第54話:海底に潜む影の主
朝日と同時に起きると、朝食もそこそこに、すぐに出発を始めた。
「あ!」
海底洞窟に戻り、順調に進んでいるとノルンが立ち止まる。そして洞窟に入ってきたとき同様に、道の脇を流れる海面を覗き込む。
「また魚か?」
「と思ったのですが、またいなくなっちゃいました。でも、魚にしては大きかった気が……」
ノルンは首を傾げながらも、まだ覗き込んでいる。俺もノルンの隣で覗き込む。
「ここ、案外深いんだな。それに、この道の下にも水が来てるな」
「それなりに大きい魚なら泳げそうですね」
「だな。でも大きいなら、それこそ見つけられそうだけど」
海面越しに海中を見ると、それらしき影どころか、小さな魚ですら見当たらない。海底に大きな石がゴツゴツと広がっているだけだ。
「おーい、二人とも!置いてくよ〜!」
タルテがこちらに向かって手を振っている。気付けばアニーさんと共に、結構前を歩いていた。ノルンと顔を見合わせると、二人を追いかけるように駆け出す。
「何やってるのさ?早くネイツァーレに行くんだろ?」
タルテとアニーさんのもとに着くと、タルテが腰に手を当てて文句を言う。
「悪い悪い」
「ったく、呑気だな〜」
お前に言われたくないが、と、昨日の小屋での一件を思い出しつつも、口には出さないでおいた。
「そう言えば、最近この辺に大型の魔獣が出るらしいよ」
歩きながら、ふとタルテがそう呟く。
「いや、それ、嫌な予感しかしないんだが……」
この後出てくるんじゃないか?と疑いたくなる。ちょうど目の前に広い空間が見え、ちょっとした広場になったから、なおさら襲ってくるんじゃないかと、不安になる。
「え、そう?目撃は船上だよ?ここは海底だし、こんな深いとこまでは来ないんじゃない?」
「ちなみにどんな魔獣なんだ?」
「うーん……何だっけかな?」
と、ふと遠くから声が聞こえた。追手と思い咄嗟に後ろを振り返るが、ノルンが不思議そうな顔をするだけで、後ろに追手の姿はなかった。
「どうしたの?」
ノルンがそう尋ねるが、音に集中する。どうやら声は前からのようだ。
「誰か来る」
そう言いながら前を歩いていたアニーさんの前に出ると、剣を構える。タルテも気付いたのか、慌てて盾と槍を構える。
声が少しずつ大きくなるにつれ、言葉がわかってきそうだ。
「た、たた助けて〜!」
通路の奥の方から男性が駆けてくるのが見える。何かに追われているのか、凄い形相で走っている。が、近付いてくるにつれ顔がはっきりしてくると、見覚えのある顔だった。
「リアファルさん!!」
「そ、その声は、フェ、フェルンくん!?」
こちらに向かってくるリアファルさんの顔が明るくなる。
「気を付けて!彼を追いかけているのは、マーマンよ!」
アニーさんの声にリアファルさんの後ろを見やると、2匹のマーマンが追いかけてきているのが見えた。
「まずはあの2匹を倒そう!」
リアファルさんたちが広場に足を踏み入れる。俺たちもリアファルさんが脇を駆け抜け後ろに行ったことを確認すると、2匹のマーマンと対峙する。
と突然、広場の周囲の水辺から、大きな音とともに水柱が上がる。そしてそこから大型の魔獣が飛び出てくると、1匹のマーマンにかぶりついた。
「な、なななな、何なんだあいつっ!」
タルテが急な乱入者に慌てふためく。俺も驚き、その場を全く動けなかった。大きな体格には、4つのヒレのような足があり、背中には突起のついた甲羅を背負っている。そしてその胴体からは細長い首が伸びており、上を向くとくわえていたマーマンをひとのみにする。
「タルテさんが言ってた大型魔獣って……これのことですか?」
「へ?……ああっ!こいつかも!水中を泳ぐ、魔獣で蛇みたいな長い首のヤツって言ってたっ!」
不安的中じゃないか。アニーさんも、タルテの言葉にため息ついている。
大型魔獣はもう1匹のマーマンを見るが、マーマンも仲間がやられたのを見て、大急ぎで来た道を走って行ってしまった。ただ大型魔獣は、まだいる、と言うかのように、こちらへと視線を移してきた。
「そいつはシーサーペントだっ!狙った獲物はしつこく追いかけてくるから、気を付けて!」
リアファルさんが補足してくれる。面倒なヤツに目をつけられたな……。
「ノルンが見てた魚の影はこいつか?どちらにしろ、倒さないと先には行けないから、倒すぞ」
「ええっ!どうやって!?」
「それを考えるのよっ!来るわ!」
