第51話:船を阻む荒れた海
早朝の港町アンセオに入り港へと向かうが、港は思ったよりも静かだった。いや、静かなのは人の喧騒のみで、海は大きな音で波を掻き立てていた。
「いい天気にしか見えないのに、波は凄いな」
空を見上げると、雲はあるが晴れ渡った空だ。ただ雲の流れは速く、風は吹き荒れている。潮の香りを乗せた強い風が、全身に当たっている。
「ハァハァ……。やっぱり、ダメだったよ〜。今日は、強風で、船が、出せないって」
息を切らせながら、タルテが走って戻ってきた。港の状況から、船は難しそうと、タルテが街の人に聞き込みへ行っていたのだ。
「……マズイな。いつまでも、ここにいるわけには、いかないし」
タルテの情報に焦る。まだこの街に追手はいないようだが、いつ王都から来るかわからない。
「あ、私たちで船を出すのはどうでしょう?船をお借りして」
ノルンが名案とでも言うように提案するが、タルテが勢いよく首を振る。
「ダメダメ!絶対にダメだよっ!素人がこんな荒波に船を出したら、すぐに転覆しちゃうよ!」
「……そ、そうなんですね」
タルテが激しく否定するので、ノルンが引き気味だ。
「この辺りは風が変わりやすいからね。でも天気が良くてこんなに風が強いのは珍しいかも。僕もあまり見たことないな」
「なんだか詳しいな。来たことあるのか?」
「あれ?言ってなかったっけ?僕、ここが出身なんだよ」
「え、そうなのか?」
「うん。子供の頃から海は見てきたからね。この辺りの海事情には詳しいんだ」
だから何でも聞いて、という感じで胸を張る。
「タルテさんの出身なのはわかったけど、そんなことより、これからどうするか考えましょう。このままだとネイツァーレ公国に行けないわ。なんとかして海を渡る手段を考えないと」
「そんなことって……」
アニーさんに興味無さそうに一蹴されて、タルテががっくりとする。
「ネイツァーレ公国には、ここからしか行けないのか?」
「レジャスルト国から行くには、そうね。あとはエデニア教国の街からも行けるけど……」
アニーさんが言葉を濁す。その言葉に察する。エデニア教国に向かうには、王都の近くを通らないといけない、か。追手の迫るこの状況では、王都に近づくのは危険すぎる。
「……打つ手ないですね」
ノルンが呟く。危険を承知でエデニア教国に向かうか……?
「……一つだけ、方法あるよ」
タルテがおずおずと答える。
「あ、でも、期待しないでよ。そのあるにはあるけど、危険だし、現状どうなっているかもわからないから、もしかしたらダメかもだけど……」
「いや、もったいぶらずに言えよ」
「そうね。今は可能性があるなら、何だっていいわ」
俺とアニーさんの言葉に、タルテは黙って様子を見ていたが、すぐに口を開く。
「……カイテイ洞窟を通る道さ」
「……カイテイ洞窟?」
「海の底でしょうか?」
聞き慣れない単語に、ノルンが補足してくれた。なるほど、海底洞窟ってことかね。
「そう。今は船があるから誰も通らないけど、船がなかった時代は、その海底洞窟を通って、向こうの島まで渡っていたらしいんだ」
「……そう言えば、昔文献で読んだことあるわ。大昔は船も無かったから、海底の洞窟を掘り進めて、対岸に渡ったって。それが交易にも使われ、交流の一役を買ったそうよ」
「今じゃこの街でも知っている人は、ほとんどいないけどね。古い洞窟だから崩落の危険もあるし、何より魔物も出る。よっぽどのことじゃなければ、使う人もいないよ」
「なるほど。なら追手の目からも逃れやすいってことか」
今の状況には都合がいい。
「でもさっきも言ったけど、古い洞窟だから、もう崩落して通れないかもしれないよ?」
「大丈夫だよ。さっきアニーさんも言ってただろう?可能性があるなら、何だっていいって」
アニーさんに視線を移すと、アニーさんは頷く。
「ええ、その通りよ。今はそこに賭けましょう」
アニーさんの言葉にタルテも頷く。
「わかった。じゃあ案内するから、ついて来て。あ、結局通れなかったとしても、文句言わないでよね」
「言わねーよ。そうなったら、その時また考えればいいさ」
そしてタルテを先頭に歩き始めた。
* * *
港町アンセオから外に出てしばらく歩くと、小高い丘が見えた。その丘を登った先には砂浜が広がっており、その一角にポカンと口を開けたように、洞窟の入り口が見えた。
「あれだよ」
タルテが洞窟を指差す。洞窟に向かって近付くと、思った以上に入り口は小さかった。
「ホッセルは無理だけど、人なら余裕で通れそうだな」
「うん。使われなくなった理由の一つだね。ここからは歩いて行かないといけないから」
「どれくらい歩くんです?」
「う〜ん……それはちょっとわからないかな。僕も歩いたこと無いから」
「そうですか……」
ノルンは沈んだ顔で、小さく息を吐く。無理もない。城での戦闘の後も、ひたすらここまで逃げてきたのだ。俺の足にも疲労という枷が絡まっているのを感じる。
「交易で使われていたのだから、無茶な距離ではないはずよ。途中に休める場所もあると思うわ」
アニーさんがノルンの肩に手を置いて声をかける。ただその顔はノルンと同じく、疲労の陰が見えている。いや、もしかすると、自分が巻き込んだ上に、追われる状況になってしまったことに、負い目を感じているのかもしれない。
「海底洞窟の中なら休憩できるだろうよ。追手もすぐには来ないだろうからな」
二人に言い聞かせるよう、強気な笑みを見せる。それを見て、ノルンも頷く。もっとも自分に言い聞かせている方が大きかったが。
「よし、じゃあ行こう」
外とは違うひんやりとした空気と、海の香りと異様な魚臭さを感じながら、真っ暗な海底洞窟の中へと、足を踏み入れた。




