第58話:北方の隠れ家と守護神
ホッセル車の動きが段々とゆっくりとなる。窓から外を見ると、家が見えてきた。公都の郊外と違い、ポツポツと家が並んでいる。そして他よりも少し大きな屋敷の前に止まる。
俺たちがホッセル車を降りると、ひとりの男性が家から出てくる。身なりの良い青年だ。御者が青年に手紙を渡すと、その場で手紙を読む。一瞬、眉が動いたように見えたが、顔を上げると笑みを浮かべた。
「初めまして。ガウエン様の第一秘書のラントと申します」
男性は深くお辞儀をする。
「少々急なことで私も驚いていますが、ガウエン様からのご依頼を受けていただいて、ありがとうございます。詳細は中でお話をしましょうか」
ラントさんは御者に何かを伝えると、屋敷の方へと歩き出した。俺たちはラントさんについて屋敷へと入る。
屋敷の中はガウエン公の屋敷と同じような作りで、周囲は優しい木の匂いが香る。ただ通された応接室は、ガウエン公の屋敷と異なり、机と椅子が並び、床に座る感じではなかった。
「どうぞ、こちらに」
俺たちは奥の椅子に並んで座る。そして対面にラントさんが座る。
「まずは改めて。ガウエン様の依頼を受けていただき、ありがとうございます」
とラントさんは頭を下げる。
「いえ、私たちとしても有り難いお話でしたから。それで状況はどうなんですか?」
アニーさんがそう伝えると、ラントさんは目を伏せ、首を横に振る。
「……お恥ずかしいことに、ジーク・オレンという名前と、ここの隣の村ノルテフで暮らしていること以外は、何もわかっていないです。彼がいつからそこに住み始め、いつから立候補されたのか不明な点が多く、ある時ふと現れ、いつの間にか村の民衆を味方につけていたのです」
「でも住んでいるところがわかっているなら、そこで聞き込みをすれば……」
俺の言葉に、わかっています、とでも言うように、言い終わる前に頷いていた。
「ええ、そうです。ですが、私はガウエン公の第一秘書として顔が割れているので、あの村での聞き込み調査はできません。……ですがあなた方が来たなら、ちょうど良いです」
「俺たちが潜入して、聞き込みをするってことか」
俺の言葉にラントさんは頷く。
「はい、その通りです。あなた方であれば、旅のものとして村に潜入し、村の方から情報を得ることができるでしょう」
「であれば、余裕だな。早速行って、聞いてこよう」
と立ち上がろうとしたところで、ラントさんが手で止める。
「いえ。潜入準備も必要ですから、少しお待ちください。そうですね……2日もあれば可能ですから、それからにしましょう。それにみなさんも長旅でお疲れでしょう。今日くらいはゆっくりとされるのが良いと思います」
と部屋の扉の向こうで、足音が聞こえる。複数の人がこちらに歩いて来ているようだ。
「ちょうど良いお客様もいらっしゃいましたので」
そして足音の一つが駆け足になると、勢いよく扉が開かれた。
「お兄様っ!!」
開いた扉の向こうにいたのは、ドレスを身に纏った女の子だった。女の子は笑顔を向けていたが、こちらを見るなり笑顔が消え、周囲を見渡す。
「オリアナ……ノックもせずに扉を開けてはいけません。今は大事な会議中なのですよ」
「はは、オリアナは楽しみにしていたからね」
遅れ、大柄な右腕の無い男性と壮年の女性がふたり、そしてトライクさんが現れた。
「ト、トライクさんっ!無事でっ!」
俺は立ち上がり、叫ぶ。じゃあイージスさんも無事なのか、と思いアニーさんを見るが、アニーさんは浮かない顔をしていた。
「フェルンさん、違うわ。彼はルージオ。トライクの双子の弟よ」
「双子……」
俺はもう一度、ルージオと呼ばれた男性を見る。どこからどう見てもトライクさんだが……。見られた彼も、気まずいのか頬をかく。
「……お久しぶりです。ウェブナント様。それにオリアナとルージオも」
アニーさんの言葉に、タルテがビクッと震えるのが見えた。アニーさんはそれを気にせず立ち上がると、扉の前へと歩き出す。
「お久しぶりです、アニエス様。……よくぞご無事で」
「ええ、ありがとう」
アニーさんの言葉は安堵したような声だが、少し震えている。
「良ければ、そちらの方たちを紹介してくれますか?」
「そうですね」
その言葉に俺たちは立ち上がると、アニーさんの元へと移動する。そしてアニーさんが順に俺、ノルン、リアファルさんを紹介する。そしてタルテの紹介をするときに、タルテが背筋を伸ばす。
