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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第二章:王国編

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第49話:暗雲模索

 視界の閉ざされた真っ暗な通路をゆっくりと歩く。どれくらい歩いただろうか。時間感覚もわからなくなっている。


 一本道とはいえ、不安から左手は土壁をなぞるように歩いている。ただじんわりと冷たい土壁は、左手の感覚を麻痺させてくる。反対に右手はノルンの温かい体温が感じられる。これが無かったら、今頃発狂してそうだな。


 後ろからはノルンの呼吸だろう。規則正しい呼吸音が聞こえるが、どことなく緊張しているように感じる。でも強く握られる手からは、信頼を感じる。


「……だいぶ歩いた気がするけど、まだなの?もう疲れてきたよ〜」


 タルテが暗闇から声を上げる。まだ歩き始めの頃から、同じようなことをずっと言ってばかりだ。普段なら、何を言ってんだ、と呆れ腹が立ちそうだが、この目の見えない空間では、タルテのその言葉が気を紛らわしてくれる。


「もう、タルテさん。さっきもそれ言ってましたよ?」


 ノルンがタルテの言葉に反応する。


「さっきって、そのさっきから、だいぶ時間経ったよー……」


 情けない声でタルテが答える。実は彼なりにこの状況を和ませようと考えてくれているのだろうか?


「疲れた〜」


 いや、違うな。本気で言っているな、あれは。


「もう。もう少し……だと思いますから、頑張ってください」


 ノルンが答えるが、その返答からは不安を感じる。この暗闇では仕方ない。


 それに不安を感じる理由はもう1つ。通路に入ったときから感じるこの腐敗臭だ。入った当初は気にならない程度だったが、奥に進むにつれ、その臭いは増している。モヤンド炭鉱に入ったときのことを思い出す。あのときもゴブリンの死骸で腐敗臭が充満していた。


 来るときはこんな腐敗臭を感じることはなかった。となれば、俺たちが王都に入った後、何かがあったのだ。


「ん?あれ、何だろう?なんか光ってる」


 タルテが疑問の声を上げるのが聞こえ、振り返る。とはいえ、当然タルテの顔は見えない。が、タルテの疑問にはすぐ気付いた。


 後方のずっと先に、何か点のような光が見える。一瞬、何か幻が見えているかと思ったが、すぐに何か思い当たる。


「追手か……!?」


「ええ!?こんなとこまで!?」


「きっと足跡でわかったんだろう。急ごう」


 とはいえ、明かりのない状況で、走るのは危ない。手を繋いだまま、早歩きをする。


「もし速かったら言ってくれよ」


 後ろに声をかけるが、特にみんなからの反応はない。思いは皆同じなのだろう。


 そう思いしばらく歩くと、左手の感覚が変わる。少し湿り気のあった土壁から、何か硬い、無機質な壁に変化している


「……!着いた、出口だ!」


 前方に手を伸ばし、ゆっくりと前進すると、何か硬いものに触れる。扉だ。


「タルテ!!」


 そう呼ぶと、すぐ隣で足音がする。そして、ゴツン、と鈍い音がする。


「あ、痛!」


 タルテが声を上げる。扉にぶつかったんだろう。


「扉だ。押せば開くはずだから、一気に開くぞ。せーのっ!」


 掛け声とともに扉を押す。すると、ゆっくりと何かが前に進む感触がある。そして扉を開けるように押し続ける。


「フェルン!明かりが見えます!」


 扉を開いた先にはまた通路が伸びているが、その先は明るくなっていた。


「よし、行こう!」


 数十分だったと思うが、久し振りに薄っすらとみんなの顔を視認できた。みんなの頷く姿を見ると、明るい部屋へと駆け出す。……強烈な腐敗臭を感じながら。


「……っ!!」


 通路の先にある明るくなった広い空間に出る。そして、強烈な腐敗臭の原因がその前に姿を現す。


「ゴブリンマザーっ……!!」


 そこには、以前トライクさんが止めを刺したはずのゴブリンマザーが、その時よりも大きな身体で立っていた。そして広間に入ってきた俺たちの方を振り向くと、生気の見えない真っ暗な瞳でこちらを見据える。


「なんで!?あいつは死んだはずじゃ……!」


「ア、アンデッドに……」


 ノルンが呟く。そう言われてゴブリンマザーの身体を見ると、その巨体の皮膚はただれ落ち、内臓を引きずり、骨が見えていた。


「アンデッドって……こんな朝にっ!?」


 本来であれば、日中にアンデッドが現れることはほぼない。日中でも活動はできるが、極端に動きが鈍くなる性質があるためだ。


「……わわわっ!こっち来てるよっ!」


 タルテの声でゴブリンマザーの方を見ると、その巨体でこちらに向かっていた。しかも彼女の恨み募る執念なのか、鈍いはずのその巨体を、恐ろしい速さで突っ込んできた。


「くそっ……!みんな離れろっ!」


 みんなに叫んでから、横へと走り、最後は勢いよく飛び出す。その直後、大きな音が響き、砂煙が襲いかかってくる。


「あんなの、まともに食らったら死んじゃうよっ……!」


 タルテも同じように飛んだのだろう。横に座り込んだまま、ゴブリンマザーの方を見て呟く。ノルンたちは、と思い周囲を見渡すと、ゴブリンマザーを挟んだ反対側に、ノルンとアニーさんは座り込んでいた。


