんは気まずいのか、視線を下に向ける。


「自害なんて何を考えているの。確かに今回は失敗したわ。何年も掛けたのも知っている。でも、あなたがいなくなるわけにはいかないのよ」


「そ、そうだよ!」


 後ろにいたタルテが部屋に入り、俺の横に並ぶ。


「1度の失敗じゃないか。これまで君たちが何度失敗したかわからない。失ったものもあると思うけど、死んじゃったらそこでお終いだよ!今度は僕だって力になるよ!」


 タルテも説得するようにアニーさんに伝える。


「……何がわかるのよ」


 アニーさんが呟く。ただその声は普段のアニーさんとは思えないほど低く、でもここにいる全員にははっきりと聞こえるような声だった。そして顔を上げ、タルテを睨みつける。その目には涙を浮かべていた。


「あなたに何がわかるの!?1度の失敗?その失敗の結果がこれなの!?王国にいることもできなくなって、ここまで逃げないといけないくらい追い込まれたのよ!拠点も無くなった!仲間もいなくなった!ルシウスもイージスもトライクもいなくなったわ!!次なんても無理なの!力も考えも足りない、あなたが何の力になれるっていうの!私にすら負けるあなたに何ができるのよ!」


 アニーさんは叫ぶようにタルテに言葉をぶつける。タルテも思わぬ言葉に、ただあ、う、と呻くことしかできなかった。


「……もう次なんて無いのよ。次はどうすればいいのよ」


 アニーさんは力なく頭を垂れる。その先の床には涙が滴る。


 とオリアナさんがアニーさんに迫ると、その胸ぐらを掴み、引き寄せる。オリアナさんの目にも涙が溜まっている。


「それでも、あなたは生きないといけない……!お兄様はあなたを生かすべく、死んだのよ……!」


「でも、もう、そのイージスもいないのよ……」


 オリアナさんに掴まれながらも、アニーさんは涙を流す。オリアナさんはそれを見ると手を離す。アニーさんは手を付き、嗚咽を漏らしながら床に水溜りを作る。


 オリアナさんはすっと立ち上がると、俺の前に立ち、手を差し出す。オリアナさんの意図がわからず、手と顔を交互に見る。


「それを頂戴」


 俺はアニーさんの持っていたナイフのことだと気付くと、オリアナさんに手渡す。受け取ったオリアナさんは再度アニーさんの前でしゃがむ。


「アニー様わかりました。もう私からは止めません。あなたの自由になさってください」


「なっ!?」


 俺とノルン、タルテが声をあげる。止めようと動くが、いつの間にか横に立っていたウェブナントさんが腕を伸ばし、止められる。


 アニーさんも予想外だったのか、顔をあげる。オリアナさんはアニーさんの手を取るとナイフを握らせる。


「ただし条件があります。あなたが自害をする前に、私たちを殺しなさい」


「え!?」


 オリアナさんの言葉に、再度声をあげる。アニーさんも目を見開く。


「何を、言って……」


「私たちスコルピオ家、ルージオのセントーレ家はあなたの忠実な臣下です。その臣下にとって、主君の自害を止められず見過ごしたとあれば、末代までのその不名誉を背負わなければならない」


 オリアナさんの言葉に、ウェブナントさん、ルージオさん、ジャスティさんに、フリムさんがオリアナさんの後ろに並ぶ。


「それに私たちはルシウス様、お兄様、トライク様の家族です。あなたの自害のきっかけが彼らの死であれば、私たちはその罪を償う必要があります」


 そしてオリアナさんたちは跪き、目を閉じ頭を下げる。


「どうか私たちに慈悲をいただければ、と存じます」


 オリアナさんがそう述べると、部屋は静かになる。午前の日が窓から差し込み、外の喧騒が聞こえてくる。なのにこの場は、日常の喧騒からは切り離され、厳かな空気で張り詰めていた。俺はオリアナさんたちの覚悟にただ圧倒され、何も言えなかった。


 アニーさんは持たされたナイフを両手で握る。だがその手は震えている。逆にオリアナさんたちは一切身じろぎすらせず、目も開けず、ただその時を待っているかのようだった。


 そしてどれくらいの時間が経ったのか、床に金属が落ちる音が響く。アニーさんが持っていたナイフを落としたのだ。そしてゆっくりと首を何度も横に振る。


「……嫌、無理よ。そんなの無理よ。そんなことできないわ。もうこれ以上、誰も、失いたくないの……」


 アニーさんは嗚咽を漏らしながら、ポロポロと涙が溢れ出す。そんなアニーさんをオリアナさんは優しく引き寄せる。そしてオリアナさんの腕の中で、アニーさんは抑えていた感情を吐き出した。


 厳かな雰囲気は消え、部屋の中は暖かな空気に包まれる。だがアニーさんの声を聞き安堵はするものの、俺は見せつけられたその覚悟に、ただ立ち尽くすしかなかった。


 俺には誇りも覚悟もない。そんな俺が目指す『英雄』には、何があるのだろうか……?

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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引き続き、彼らの旅路にお付き合いいただければ、幸いです。

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