「レ、レジャスルト王国第四兵団所属っ、タルテ・ミルガッドと言いますっ!お、王国の守護神と呼ばれたっ、ウェブナント様に会えてっ、とても感動でありますっ!」
と急にタルテが大声で叫ぶから、耳を塞ぐ。だが目の前にいたウェブナントさんは目を丸くしつつも、耳を塞ぐことなく聞いていた。そして、ふっ、と小さく笑う。
「王国の守護神か……。そんな風に呼ばれていた時期もあったな」
そしてタルテに左手を差し出す。
「レジャスルト王国元騎士団団長、ウェブナント・スコルピオだ。よろしく、タルテくん」
タルテは差し出された手とウェブナントさんを交互に見る。そして顔が徐々に笑顔へと変わる。
「はいっ!」
タルテは嬉しそうな表情を浮かべ、両手でウェブナントさんの手を掴んだ。
「ではこちらも紹介しよう。私の妻のジャスティ、それと娘のオリアナだ」
長い黒髪なびかせた女性が頭を下げ、遅れてオリアナと呼ばれた少女も頭を下げる。
「それから、ルシウスの妻フリムと、息子のルージオだ。先程、アニエス様も説明された通り、トライクの双子の弟だ」
フリムと呼ばれた女性がボブの髪を揺らしながら、頭を下げる。そしてトライクさんにそっくりのルージオさんも頭を下げる。
「さっきはすみません。トライクさんとあまりにもそっくりで……」
未だ目の前にしても信じられないが。トライクさんと雰囲気もそっくりだ。
「よく言われますので、大丈夫ですよ。それに似ているのは見た目だけですから」
ルージオさんが困ったような顔で頬をかく。どういうことだろう?と思ったが、その前にオリアナさんが口を開いた。
「……兄様はどこにいますの?アニー様?」
怒っているのだろうか。丁寧な言葉ではあるものの、怒気が含まれているように感じ、アニーさんに冷ややかな目を向けている。アニーさんはオリアナさんに振り向くと、正面からその視線を受け止める。
「今は別行動中なの。けれど、後から必ず来るから」
アニーさんはオリアナさんの冷ややかな目を受け止めつつも答える。口調ははっきりとしているが、握る拳はわずかに震えていた。
オリアナさんは一度目を伏せるが、すぐに、そう、と呟く。
「……ジャスティ、今日はご馳走にでもしようか。アニエス様も戻ってこられたのだから」
「そうですわね。では早速準備に取りかかりましょう。オリアナ、手伝って頂戴」
ジャスティさんはオリアナさんの肩に手を置くと、フリムさんと共に部屋を後にする。そして3人の姿が見えなくなると、ウェブナントさんはこちらに向き直る。
「状況を聞かせていただきますか、アニエス様」
「……ええ」
そして俺たちは再度、席へとつく。向かいにはラントさんに加えて、ウェブナントさんとルージオさんが加わる。アニーさんは決行までのことを手紙で伝えていたらしく、城でのことから今に至るまでを、淡々と話す。
「……そして私たちはここに来たのです」
アニーさんがそう締めくくると、会議室には重い沈黙が降りる。そして口を開いたのはウェブナントさんだった。
「……あのルシウスが作戦失敗とはな。余程の想定外があったと言うことなんだろう」
ウェブナントさんが一つため息をつく。
「それに兄さんとイージスさんまで……」
ルージオさんにも声に元気がない。
「大丈夫です。イージスは追いかけると約束してくれましたから。今は別行動中なだけですから」
先程、オリアナさんに返した時と同様に、はっきりと答える。それを聞き、ウェブナントさんも頷き、笑みを向ける。
「そうですね。私が息子を信じなくて、どうするんだ、ですね」
「ですね。僕も父さんと兄さんを信じます。それにあの兄さんですから、そうそう負けるとも思いません」
ルージオさんも笑ってみせる。
「では、今日はここまでにしましょうか。みなさんもお疲れだと思いますし。ご馳走を食べて、ゆっくりとお休みください」
ラントさんが手を叩いて立ち上がる。そう言われると、急に身体が重く感じ始めた。でも確かに、洞窟で一泊したとはいえ、それ以外は移動ばかりだ。
俺たちは立ち上がり会議部屋から出る。その後は頬が落ちる程の美味しいご馳走を食べた。タルテが張り切って食べている姿を、ノルンやアニーさんも笑って見ていた。
そしてその夜、俺たちは糸が切れたように、深い眠りへと落ちていった。




