第52話:青く灯る海の道
ぽちゃん、と、どこかで天井から滴る水が、水面へと落ちる音が響く。道の脇を流れる川に落ちたのだろう。あちこちに流れる川や水が多いためか、洞窟内部は思った以上にひんやりとしており、ぶっちゃけ寒い。
「……あれ?」
「どうした、ノルン?」
ノルンが急に立ち止まり、川の方を覗き込む。
「いえ、今水の中に何かがいたような気がしたんですけど……」
ノルンがキョロキョロと、川の中を探す。俺も覗き込むが、それらしき影は見えない。
「……何もいないよ?まあ海の底だから、魚でもいたんじゃない?」
川から視線を外し、歩き出す。ノルンもそっか、と言いながら、歩き出す。
「それにしても、もうここは、海の底でしょうか……?」
ノルンの疑問に、前を歩くアニーさんが答える。
「そうね。さっきまで長い下りだったけど、今は平坦なことを考えると海の底、いえ、その下を歩いているのでしょうね」
「う、海、落ちてこないよね?」
アニーさんの言葉に、タルテが上を見上げ、身体を縮こませる。提案した本人がビビってどうする。
「昔からの交易路だから、そう簡単には崩れてこないと思うわ。……保証はできないけれど」
その言葉にタルテがビクッと反応する。
「それにしても、思ったよりも明るいんだな。洞窟って言うから、炭鉱みたいに真っ暗なのかと思ってたよ」
洞窟内部は淡い青い光で覆われている。ただそれは人工の光ではなく、所々にある石が、発光しているようだった。決して強い光ではないが、数が多い。壁だけでなく、天井や足元、脇を流れる川の水底でも光を放っていた。
「灯氷石があるからですね。磨くともっと透明になるんですが、原石は淡い青色をしているんです」
「へぇ。ノルン、よく知ってるね」
「貴重なものなので、特別な祭事で使われることがあるんです。私の住んでいた村でも、時折使っているのを見たことがあるんです。でも、私も原石を見るのは初めてです」
ノルンが物珍しそうに、近くの壁にある灯氷石を指先で突っつく。
「そんな石があるのか、便利だね」
タルテも壁にある石をコンコンと、指で突っつく。
「……道を提案した本人が言うか、それ」
地元民なら、さすがに知ってそうだけど。
「いやいや、知らないからっ!僕だってここを通るの、初めてなんだからっ!」
タルテをジト目で見る。すると不憫に思ったのか、アニーさんが口を挟む。
「灯氷石は貴重なのよ。時折、海辺で見つかることがあるくらいなの」
「こんなに光るのに?」
「一つ一つはそれほど強い光じゃないから、日中に見つけるのも難しいのよ。夜に海辺を歩いていたら、流れ着いた石が岩陰に隠れることなく光っているのを、たまたま見つけるくらいなのよ」
「なるほど。確かに日中に見つけるのは難しいな」
夜になれば魔獣も活発化する。夜の海辺を歩く、なんて自殺行為にも等しい。
「それにこの海底洞窟で採掘するのも一苦労でしょ。あれだけ入り口が狭ければ大型の機材を運び込むこともできないし。爆破なんてしようものなら、頭上の水がドボン、なんてこともあるから。それに……」
そう言ってアニーさんが抜刀をし、剣を構える。俺もすぐに気付き剣を抜いて構え、タルテも慌てながら槍と盾を構える。
洞窟の奥から、何かがペタペタと音を立てながら歩いて来た。その姿に人のようにも思えたが、手足の指の間には膜が広がり、頭部はヒレのついた顔だった。
「マーマン!?」
その姿を見てタルテが叫ぶ。マーマンもその青白い魚の顔を激昂させ、威嚇するかのように大口を開けて吠える。
「なるほど。こう魔物が出たら、採掘もそう簡単にはできはしないってことか」
「どうする!?」
「どうするって、戦うしかないだろっ!」
そして剣を強く握りしめると、狭い通路を気にしながら、マーマンへと向かって、駆け出した。
* * *
マーマンを退け、その後にも現れた魔獣を倒し進んでいると、先を歩くタルテがふと止まる。
「……ん?波の音が聞こえる?」
タルテが耳に手を当てるので、俺も耳を澄ますと、かすかに浜辺に押し寄せる波の音が聞こえる気がする。海底にいるはずなのになんでだ?
「ホントですね。それに、なんだか風が出てきた気がします」
ノルンに言われて気付いたが、確かに風が流れているように感じる。
「あそこから外に出られそうよ」
アニーさんが指差した先、前方の道の地面が少し明るくなっている。どうやら横から光が差しているようだ。
明るい場所に移動すると、案の定、横には道があった。風もここから流れており、少し登り坂だが、道の先は明るくなっているのが見える。
「ちょっと行ってみようか」
少し好奇心もあるが、外に出られるなら、休憩できる場所もあるかもしれない。そう思い、登り坂を進み始める。疲れが重くのしかかる身体には少しキツイが、登りきるのに時間はかからなかった。
「うわぁ……!」
登りきった先で、ノルンが叫ぶ。俺も思わず声を出しそうになった。
坂を登りきった目の前には、水平線に日が沈もうとしており、日の光で水面がキラキラと輝いていた。周囲は高い岩壁で覆われているところを見ると、元々は全面岩壁に覆われていたのだろう。ただ目の前だけが偶然にも崩れたことで、浜辺のようになっていた。
潮の香りを乗せた風が吹き抜けるが、塞がれた空間にいたからか心地よく感じ、島に申し訳程度に残る木々を揺らしている。
「こんなにも素敵な所があるなんてね」
アニーさんも夕焼けを見ながら呟く。洞窟に入るまでの疲れた顔も、今は目の前の情景に感動しているようだった。
「あ、あそこに小屋があるよ!」
夕焼けとは反対側、俺たちが洞窟から出てきた穴の横に、その小屋は立っていた。外側からは、かなりボロボロに見える。
「この辺で一度休憩にしないか?」
みんなの顔を順番に見るが、誰一人、反対はしなかった。俺はボロボロの小屋を見ると、束の間の休息ができそうで、安堵が溢れた。