 そして砂煙の落ち着いた頃に、壁からゴブリンマザーが顔を見せる。そしてノルンたちの方へと振り向く。


「……タルテ。俺たちが囮になるぞ」


 横にいるタルテに声をかけつつ、立ち上がる。


「え?囮?」


「ああ、ゴブリンマザーの気を引くんだ。あいつ、ノルンたちを標的にしやがった」


「……いやいやいや!無理だよ!大体、どうやって気を引くんだよ!」


「そうだな……。まずはこれか」


 足元に手を伸ばし、手頃な石を探す。持ちやすく、かつ少し大きめなものを拾うと、大きく振りかぶり、持っていた石を勢いよく投げる。投げた石は一直線にゴブリンマザーの後頭部に軽い音を響かせ、見事に命中する。


 ゴブリンマザーはこちらを伺うように一度振り向く。その姿に、剣を構えて敵意を見せるように挑発する。


「わわわ!目が合っちゃったよっ!」


「そりゃ仕掛けたからな。タルテも構えろよ」


「ええっ!どうしようっ!」


「いや、その背中の大盾をまずは構えろよっ!」


 慌てるタルテの背中に背負っている大盾を指さす。忘れていたのか、タルテも思い出したかのように、慌てて背中から大盾を取ると、前方に構える。それを見たゴブリンマザーは威嚇するかのように、大口を開けて吼える。


 咆哮の衝撃をビリビリと身体に受けつつ、収まると同時に駆け出す。


「はあああああぁぁぁ……!!」


 強烈な腐敗臭を感じながらも、ゴブリンマザーの太い足に斬りかかる。だが腐敗した肉は紙のように簡単に裂け、ゴブリンマザーは全く意に介していなかった。


 ゴブリンマザーが大きくその太い腕を上げるのが見える。避けようと足に力を入れるが、足が滑り転倒する。


 しまった!と思った瞬間、頭上を影が覆う。タルテが大盾を上に突き出し、俺をかばったのだ。そしてグシャ!と腕を振り下ろしたとは思えない音が大盾越しに響く。


「くっさーーーーーーーいっ!!」


 潰れた腕から新たに腐敗臭が漏れ出し、思わず鼻を押さえる。しかしゴブリンマザーの力は変わりないのか、タルテは鼻を押さえる余裕もなく、必死に耐えている。


「タルテ!」


 腐敗臭を我慢しながら、立ち上がると、タルテに振り下ろされた腕に剣を叩き込む。今度は腐敗のしていない場所だったのか、ゴブリンマザーは痛がり、手をどける。


「大丈夫かっ!」


「な、なんとか……。うえっ!気持ち悪っ!!」


 腐敗した肉がタルテの盾に張り付いたのか、盾を振って剥がそうとする。


 それを見ながらこれからどうするか考える。正直、城での戦いやここまで逃げるのに必死で、ゴブリンマザーと戦っている余裕はない。ましてや追手も迫っているのに。


 と、その時、複数の足音が聞こえたと思うと、俺たちが出てきた穴から、タルテと同じ軽装に身を包んだ男たちが現れる。ついに追いつかれたか。


「な、なんだこいつは!?」


 しかし追手の兵士たちは、俺たちよりも目の前に立つゴブリンマザーの姿を見て、大声で叫ぶ。ゴブリンマザーもその声に気づいたのか、兵士たちに腐敗した顔を向ける。


「うわああああああぁぁぁぁぁ……!」


 アンデッド姿に兵士たちは錯乱したのか、持っていた槍を投げつけ始めた。ゴブリンマザーも怒ったのか、威嚇のように兵士たちに向かって吼える。


「フェルン、チャンスだ!!」


「え?」


「今ならあいつらに押し付けて、逃げられるよ!」


 タルテは兵士たちのいるところとは逆を指さす。そこは広間のもう1つの入り口だ。


「追手の足止めにもなるし、今が好機だよ!」


「なるほど、いい作戦だ。ノルン!アニーさん!」


 タルテの言葉に頷くと、ノルンたちに向かって叫ぶ。


「今のうちだ!あそこに向かって走れっ!」


 そう言いながら指さす場所目指して走り出す。ノルンは立ち上がり走りだそうとするが、アニーさんが座ったままなのに気付くと、声をかける。アニーさんはハッとすると、すぐに立ち上がり、ノルンと一緒に走り出した。


 背中側では、ゴブリンマザーの咆哮と兵士の悲痛な叫びが聞こえるが、振り返らずに一気に走り抜ける。そして通路に駆け込むと、ノルンとアニーさんを迎え入れる。


「二人とも大丈夫か……?」


「うん、大丈夫。フェルンたちが、気を引いてくれていたから」


 ノルンは息をきらせて話しつつ、アニーさんを横目で見る。アニーさんも同様に息を切らせているが、どこか心ここにあらずだ。


「……アニーさん、行きましょう。まずは拠点に戻って立て直しましょう」


 その声にアニーさんは顔を上げると、顔を引き締めて頷く。


「そうね。行きましょう」


 その言葉にみんなが頷くと、暗い通路を歩き出した。

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