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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第三章:公国編

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第56話:謎の新候補

「それは……どのような、意味でしょうか……?」


 アニーさんは動揺を隠せず、言葉を震わせながら、ガウエン公に確認する。彼女の握る拳は、小さく震えている。


「……知っておるかもしれんが、近々、この国では大公選挙が始まる。毎度対抗しておるサーランドは現王国派で、モルルド王との親密さを前面に支持を集めておる。ワシは中立を貫き、王国との過剰な親交に反対しておるが……」


 と、ガウエン公が言葉を区切ったところで、凛と透き通った声が割って入る。先程案内してくれた女性だ。


「あなたたちの存在が、ガウエン様を危機に立たせることになるのです」


「これ、グレナ」


 ガウエン公がグレナ――彼女の名前を呼び嗜めるが、彼女はむしろ一歩前に出て、続けて話す。


「今回は新たな候補が現れました。彼は公国こそが偉大であると民衆を煽り、急速に支持を集めています。ただでさえ、中立の立場をとるガウエン様の票が減る中、あなたがた王国の人間を匿えば、余計な攻撃材料を与えることとなります。しかも王国に反旗を翻した犯罪者など――これ以上の滞在は無意味です」


「グレナ」


 ガウエン公は、今度は声を強めて女性の名を呼ぶ。グレナさんはガウエン公の声に一瞬身体を震わすと、頭を下げ一歩後ろに下がる。だがアニーさんには響いたらしく、下唇を噛み締め、目を伏せる。


「……すまぬの。だが、彼女の言う通りじゃ。今のワシは危うい立場におる。じゃが」


 ガウエン公は歩みを進め、アニーさんの前に立つ。すると立ったままのアニーさんの肩に手をそっと置き、先程とは打って変わった、優しい表情をみせる。


「よくぞ生きて戻ってきた」


 その言葉にアニーさんは最初、ただガウエン公を見つめるだけだった。しかし徐々に瞳に雫が溜まっていく。そしてその雫が瞳から溢れると、頬を伝って流れ落ちる。


「……はい、ありがとうございます」


 アニーさんは涙を拭きながら、声を震わせ返事をする。ノルンは貰い泣きか目をこすり、タルテとリアファルさんも温かい表情を向ける。部屋の中が安堵の空気に包まれる。グレナさんはそっぽを向き、不満そうな顔だが。


* * *


「立ち去れ、とは言ったものの、アルベルトの娘を野に放るわけにもいかん!」


 部屋の一角に座ったガウエン公が言い放つ。俺たちも畳と言われる床に座る。座椅子と言われる背もたれのある椅子を渡されてはいるが、どう足を収めたらいいかわからず、正直、座りにくい。


「ですが、過剰に彼女たちを支援すれば、あらぬ噂を立てられる恐れがあります」


 グレナさんが先ほどの懸念を再確認するように、ガウエン公に進言する。


「わかっておる。じゃから、ワシらにできることは限られておる。そこでじゃ。ちとワシの頼みを聞いてくれんか?」


「頼み、ですか?」


 ガウエン公は座った姿勢のまま腰を浮かべて前かがみになると、ニカッと笑う。最初の威厳が何だったのか、と言いたくなるくらい、軽くなったな。


「そうじゃ。グレナも言ったが、今回はもう一人、立候補しておる」


 ガウエン公は座椅子に背中を戻し、続ける。


「この公国の北に位置する村で、急に旗を上げよった。ネイツァーレ公国こそが最も偉大である、と掲げ、北の村では急速に支持を集めておる。じゃが、それ以外のことはよくわかっておらん」


「素性もわからないのですか?」


 ノルンが尋ねる。


「流石に立候補しておるから、名前はわかっておるが、出身やこれまで何をしていたのかはわからん。そこでじゃ」


 ガウエン公が自分の膝をバチン、と叩く。


「お主たちに彼の調査をしてもらいたい。どんなやつで、今後何を思っておるのか、などな。その為なら、ここは無理じゃが、やつが旗揚げした近くの村で、過ごしてもらっても構わん」


「ガウエン様!住まいの提供など、見つかれば支援も同様ですっ!それにその調査は、既にラントさんが進めているではないですかっ!?」


 グレナさんがガウエン公に向かって叫ぶ。ガウエン公は手でゆっくりとグレナさんを制止する。


「何を言っておる。さっきも言ったであろう。これは調査依頼じゃ。調査をする上で必要な住まいを与えるのは、間違っていないじゃろ?」


「しかし……」


「それにラントからの報告も、最近は進展しておらん。あいつは優秀じゃ。それでも情報がないと言うことは、相当難航しておるのじゃろう。ここいらでワシらから支援をするのも大切じゃ」


 ガウエン公はグレナさんを諭すように、ゆっくりと話す。


「で、じゃ。どうする?まあもっとも、この依頼を断るなら、ワシはもう何もできんがのぉ」


 白々しくとぼけたように言う。だが俺たちにとっては、願ってもいない好条件だ。俺たちは顔を見合せる。そしてアニーさんがガウエン公に向かって口を開く。


「その依頼、謹んでお受けいたします」


 その言葉にガウエン公は満足したように頷く。グレナさんは不満はありそうだが、はぁ、と一つため息を漏らすと、観念したようだ。


「……わかりました。ラントさんには伝えておきます。それと住居の手配も進めておきます」


「よろしく頼むぞ」


 グレナさんは立ち上がった。そしてこちらを一瞥すると、踵を返して部屋を出て行った。


「では私たちも行きましょう。ここに長居をすると、ガウエン公のお邪魔になってしまいます」


 グレナさんが部屋から立ち去ると、アニーさんも立ち上がる。確かにそうだな、と思い、俺たちもそれに続く。タルテだけ、え、もうちょっと良いんじゃない?とか言っているが、アニーさんに睨まれ、慌てて立ち上がる。


「気遣い感謝する。選挙終われば、また歓待しようぞ」


「ありがとうございます。その時を楽しみにしています」


 そして俺たちはガウエン公の屋敷を後にする。

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