第57話:北へ向かう車内にて
ガウエン公の屋敷から歩き公都の外れに行くと、1台のホッセル車が止まっていた。行者らしき人が、頭を下げる。
「ガウエン様から話は伺っています。どうぞこちらへ」
どうやら目的の村まで運んでくれるようだ。ここで待っていたのも、俺たちを手助けしたとわかりにくくするためだろう。
「ありがとうございます」
アニーさんがそう伝えると、行者はホッセル車の戸を開ける。俺たちはアニーさんに続いて乗り込んだ。全員が乗り込み、行者が戸を閉めようとしたとき、何かを思い出したのか、動きを止める。
「そうそう、グレナさんからご伝言です。目的の村には、スコルピオ様たちもいらっしゃるとのことです」
「え!そちらに移動されていたのですか!?」
行者は短く頷くと、戸を閉める。アニーさんは何だか嬉しそうだ。
「スコルピオ様、と言うのは……?」
ノルンがアニーさんに尋ねる。ガタン、と大きく揺れるとホッセル車が動き出した。
「イージスのお父様よ。ウェブナント・スコルピオ様。元王国騎士団の団長だった方よ」
「ウェブナント様っ!?あ、ああ、あの王国の守護神、ウェブナント様ですかっ!?」
唐突にタルテが叫ぶ。狭い車内で叫ぶから、思わず耳を塞ぐ。隣にいたアニーさんは眉間に皺を寄せ、明らかに嫌そうな顔をしている。
「知ってるのか?」
とタルテに聞くと、信じられないものを見た、と言った感じの顔をされた。
「知ってるのか?いや、むしろ何で知らないのさっ!?幾多にも襲い来る王国の危機を、自ら先陣を駆け抜け、王国には指一本も触れさせず守りきり、いつしか王国の守護神とも呼ばれるウェブナント様だよっ!?特に強大なドラゴンを退けた戦いは、ウェブナント様が守護神と呼ばれるきっかけにもなった戦いなんだっ!」
タルテが立ち上がらんばかりに熱弁を始めた。
「ある日、王国に近い山頂にドラゴンが住み着いた。そのドラゴンは餌欲しさに近隣の村々を襲い始めたんだ。だがドラゴンの巣は険しい山頂で、兵を送ることができない。そこでっ!ウェブナント様の登場だっ!」
窓の外は公都を抜け、広い平野が広がっている。草が揺れ涼しそうだが、ホッセル車の中は、タルテの熱い語りが続く。
「ウェブナント様は身一つでドラゴンの膨大な餌を担ぎ、その餌を目の前に仁王立ちでドラゴンを待ち構えるっ!
雨が降ろうと雷が鳴ろうと待ち続け、ついにドラゴンが現れるっ!そして激しい雨と鳴り響く雷の中、ドラゴンと一騎打ちの死闘を三日三晩続け……ついにっ!ウェブナント様が満身創痍の中、剣を掲げたんだっ!
それは勝利の証であり、雷雨は去り、太陽がウェブナント様を照らし、神が祝福したんだっ!!っていう人なのに、何で知らないのさっ!?」
タルテの熱弁を早口で捲し立てられ、あんまり話が入ってこなかった。ノルンは、あはは、と空笑いをし、アニーさんも口を引つらせていた。
「ふむ。なかなか興味深い話だね。人が飲食無しに三日三晩戦えるのかは、考察の余地があるな」
タルテの話を聞き、リアファルさんが顎に手をかけ考え始めた。いやそこじゃないと思うけど。
「ま、まあ、その伝説が本当かはわからないけど、王国での父の信頼は確かだったわ」
タルテが何で?とアニーさんに聞くが、私が生まれる前よ、と返す。
「と、ウェブナント様がいらっしゃるなら、ご家族もきっといらっしゃるわね。オリアナに、きっとルージオもいるのでしょうね」
「オリアナとルージオ……もしかして、イージスさんの妹とトライクさんの弟ですか?」
王都突入の前日に聞いた名前を思い出す。俺からその言葉が出たのが不思議だったのか、アニーさんが目を見開く。
「そこまで聞いていたのね。ええ、その通りよ」
イージスさんから紹介してもらう予定だったが、こんな形で会うことになるとは。
「ところで、フェルンくんとノルンくんの旅は順調なのかい?何やら大変なことに巻き込まれているようだけど」
