第43話:空中回廊の激突
地下水道の奥にあったはしごを上がり、天井の扉を少し開く。目で見える程度に開き、周囲を見渡す。壁際には大きな瓶や樽が置かれているだけで、誰かがいる様子はない。
「大丈夫そうですね」
天井の扉を大きく開くと、はしごを登りきる。そこは薄暗い小さな部屋となっていた。
「アニー、ここがどこだかわかるか?」
部屋に上がってきたイージスさんは、アニーさんに手を貸しながら問いかける。
「そうね……。地下水道から上がってきたところから、おそらく水の貯蔵庫ね。本城の地下になると思うわ」
小さな部屋を見渡しながら、アニーさんは答える。
「じゃあ宴会場は……」
「ええ、この上よ。階段があるから、それで上がりましょう」
5人で視線を合わせて頷くと、部屋の扉へと向かう。少しだけ扉を開き、外に誰もいないことを確認すると、廊下へと出る。
アニーさんもうろ覚えではあったが、難なく1階に上がることができた。陽動が効いているのか、地下、そして1階にも、城内に兵士は誰一人いなかった。
……本当に誰一人兵士が見当たらない。
妙な胸騒ぎを感じつつも、2階へと上がる。曲がり角で誰かいないかを都度確認しているが、当然のように誰もいない。
「……イージスさん」
思わず、前を走るイージスさんに声をかける。
「わかっている。だが、今は一秒が惜しい。陽動が持ち堪えている間に、進むしかない」
前を向いたまま、イージスさんが答える。イージスさんの言うこともわかる。ここまで入念な準備をした大規模な作戦だ。もう一度やり直すとなれば、また多くの時間を必要とする。
だがそれでも、このまま進んでよいのか、と思ってしまう。
「あの角を曲がったところに、渡り廊下があるわ。その先に3階へと上がる大階段があるから、それを上がりましょう。3階に上がれば、宴会場はすぐよ」
アニーさんの示した角で止まり、壁に背を当てる。ゆっくりと角の向こう側を見る。
アニーさんの言うとおり、曲がった先には、中庭の上を通る渡り廊下――空中回廊が見える。その先の大階段までは隠れて見えないが、その回廊には、真っ直ぐにこちらを見つめる人影を捉えた。
「黒ケープの男……!」
「もしかして、モヤンド炭鉱でイージスと互角だった人?」
「はい。あいつもエクリプスだったのか…!」
「どちらにしろ、隠れている理由も無さそうだな。出よう」
イージスさんの言葉に角から出ると、黒ケープの男の方へと歩いていく。イージスさんたちも後ろをついてくる。
黒ケープの男の前に立つと、彼が口を開く。
「ここから立ち去ってください」
「お前もエクリプスだったんだな」
「……違う。あんな奴らと一緒にするな」
「じゃあ何でここにいるんだ!?」
「……止めに来た。あの時もここで無理矢理、止めれば良かったんだ。お前だって、そう思っているんじゃないのか?」
黒ケープの男が俺を指さす。その場にいた俺以外の面々が、俺の方に視線を移す。何でこいつは、俺が迷っていることがわかったんだ…!?
「今日はノルン・カデンツァを見逃してやる。だからここから立ち去れ」
俺は黒ケープの男を睨みつけると、ノルンが彼の視線から外れるように、背中へ誘導する。
「……申し訳ないけれど、私たちは止まるわけにはいかないわ。ここに来たのも、この王国を護るため。例え罠だとしても、進み、突破してみせるわ」
アニーさんが前に出て、剣を抜く。イージスさんとトライクさんも抜くのを見て、俺も剣を抜く。ノルンも後ろで構えるのが見える。
「……あなたたちの覚悟は知っています」
黒ケープの男が剣を抜く。
「けれど、それでも俺は、後悔しないためにも止めなくてはいけない。この先にあるのは――」
「おらぁ!!」
黒ケープの男が何かを言いかけた瞬間、何者かが黒ケープの男に突撃してきた。不意の攻撃だったのか、黒ケープの男が吹き飛ぶ。
「お前らぁ!ここは俺が食い止めるっ!さっさと行けぇ!」
乱入してきた男、チャオがこちらを振り向きながら叫ぶ。
「お、お前、何でここに?」
「あぁん!?そんなことは、どうだっていいだろう!それよりもさっさと先に行け!」
吹き飛ばされた黒ケープの男が顔を上げる。
「チャオ・ドルミナスゥゥゥ…!!」
黒ケープの男が大声で叫ぶ。その声色は怨嗟に満ち溢れており、マスクで覆われた顔から覗く目は、真っ赤に血走っていた。
「お前だけは!絶対に許さないっ!!仲間たちの仇……覚悟しろぉ!」
「お、なになに?俺のこと追っかけて来ちゃった系?あーでも、俺はお前が誰だかわからんわ。恨まれる理由なんて、腐る程あるからな〜。いちいち覚えてらんねーのよ」
チャオは悪気もなく、わりぃな、と片手をあげる。そのふざけた態度に黒ケープの男は毛が逆立つような怒気を放ち、チャオに襲いかかる。
チャオもふざけた態度とは裏腹に、黒ケープの男の攻撃を、難なく受け止める。
「今のうちに行くぞ!」
イージスさんが叫んで走り出す。アニーさんとトライクさんもそれに続く。
「フェルンよぉ!お前もさっさと行けっ!オルドレアンの件はこれでチャラなっ!」
チャオの叫びにハッとなり、ノルンと共に駆け出す。そしてチャオと黒ケープの男の横を通り過ぎざまに言い放つ。
「はぁ!?ふざけんなっ!あれはお前のせいだろうがっ!」
「……っ!待てっ!その先は――」
「うるせぇよっ!!何を知っているか知らんが、余計なことベラベラと喋ってんじゃねーよ!!」
余計なこと…?オルドレアンでのできごとを考えると、やっぱり何か企んでいるんじゃ……?
渡り廊下の先に大階段が見えてきた。勢いそのままに大階段を駆け上がる。
「イージスさん!あいつは信用ならないです!絶対に罠ですよ!」
前を行くイージスさんたち全員に聞こえるように、大声でさっきの疑念をぶつける。チャオが関わっている以上、この先には絶対何かある。
だがイージスさんも、アニーさんもトライクさんも止まらない。しかし、ちらっとこちらを見たイージスさんの顔は、苦渋を浮かべていたように見えた。
「……彼が何者かは知らないが、彼を止めているのは事実だ。それに陽動もどこまで持ち堪えられるかわからない。それこそ、兵士たちが戻ってきたら、失敗だ。今は行くしかないっ!」
不安を、迷いを断ち切るかのように、イージスさんが言い放つ。アニーさんもトライクさんも何も言わないことから、同じ気持ちなのだろう。
程なくして3階に到着すると、アニーさんは迷うことなく廊下を走る。そして前方に大きな扉が見えてきた。
「あそこよ!このまま突入するわっ!」
大きな疑念は残っている。だが、俺の杞憂であれば、それに越したことはない。罠ではない、その一縷の望みをかき集め、扉へと走り続ける。
絶望かそれとも希望か――その未来を決める大きな扉を、アニーさんが勢いよく開け放った。