大型魔獣は首を後ろに大きく引きためを作ると、弾丸のような勢いで噛み付いてきた。俺はそれを横っ飛びで避け、タルテも転がるように横へと避ける。
「長い首を振り回して襲ってくるぞ!それと……」
リアファルさんが言うより先に、シーサーペントが口を開ける。すると水の塊がこちらに向かって飛んでくる。それを間一髪、倒れ込むように避けた。
「水弾も撃ってくる!」
「もうちょっと先に言ってくれますかね!」
リアファルさんに大声で叫ぶ。すまない、という感じでリアファルさんが片手を上げる。
シーサーペントの攻撃は、確かに首の攻撃が主だ。開戦の噛みつきはもちろん、首をぶん回したり、叩きつけるような動きもしてみせた。そして仮に避けたとしても、追撃のように水弾が飛んでくる。
「これで!穿ち燃え盛る赫き弾!!」
ノルンが詠唱し炎の弾丸が放たれる。だが、シーサーペントが水弾を撃ち出すと、炎の弾丸はかき消されてしまった。
「それなら、ここっ!!」
アニーさんがその巨体に斬りかかるが、胴体は鱗に阻まれ、たいした傷がつけられない。それに近付きすぎると……。
「また飛ぶぞっ!」
シーサーペントがヒレの脚を器用に使い、高くジャンプをする。急いでシーサーペントから距離を取ると、少し遅れて轟音とともに大地が揺れる。
「くっ!揺れが激しい……っ!」
地震のような揺れで、立っているのも厳しく、思わず屈む。そこにシーサーペントが首を大きく引くのが見えたため、咄嗟に横へと転がる。そしてわかってはいたが、口を大きく開けていた。
「フェルンっ!」
タルテが俺とシーサーペントの間に入る。シーサーペントが発射した水弾はタルテの構えた盾が阻む。タルテは苦痛の声を上げながらも、何とか上へと弾いた。
「タルテ、助かった!」
「う、うん!で、でも、このままだと、ジリ貧だよ〜」
ゼハゼハと、粗く息を吐くタルテを見つつ、確かにな、と思う。離れたアニーさんも肩で息しているのがわかる。
「首だ!あれだけ動かす首だ!胴体ほど、硬い鱗ではないはずだ!」
リアファルさんはそう叫ぶが、あんなに動き回る首を、どう狙えと。何とか動きを止められれば。
「作戦があるわ!」
いつの間にか近くにいたアニーさんが叫ぶ。そしてその作戦を手短に会話する。
「よし、それで!」
「ええっ!?ちょっと僕の負担大きくない……?」
「文句言わないで。王国兵ならこれくらいやりなさいよ。あと、ノルンさんにもしっかり伝えてよ」
そして集まったのを好機と見ていたのか、シーサーペントが、物理的に首を突っ込んできたので、避けるように散らばる。
俺とアニーさんはシーサーペントを挟むように回り込み、それぞれに斬りかかる。ヒレを動かし俺たちを払おうとするが、両方から来ているのがうざく思えたのか、跳ぶ体勢で構える。
「凍て突き貫く白き閃槍!!」
ノルンの詠唱が響き、氷の槍がシーサーペントの頭に直撃する。ただ頭も鱗で覆われているためか、あまり効いていない。しかし痛かったのだろう。放ったノルンを睨みつけると、跳ぶ体勢を解き、甲高い咆哮を放つ。
ビリビリと空気が震えるのを肌で感じる。そしてシーサーペントは大きく首を後ろに引くと、怒りも込めたような一撃をノルンに向けて放つ。
ガキィィィィンッ!!!
伸ばした首の先は、大きな衝突音と共に、タルテの盾に阻まれた。
「うぎぎぎぎぎっ……!!」
タルテが全身の力で耐えるように、歯を食いしばる。
「うりゃぁああああ!!」
大声を張り上げ、力いっぱいに盾を横へと振り払う。シーサーペントの攻撃は横へとそれ、首が伸びきる。
「今だっ!」
タルテが叫ぶよりも早く、シーサーペントの首に斬りかかる。駆け出した勢いのまま、剣を強く握り、力いっぱい振り下ろす。しかし、それでも首の鱗に阻まれ、傷は浅い。
「任せてっ!!膨れ爆ぜる清冽な衝撃!!」
アニーさんの詠唱が響き、爆発音と共に放たれた爆風を背に受け、彼女が弾丸のごとく、真っ直ぐに飛び出す。そしてシーサーペントの首とすれ違いざま、居合のように剣を振り抜くと、硬い鱗もろとも、シーサーペントの首が断ち切られる。
シーサーペントは声を上げる間もなく首が落とされ、長い首が音を立てて、地面へと沈んだ。
「はぁ……はぁ……終わった、か……?」
チン、とアニーさんが剣を収める音が鳴る。俺も剣を収める。シーサーペントを見やるが、動き出す様子はない。
「よし、行こう。そろそろ外に出られそうだ」
先の通路から風が入ってくる。潮風ではなく、かすかに草の匂いが混じっていた。




