第55話:活気満ちる異国の都
「うわぁ……!」
ノルンが感嘆の声を上げる。シーサーペントの討伐後、広間を抜けた先には長い坂が続いていたが、洞窟の入口をくぐり抜けた先は、草木の生い茂る地上だった。後方からは潮の香りが吹き抜ける。視線を向けると、広大な海が崖の下から広がっていた。
「ここが、ネイツァーレ公国?」
「そう。この天然の崖に囲われた島国こそ、ネイツァーレ公国。自然との調和を大切にした国だね」
隣に立ったリアファルさんが真面目な顔で応える。潮風でリアファルさんの髪がたなびく。
「……カッコつけているところ悪いですが、どうしてリアファルさんがここに?」
「いやぁ、奇遇だね、フェルンくん、ノルンさん。実はちょっと探究心に負けてしまってね。そしたら、魔獣に追われる羽目になってしまったんだよ」
「探究心って、また巣を突っついたのでは?」
「うむ。正解だ!それこそ探究の道をくすぐる行為そのものだろ?」
ハッハッハ、と笑うリアファルさんの回答に、頭を抱えたくなる。そうだ。この人はこういう人だ。ノルンも空笑いをしている。
「……そろそろ私たちにも紹介してくれる?」
アニーさんに後ろから声をかけられる。そうだ。長い坂でお互いに話す余裕もなく、後回しにしてたんだった。アニーさんとタルテに向けてリアファルさんを紹介する。
「えっと、こちらリアファルさん。ひくうきかい?の研究で、世界中を旅している人なんだ」
「うむ。よろしく頼む」
「で、こちらがアニーさんとタルテ。タルテは王国の兵士でアニーさんは……」
と、ここで何と紹介すべきか、迷ってしまう。王女?と紹介するわけにもいかないだろうし。
「アニエス・リ・レジャスルトです。レジャスルト王国の、元王女よ。今は白羊の隊商の副隊長を……いえ、それももう無くなったわね」
「アニーさん……」
「ここでは隠す意味も無いでしょう。それに……いえ、何でもないわ」
アニーさんは悲しげな表情を浮かべる。
「……いやはや失礼。もしかしたら、とは思っていましたが。複雑な事情があるのでしょう」
そしてリアファルさんはアニーさんに向かって手を差し出す。アニーさんもそれを見て、悲し気な目ではあるものの、静かに笑みを浮かべてリアファルさんの手を握る。
「と、みなさんはこれからどちらに?コウトですかな?」
リアファルさんが歩き始めたので、俺たちも歩き出す。
「え、ええ、まずはそちらに。色々と情報も欲しいですから」
「ふむ、それがいいですな。ただ今はタイコウセンキョが近いですから、情報統制であまり情報は得られないかもですな」
「コウト?タイコウセンキョ?」
アニーさんとリアファルさんの間で、聞き慣れない言葉が飛び交う。全く会話がわからない。
「公都はネイツァーレ公国の首都ですよ。レジャスルト王国の王都と同じです。この国では一番大きな街ですよ」
横を歩くノルンが補足してくれる。
「で、大混戦場ってのは、どこのこと?」
「大公選挙ですよ!簡単に言えば、国のみんなで次の国の代表を決めるんです」
「大公……選挙……?代表って王様のことだろ?子供が継ぐんじゃないのか?」
村であれば子が親の家業を継ぐことがほとんどだ。子がいないと親類縁者だったり、それすらいないなら、やりたい人がなるが、そうでなければ廃業だ。そもそも王国の世継ぎも同じだ。まあ今はアニーさんじゃなく、その叔父のモルルド王がやっているわけだが。
「この国では国のみなさんで決めているのよ。みなさんで決めるから、きっとこの国の代表は、良い方なんでしょうね」
とノルンが哀しい顔をして呟く。きっとモルルド王のことを思い浮かべているのだろう。王都の惨状を見ると、あの王の執政がどれだけ良くないかがわかる。
「まあ公都に行ってみたらわかるだろう」
そして王国から逃げている身ではあるが、初めての公国に内心は気持ちが昂ぶっている。その証拠に俺の足は、足早になっていた。
* * *
「わかった。今取り次ぐから、ここで待っていてくれ」
途中から街道に合流することができ、街道沿いに歩くと、公都にはすぐ着くことができた。そして街の橋にある詰め所にいた兵士に、アニーさんが何やら話すと、兵士はそれだけ言い、詰め所の中に戻る。
ここが公都?と言うくらい殺風景だった。詰め所の手前は街道だから家がないのはわかるが、詰め所の向う側も、つながった平たい家屋が並ぶだけで高い建物はない。ただ街の中心と思われるところに、大きな建物が見える。
