第48話:灯火を覆う暗雲
地下水道を駆け抜け、出口が見えてきた。だが、そこにはすでに人影が見えた。咄嗟に剣の柄に腕を伸ばす。
「フェルン!!!」
「タルテ!」
タルテが大きく手を振っていた。追手じゃないとわかり、少し安堵する。
「フェルン、無事で良かったよ〜!」
タルテが泣き出しそうな顔をする。が、すぐに難しい顔をする。
「……えっと、3人だけ?」
タルテの言葉に、一瞬息が詰まる。ノルンやアニーさんも視線をそむけている。俺も背けたくなったが、タルテに向かって、小さく頷く。
「そっか……」
タルテもこちらの空気を察したのだろう。ただ一言呟いた。
「タルテこそどうしてここに?」
「うん。みんなが心配になってね。こっちに戻ってきてたんだ」
「……!タルテさん!外は、王都の外はどうなったの!?」
アニーさんがタルテの両腕を掴み、揺らす。タルテは言いにくいのだろう。一度口を開きかけて閉じるが、すぐに再度口を開いた。
「王都の外にいた部隊は、撤退、したよ」
「……てっ、たい……そう」
アニーさんはゆっくりとタルテから手を離すと顔を伏せる。その顔は少し安堵したように見え、深く息を吐く。だが、タルテの言葉はそれで終わらなかった。
「……僕は後方支援だったから、直接は見ていないけど、勝負は一瞬だったと聞いたよ。部隊の後ろから、少数の部隊が奇襲をかけて……部隊の司令官を討ったって」
その言葉にアニーさんが目を見開き、驚愕の表情をタルテに向ける。そして安堵していた表情は一瞬にして、絶望の色へと変わっていく。
「僕たちは奇襲部隊のことを知らなかったんだけど、好機だと判断した王国兵が、その後に正面から畳み掛けたんだ。奇襲部隊と挟み撃ちする形で。そしてそのまま部隊は崩れて……残った部隊は撤退していったって」
奇襲部隊を率いていたのは、おそらくチャオだろう。城に現れたとき、瓦解させたと言っていた。俺たちだけでなく、あいつはルシウスさんたちまでも倒したのだ。
アニーさんが膝から崩れ落ちるかのように、地面へと座り込む。俺もタルテの言葉に衝撃を受けている。デュバルさんやハスターさんたちは無事だろうか……。
「それもあって、君たちが心配になったから、抜け出してきたんだ。……その失敗したんだろう?」
「……ああ」
タルテの言葉にただ頷いた。と、地下水道の奥から何か聞こえる。耳を澄ますと、足音のようなものが聞こえる。
「フェルンっ!」
ノルンも気付いたのか、声を上げる。
「追手かっ……!」
「え?もしかして追われているの?」
「ああ、そうだよ。失敗したからな!」
外に出ようとしたが、アニーさんが呆然としているのを見て、足を止める。ノルンが必死に呼びかけているが、アニーさんは放心状態だ。
「アニーさんっ!しっかりしてくださいっ!」
アニーさんの肩を揺らすが、反応がない。地下水道の奥からの音が、段々と大きくなる。誰かがこちらに向かっている足音だ。
「フェルン、どうしよう……」
「仕方ない。俺が担いでいくよ」
こんなところで、イージスさんとの約束を反故にするわけにはいかない!