話が一段落したところで、リアファルさんがこちらに尋ねる。俺とノルンは顔を見合わせると、乾いた笑みを浮かべる。正直、アニーさんたちと出会ってからは、それどころではなかった。
「まあ旅というのはそういうものさ。寄り道があってもいいとは思うよ」
リアファルさんは、はっはっは、と笑う。寄り道ばかりしてそうだもんな、この人。
「旅の目的って、種を植える旅のこと?」
「はい。あとフェルンは魔獣の調査もしているのよね?」
俺はノルンの言葉に頷く。
「魔獣?フェルンは魔獣研究家とか?」
タルテの言葉に、そう言えば、ノルンとデュバルさんたち以外には話していないのを思い出す。
俺は改めて村で起きた、巨大な魔獣が現れたこと、その魔獣が死ぬと身体が小さくなったことを話す。数ヶ月前の話だが、もうだいぶ昔の話みたいだ。
「と言うわけだけど、そんな魔獣に出くわしたことあるか?」
俺の言葉にアニーさん、タルテ、リアファルさんが考える。そしてリアファルさんが口を開いた。
「ふむ。とても興味深いが、そんな魔獣は聞いたことないな。死ぬと身体が縮む。何かが身体から出ていった、ということかな」
とリアファルさんは話すが、正直、理由まではわからない。と、ここでタルテが何かを思い出したのか、声を上げる。
「そう言えば、アンタの大群に襲われた後、周囲を探索するとナイトアンタが2匹倒れてたけど、1匹はなんか変だったな。まるで小さくなったみたいな跡だったな」
俺がタルテたちと別れて、ナイトアンタと戦ったときか。けれど……。
「あの時は、確かに1匹はナイトアンタだったけど、もう1匹はそれよりも大きなアンタだったぞ」
「私たちが助けに入ったときね。確かに普通のナイトアンタよりも大きかったわ」
ノルンを見ると頷く。アニーさんもそう言うなら、俺の記憶違いではないだろう。
「それと確かルシウスとトライクが参加した討伐戦、クイーンアンタも想像以上の大きさだったと聞いたわ」
俺はみんなの話に驚く。グラッツさんは見たことないと言っていたが、実際は多いのか?
「突然変異のように大きな個体は、多くはないが確かに報告されているよ。ただ死ぬと身体が縮む個体は聞いたことがない。初めて聞くね」
リアファルさんが補足をしてくれる。アニーさんやタルテも何も言わないから、リアファルさんの意見と差は無いのだろう。
「そうですか……」
思った以上に調査は難航しそうだな。
「まあ、気落ちすることはない。既に例が2件はあるのだ。それにこの世で解明されていないことなど、いくらでもあるものだ」
はっはっは、とリアファルさんは笑う。いつも適当なこと言っているかと思っていたけど、確かにそうだな。
「そうですね。気長に調査します。ノルンの旅のついでですし」
と、ノルンに視線を向ける。が、ノルンは少し困ったような表情を浮かべる。
「実は、私もこちらの国はよく知らなくて、どこ行けばいいのか、わからないのです」
あはは、とノルンが空笑いをしてみせる。なるほど、それは困った。
「ふむ。それなら私が教えよう」
と、リアファルさんが言う。俺とノルンはリアファルさんの方に視線を向ける。
「私の研究室なら、この国にある旧時代の遺跡の場所を書き留めたメモがある筈だ」
「リアファルさんの研究室は近いのですか?」
ノルンの問い掛けにリアファルさんが頷く。
「公都からは遠いが、北の村ならそれほど遠くはないはずだ」
「なら目的の村に着いたら」
「うむ。明日にでも向かおう」
俺とノルンはリアファルさんと頷く。
「それなら私たちは先に情報収集しているわね。ガウエン公の第一秘書の方からも話を聞かないといけないし」
俺も?と反応するタルテに、アニーさんはこちらを見たまま、肘でタルテを小突く。その反応に車内のみんなが笑う。
ホッセル車は順調に平原の道を通る。天気も快晴で、窓から心地よい日差しが入っている。暗雲が立ち込めていた状況が打開されそうな予感を抱きながら、ホッセル車は目的地へと向かっていく。