家屋の前は道になっており、多くはないが人が行き交っていた。ただ王都と違い、みな沈んだような空気ではなかった。
「公国で1番大きいって聞いてたから、もっと賑やかかと思ったけど」
「そうだよね。王都の城前通り、とは言えないけど、もう少し活気があっても良さそうだよね」
俺の言葉に、タルテも周囲を見ながら頷く。ノルンも物珍しそうに、見回している。
「ここは公都の端だからね。中心はもっと凄いわよ」
アニーさんは来たことがあるのか、俺とタルテの反応に、ふふっと笑う。リアファルさんもニヤニヤしている。そしてしばらく待っていると、オレたちの前にホッセル車が止まる。そしてさっきの兵士が詰め所から出てくる。
「今から会ってくれるそうだ。ただ今は選挙前だ。あまり時間を取らないでくれよ」
「わかったわ。ありがとう」
アニーさんはそう兵士に告げると、ホッセル車に乗り込む。俺たちもアニーさんに続きホッセル車に乗り込む。
「それで誰に会うんだ?アニーさん」
車内に全員が座ると、ホッセル車が動き出す。
「現大公のガウエン公よ。今のネイツァーレ公国の代表ね」
「どうしてそちらの方に?」
ノルンの言葉に、アニーさんが悲しげな表情で答える。
「昔、お父様が懇意にしていた方なの。今は彼に頼る以外に方法が無いから……」
アニーさんが目を伏せる。少し空気が重くなるのを感じる。俺は話を変えることにした。
「ところでリアファルさんはどこまで来るんです?」
「ん?せっかくだから、君たちについて行こうかと」
リアファルさんが軽い感じで答える。
「街には入らない方が良かったのでは?大丈夫なんです?」
そう言えば、以前そんなことを言ってた気がする。
「ネイツァーレ公国は教国の影響が強くないからね。仮に見つかっても、捕まえられないさ」
ハッハッハ、とリアファルさんが答える。
「え?リアファルさんは、エデニア教国に追われているの?」
「うむ。教国から重要な書籍を借りパクしてるからね」
そしてまたハッハッハと笑い声をあげる。
「え、いやいや、ダメじゃん!」
タルテがリアファルさんに突っ込む。俺たちも同じように思ったよ。
「お、そんなことよりも、見えてきたよ。公都の中心部が」
リアファルさんが話を逸らすように、外を見る。釣られて俺も外を見るが、さっきとの違いに驚く。
木造のつながった平たい家屋は変わらないが、お店なのか、家屋の屋根からは大きな旗が垂れ下がる店が多い。家屋の前には店員だろうか、あちこちで大きな声で呼びかけをしている。
人の行き来も多い。見慣れない服装だが、色鮮やかなものから、質素な色合いのものと、多様な色が通り過ぎていく。お年寄りから子供まで多くの人が歩き、みなの顔は活気に溢れていた。
「凄い……。さっきと全然違う」
ノルンが外の様子を見て呟く。
「ここが公都の中心よ。ここはあのお城を中心に広がっていて、中心に近い程、賑やかになるのよ」
その言葉通り人が多くなったためか、ホッセル車の動きが緩やかになった。そしてしばらくすると、ある大きな家屋の前にホッセル車が止まる。そこは先程見たつながった平たい家屋ではなく、大きな一軒家だった。
俺たちが降りると、家の前に案内役だろうか?女性が立っており、中に案内される。
「てっきりあの城に行くのかと思ってたよ」
国王がお城にいるなら、代表もあの大きなお城にいるのかと思ってた。
「諸事情がありまして。本日はこちらにお越しいただいた次第です」
前を歩く案内役の女性がはっきりとした声で答える。凛と背筋の伸びた女性だ。
「こちらでお待ちください」
案内役の女性が引き戸を開けた場所は、広い空間だった。だが壁際には大きな花が活けてあり、壁には変わった絵が垂れ下がっていた。
そしてすぐに引き戸の向こうで足音がすると、すっと引き戸が開く。そこには白髪混じりの壮年の男性が立っていた。
「ガウエン公、ご無沙汰しております」
アニーさんは男性の姿を見ると恭しくお辞儀をする。この人がガウエン公か。確かに貫禄を感じる。
「うむ、久しぶりだな」
ガウエン公の言葉に、アニーさんがホッとしたのか、短く息を吐くのが聞こえた。
「だが来て早々申し訳ないが……」
だがガウエン公の言葉に、緊張の空気が走る。ガウエン公は言葉を一度区切り、目を伏せる。何か言いにくそうだが、すぐに目を開くと口を開く。
「すぐさまこの街から立ち去っていただきたい」