座っているアニーさんの脇に腕を入れ、気合いと共に肩に担ぐ。担がれたら何か言うかとも思ったが、アニーさんの反応はない。
地下水道をノルンと出る。が、ノルンがタルテに振り向く。
「タルテさんっ!あなたも一緒に行きましょ!」
「……僕も?」
「言ってたじゃないですかっ!鍵を渡すのがバレたら処刑されるってっ!」
そうだ。タルテも他人事ではない。俺たちに手を貸したばっかりに、タルテも危ないんだ。
タルテもその事実を忘れていたのか、ノルンの言葉に段々と顔が真っ青になっていく。
「そ、そそ、そうじゃんっ!!た、たたた、大変だっ!!」
「タルテ、一緒に行くぞっ!」
わたわたと慌てふためくタルテに声をかける。その声にタルテも動きを止め、まっすぐにこちらを見る。そして何かを悩むように目を閉じたが、すぐに開く。
「あ〜〜もう、仕方ないっ!一緒行くよっ!」
タルテが決断を言葉にして駆け出す。それを見て、俺たちも走り出す。
「で、どうやって王都から出るのっ!今どの門も兵士たちがいるから、外に出るのは難しいよっ!」
「秘密の経路を抜けるっ!俺たちはそこを通ってきたんだ!」
「秘密の経路〜?まあいいや。それはどこ?」
「王都の東っ!城壁と王都を囲む塀が合わさるとこだっ!タルテが先頭を走ってくれっ!」
「ええっ!なんでさっ!!」
「もし見つかっても、最初にお前なら、なんとか誤魔化せそうだろ!?」
まだタルテが鍵を渡した人物とはバレてはいないはずだ。であれば、タルテと王国兵が遭遇しても、切り抜けられる気がする。
「ううっ……!なんか言いように使われている気がするっ!」
そういうタルテの言葉は、あながち間違っていない。
* * *
しばらく走ると、秘密の経路に繫がる小屋へと到着する。幸い、巡回中の兵士に見つかることはなかった。
「こんなところに通路があるの……?」
ボロボロになった小屋の前でタルテが呟く。そうだよな。初めて見たら、誰もがそう思うだろうよ。
「フェルンさん……もう大丈夫です」
と担いでいたアニーさんが呟いたのを聞いて、アニーさんをゆっくりと下ろす。さすがに人一人を運びながら走るのは、体力を消耗する。
ノルンが小屋の扉を開けて入り、俺たちもそれに続いて小屋の中へと入る。
「うえっ……。ホコリ臭い」
「まあ掃除なんてしていないからな」
小屋の奥にある階段に向かう途中、ふと足元の床に目がいく。そこには階段から上がってきた複数の足跡がある。俺たちが来たときのだ。
昼間来たときはイージスさんとトライクさんもいた。あれから1日も経っていないのに、もう遠い記憶のように感じる。
「フェルン……?」
足を止めた俺が気になったのか、ノルンが声をかける。
「ごめん、なんでもない。急ごう。追手を巻いたわけじゃない。ここもすぐに見つかるだろうから」
感傷に浸る思いを振り払い、階段を降りていき、降りた先の部屋の扉の前に立つ。そしてゆっくりと扉を開く。開いた扉の先からは冷たい空気が流れてくる。
「ほ、ほんとに通路がある……」
信じていなかったのか、タルテが目を見開く。
「だからあるって言ったろ。ノルン、光を頼む」
ノルンに振り向くと、既に魔導石を持って待ち構えていた。
「迷いを照らす道標」
ノルンの詠唱に合わせて、黄色い魔導石が光り始める。しかし次の瞬間、パキッと音を鳴らし魔道石が割れる。そして急速にその光を収束させていく。
「あ、え……そんな」
ノルンが割れた魔道石を持ったまま困惑する。
「代わりはないのか……?」
「イージスさんが持っていたから……。私のはこれで最後です」
ノルンが困惑した表情で答える。アニーさんとタルテを見るが、二人とも首を振る。マジか……。
扉の開いた通路を見る。そこには真っ暗な穴がただ空いているだけだった。
「……覚悟を決めよう」
「ええっ!ほんとっ?何も見えないよっ!?」
「けど、幸いこの道は一本道だ。何度も通ったけど、魔獣と遭遇したこともない。……ただ見えないだけだ」
そうタルテに言ってみたが、正直言って俺自身に言い聞かせた。それに、いつまでもここにはいられない。
「俺が先頭を歩く。みんなは手を繋いで行こう」
そう言い、ノルンの手を掴む。ノルンがアニーさん、アニーさんがタルテの手を握る。
「よし、行こう!」
真っ暗な通路に足を踏み入れる。通路の奥からは、冷たく、腐敗臭のような臭いが混じった風が、流れてきていた。




