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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第二章:王国編

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第47話:握りしめた、ひと欠片の祈望

「ぐっ……!」


 くぐもった声が聞こえる。チャオの握る短剣がイージスさんの脇腹に刺さっているのが見えた。それが何を意味しているのかを理解した途端、反射的に駆け出していた。


「イージスっ……!」


 イージスさんに突き飛ばされたアニーさんが、悲痛な声を上げる。


「くそっ……!チャオっ!!!」


 大振りと理解しながらも、剣を高々と振り上げる。そしてチャオ目掛け、怒りを勢いに加算して振り下ろす。


「おっと」


 チャオは短剣をイージスさんから抜き取ると、後方に軽快に下がる。俺の振り下ろした剣は空を切り、硬い床にガツンっ!と鈍い音を響かせる。


「おうおう、そんな怒るなよ。自分が何もできなかったことは悔しいかもしれないが、それがいつかは成長ってものにつながるんだぜ」


 チャオは何が面白いのか、ケタケタと笑い出す。まるで自分は何一つ、間違っていないように。


「お前……!また騙したなっ!」


 剣先をチャオに向けて構える。


「騙す?何のことだ?ここに来たのはお前たちの意志だろう?俺はお前たちが行きたそうだったから、ちょっとあいつの相手をしてやったんだよ」


「お前が、俺たちに行けと言ったんだろうがっ!!」


「おいおい、人のせいかよ。じゃあ何か?お前は俺が言わなきゃここに来なかったってのか?」


「……っ!それは」


「違うよな?大体、お前ら、なんで王族どものドンパチに首突っ込んでるんだよ。関係ないだろ?そんな何でもかんでも首突っ込む甘ちゃんは、いつかあーなっちまうんだよ」


 そう言うと、チャオは血のついた短剣をトライクさんに向ける。


「……まさか、さっきの声は!?」


「なんだ、気付いて無かったのかよ。そうそう、俺よ、俺。人を殺せないとかウケるよ

な。覚悟を決めたか知らんけど、他人の一言で、簡単に揺らいじまってよ」


 チャオは、がははは、と腹を抱えて笑い出す。その声に怒りが募る。


「おい、お前!来るのが遅いじゃろ!お前のせいでバルカスが死んじまったぞ!」


 モルルド王がチャオに向かって文句を叫ぶ。チャオが気怠そうにモルルド王の方に首を向ける。


「あー?知らねーよ。そんな壊れたやつ。こっちは本隊を潰したと思ったら、今度は真っ黒な野郎に襲われて大変だったんだよ。むしろ早いほうだろ。褒めやがれ」


「なんじゃと!大体お前――」


「フェルン……っ!前を、向いたまま、よく聞け」


 チャオとモルルド王の会話を聞いていると、後ろからイージスさんの声が聞こえてきた。反射的に振り向こうとしたが、止められた。


「俺と、トライクで、隙を、作る……。そしたら、アニーを連れて、この場から、逃げろ……!」


 ちらっと、トライクさんの方を視線だけで見る。火球の攻撃で服はボロボロに焦げ、あちこちに火傷を負っている。満身創痍の姿ではあるが、その手には何かを握ってこちらを見ていた。


「イージス!何を言って……!」


 アニーさんの言葉には返さず、イージスさんが絶え絶えしくも続ける。


「合図は、俺が出す。そのときは、目を、閉じるんだ」


 俺が頷くと、今度はアニーさんに声をかける。


「アニー、先に、行っててくれ。後で、追いつく」


「何を言ってるの!そんな傷で……!」


「大丈夫だ。必ず、追いかけるから。……それと、必ず、この国を変えてくれ」


 イージスさんのその言葉に、思わず目を強く閉じ、歯を食いしばる。その言葉に泣きそうになるが、なんとかこらえる。


 そしてイージスさんが勢いよく立ち上がる気配を感じると、俺はすぐさま振り向き、ノルンとアニーさんの視界を遮るように立つと目を瞑る。


「フェルン!!アニーを頼んだっ!!」


 イージスさんの叫び声に、広間にいた俺たち以外の全員がイージスさんへと視線を向ける。そして瞼の裏で何か激しく光るのを感じると、ぼふんっ!と大きな音が聞こえる。ゆっくりと目を開けると周囲を濃い煙が覆っていた。


「くそっ……!こんな古くせー手を使いやがってっ!」


 チャオにとっても想定外だったのか、ゴホゴホ咳き込みながら叫んでいる。


 俺はノルンとアニーさんの腕を掴むと、二人に一言声をかけ、走り出す。バルカスの火球で吹っ飛んだ入り口は、確かこっちだ。


「待って……!待って、フェルンさん!」


 アニーさんの言葉には耳を貸さず、煙の中を記憶を頼りに走り出す。煙からはすぐに抜けられ、目の前に扉の吹っ飛んだ入り口が見えた。そして勢いそのままに大広間から出て、廊下を走った。


* * *


 空中回廊を抜け、階段を一気に地下まで下ると、地下水道へとつながる部屋へと飛び込む。ノルンとアニーさんが入るのを確認してからバタン!と勢いよく扉を締めると、ズルズルとその場に崩れる。


 ハァハァ、と荒くなった息を整える。一瞬、悔しい思いが込み上げてくるが、今ここで立ち止まって考えるときではない。首を何度も振り、考えを振り払うと、立ち上がり地下水道の扉を開ける。


「急ぎましょう。すぐにでも追手が来ます」


 ノルンとアニーさんの方を見ると、二人は床に座り込み、荒い息を吐いていた。だが、アニーさんだけは、息を整えながらも、扉の方を見ていた。


「……アニーさん」


 声をかけるが、アニーさんは振り向かない。もう一度声をかけようとしたが、今度はノルンが動く。アニーさんの正面にまわると、両手を掴み、顔を覗き込んだ。


「アニーさん。今はあの二人を信じて進みましょう。ここで私たちが捕まってしまったら、イージスさんとトライクさんの決死の覚悟が無駄になってしまいます」


 アニーさんの背後にいる俺からは、直接アニーさんの表情は確認できない。だがノルンはアニーさんの表情を確認しながら、ゆっくりと気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと話す。


 すると廊下の方から、バタバタ足音が聞こえてくる。まだ遠くにいるのか音は小さいが、ここに来るのも時間の問題だろう。


 アニーさんはしばらく動かなかったが、袖で顔を拭くと、こくり、とひとつ頷く。そして立ち上がってこちらに振り向く。


「……急ぎましょう」


 アニーさんのその目は、いつも見ていた決意をした目になっていた。俺はアニーさんとノルンに目配せして頷くと、地下水道のはしごを降り始める。

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