第59話:リアファルの研究室にあるもの
「ここがリアファルさんの研究室……」
ノルンが呟き、一緒に目の前に立つ小さな小屋を見上げる。いや見上げたのは家に寄り添うように立つ、天高くそびえ立つ巨木の方だ。風が吹くと巨木から生える枝葉が一斉に震え、まるで合唱しているようだ。
今後のノルンの遺跡探しのため、今日はリアファルさんの研究室へと向かった。アニーさんとタルテは調査のための準備のお手伝いと、村の中での情報収集をしてくれている。
「まあ、多少散らかっているが、入ってくれたまえ」
リアファルさんは小屋の扉を開け、中に入る。俺とノルンはリアファルさんに続くが、扉を抜けたところで止まった。いや、足の踏み場に困った、と言うのが正しい。
扉の先の部屋は、紙の匂いが充満し、少しカビ臭かった。原因は床を埋め尽くす大量の本だ。本棚が倒れたのかと思ったが、部屋の壁に沿って立つ本棚はひとつも倒れておらず、難しい言葉の本で埋め尽くされていた。また本棚の前にも本がたくさん積み上げられており、どうやらこれが雪崩を引き起こしたらしい。しかも複数か所で。
リアファルさんは器用に本の隙間の床を通り、奥の部屋へと入る。多少の散らかりとは……と思いノルンを見る。ノルンも同じことを思ったのか、引きつった顔を浮かべて俺を見ていた。
「とりあえず、行こうか」
「そう、ですね……」
それだけ話すとリアファルさんを追うように、本の隙間に足を置く。床の木材を踏んでいると思うが、時折、カサッと紙の音が鳴る。きっと本を踏んでしまっていると思われ、罪悪感を感じつつも、奥の部屋へと入る。
奥の部屋もやっぱり本が散乱していた。だが紙の匂いは少し抑えられ、代わりに鉄の匂いが混ざる。本棚以外にも旧時代の遺跡にも似た、遺物が置いてあるからだろう。ただの置物のようになっているものもあれば、チカチカと何かが明滅しているものもある。
当のリアファルさんは奥にある机の引き出しを開けては、紙束をガサゴソと探し回っていた。
「むむ……!おかしいなぁ……。この辺に置いてあったはずなんだが……?」
目当てのものが見つからないのか、紙が机の周りに散乱していく。
「時間掛かりそうだな」
とノルンに話しかけたつもりだが、返答がない。見るとノルンは壁際の遺物に視線を向けていた。
「気になる?」
俺はノルンの横に立ち、ノルンの視線の先にある遺物に目を向ける。
「気になる、では無いですが、これはなんだろう?と思いまして。入れそうですよね」
ノルンが遺物を覗き込む。その遺物は縦に立っている筒型のもので、表面はガラスで覆われていた。中は空洞になっているようで、物はもちろん、人ひとりなら充分に入れそうだ。
「リアファルさん、これはなんです?」
紙をもはや部屋中に散りばめているようにしか見えないリアファルさんに、声をかける。するとリアファルさんは一度動きを止め、こちらを見る。
「……さぁ?」
それだけ言うと、また紙を巻き散らかしに戻る。リアファルさんの返答に思わず、ガクッと足の力がぬける。何か研究用に持ってきたんじゃないのかよ。
「ここにある遺物は研究用に持ってきてはいるが、正直、どう言ったものかはわからないのだよ。そもそも遺物の多くは、未だ解明されていないものばかりで、動かし方すらわからないものもある。それもまさにそうだ。開け方すらわからない」
なるほどね。と思いながら周囲の遺物にも目を向ける。ただ明滅を繰り返す小さな箱や、ガラスが正面に貼られた四角いもの、ただ長い棒のようなものなど、確かに用途のよくわからないものが多い。
「お、これだこれだ!」
リアファルさんは1枚の小さな紙を持ちながら、こちらに見せる。それは地図のようで、複数のバツが所々に記載されている。
「ここが今我々がいる、ネイツァーレ公国だ」
地図の右上の島を指す。地図の大半は大きな陸地であるが、ここにレジャスルト王国やエデニア教国があるのだろう。
「ネイツァーレ公国にある旧時代の遺跡は2つだ。こことここ。ひとつはここからも近いが、もう1つは公都の方が近いな」
「もう1つバツ印がありますけど?」
ネイツァーレ公国の北、北の村よりも更に北側だろうか。同じようにバツが記してあった。
「ふむ。これか。確かに遺跡ではあるんだが、おそらく君たちが探している遺跡では無いだろう」
「と言うと?」
「君たちが探しているのは、あの背の高い大きな遺跡だろう?何の為かはわからないが、今でも稼働しているものだ。だがここにあるものは全く違う」
「あれ以外にも、旧時代の遺跡があるんですか?」
ノルンの問いかけにリアファルさんが頷く。
「見つかっているのは2つだけだがね。もっともこっちは文献でわかっているだけだが」
大きな陸地の南側のバツをトントンと指で叩く。アニーさんたちの拠点オアシスの近くだろうか。そう言えば、以前デュバルさんも文献でって話をしていた気がする。
「そしてこのネイツァーレ公国の遺跡。北方の険しい山々と雪に覆われた極寒の地にある遺跡さ。ここであれば、私も行けそうではあるな」
リアファルさんがネイツァーレ公国の北部のバツを指しながら、好奇で目を輝かせている。
「ま、もちろん何のためのものかは、さっぱりだがね」
はっはっは、とリアファルさんが笑う。だがこれで方針は決まった。
「まず向かうのは近くの旧時代の遺跡だな」
ノルンへと振り向くと、ノルンは頷く。
「うむ。もちろんだが、私も一緒に行くつもりだ」
リアファルさんの言葉に、俺とノルンは頷いた。
「じゃあ一度、村に戻ろう。ガウエン公からの依頼の件もあるから、アニーさんたちと相談だな」
そして俺たちはリアファルさんの研究室を後にする。余談だが、この惨状の部屋を片付けようかとも考えたが、帰れなくなるだろう、と言うことで、諦めることにした。




