第42話:鍵の在り処
「……そろそろだな」
イージスさんが暗くなった夜空を見上げ、月の位置を確認して呟く。そして木陰から東南門の様子をうかがう。門は固く閉ざされており、詰め所は誰かがいるのか、明かりが漏れている。
昼間のうちに王都に潜入し、モヤンド炭鉱の通路を抜けた家屋で待機。夜になってから東南門のところまで、5人で移動してきたところだ。
「詰め所から兵士たちが出てきたら、合図でしたっけ?」
「ああ。本隊が王都に近づけば、兵士たちが動き出すはずだ。それが合図になるから、その隙に鍵を確保して、地下水道から城内に潜入だ」
「全員で鍵は探します?」
「いや、鍵は3人で探してくれ。どんな鍵かもわからないからな。俺とトライクは外で見張りしている」
「わかりました」
再度、詰め所の方を見ると、変わりないことを確認して離れる。
「そろそろ時間?」
「うん。もう何か動きがあってもおかしくないかな」
「そっか。今日は満月だから、陽動も早く気付かれそうだけど」
ノルンが夜空を見上げながら呟く。同じように見上げると、夜空には大きな月が存在を主張している。
「そうだな。今日の陽動作戦には、ちょうど良かったよ。ここのところに曇天続きだったし」
「僕たち潜入班には、向かないけどね」
と、近くにいたトライクさんが、話を聞いていたのか突っ込む。
「祝福ってことよ。今日、この日を、ね」
ふふっと笑いながら、アニーさんも応える。
「動き出したぞ!」
声を抑えつつも、俺たちには聞こえるくらいに声を張り上げながら、イージスさんが振り返る。視線をイージスさんの先、詰め所に移すと、ひとりの兵士が詰め所に入っていくところだった。
そしてしばらくして、今度は詰め所から、慌てたように何人かの兵士が出て、東南門の小さな扉へと入っていった。そこにタルテの姿が無かったことには少し安堵だ。仮に戻ってきても、戦うことはなさそうだ。
「よし。行こう」
念の為、周囲を警戒しながら木陰から出ると、詰め所へ向かう。詰め所の前でそっと中を確認する。明かりは点いたままだが、誰もいなさそうだ。全員出払ったのだろう。
「大丈夫そうね」
アニーさんがイージスさんたちと目配せして頷きあうと、中に入る。それに続くようにノルンと共に入る。
「タルテさんが事前に鍵を持っていたから、どこに仕舞っていたかは、わからないわね……。手当たり次第探してみますか」
鍵なので、壁にでもかかっているのかと思っていたが、詰め所の壁にはそれらしいものは見当たらない。となると、どこかの引き出しにあると思われるが……。
手近にあった開き戸を開ける。そこは誰かの棚なのか、服や防具が無造作に入っていた。ここには無さそうだな。
「見当たらないですね。どこにあるんでしょうか」
ノルンがパカと棚を開ける。が、見当たらないようで、開いてはすぐ閉じて、次の棚を開けていた。
「タルテさんが、詰め所で管理していると言っていたから、ここのどこかにあると思うけれど……。誰かが常に持ち歩いているとかないわよね?わっ、臭いっ!!」
アニーさんの開けた棚から何かが落ちる。よく見ればただの服だが、汗なのか汚れなのか、茶色に変色し、異臭を放っていた。
と、奥の部屋に通じる扉から、ゴト、っ何か音が聞こえた。咄嗟に腰に差した剣の鞘に手を置く。その動きに反応したのか、ノルンとアニーさんも動きを止め、警戒する。そして全員が注目する中、扉がゆっくりと開かれる。
「もぉ〜何ですか、ドタバタと。寝ているんですから、もうちょっと静かにしてくださいよ。何か探しているんですか〜?」
左目をこすり、欠伸を噛み締めながら、タルテが扉の向こうに立っていた。
「え、あれ?フェルン?どうしてここに?」
「…あー、えっと、その、だな」
まさかタルテが出てくると思っておらず、対応に困ってしまった。どう説明したらよいものか。
タルテが部屋全体に視線を動かす。そして一通り見終わると、こちらを指差す。
「……泥棒?」
うん、まあそうなんだが、ここで肯定する訳にもいかない。
「と言うか、先輩たちいなかった?今日は一大イベントがあるから、待機すること、って言われたんだけど」
「一大イベント?」
「うん。詳しくは知らないけど、多くの人が集まるらしいよ。まあいつも通り、宴会するだけだと思うけど」
タルテが呆れたように、やれやれと肩をすくめる。
そんなタルテを見て、この間のタルテの部屋で聞いた、城への不満を思い出す。こうなったら、一か八か、いやタルテ自身に賭けてみよう。
「タルテ、よく聞け」
前からタルテの両肩に手を置き、真剣な顔でタルテを見る。タルテもこちらの空気を読んだのか、ツバを飲み込むのがわかった。
「俺たちは今日、この王国を変えようと思っている。もちろん冗談でもなく、真剣に変えようと思ってる。そのためにも、今、地下水道の鍵が必要なんだ。どうか鍵を貸してくれないか?」
ゆっくりと、そして一言一言、タルテに言い聞かせるように伝える。タルテは黙って話を聞いていたが、やがて口を開いた。
「……それってクーデターってこと?」
タルテの言葉に俺は頷く。
「いやいやいや、無理でしょっ!だってこの城に何人の兵士がいると思ってるのさっ!それに王様の私兵とか言う、よくわからない奴らもいるんだよっ!」
「ああ、それも知ってる」
「知ってるって……。と言うか、それ鍵渡したら、僕も仲間と思われるやつじゃん!ヤダよ!見つかったら処刑されちゃうじゃん!」
タルテが大声で騒ぎ始める。後ろから覗いているのか、イージスさんの視線を感じる……気がする。咄嗟にタルテの口を押さえる。
「タルテ、落ち着け。タルテだって不満だっただろう!街の人たちのために動きたいのに、全然動けないって!本当はこんなのじゃなかったって!」
タルテが動きを止めて俯く。
「それは……そうだけど。でも……」
「タルテさん」
アニーさんの声に、タルテは顔を上げる。
「今この時も、この国の民は苦しんでいます。未来への希望も持てず、日々の生活に追われ、ひとつ間違えれば絶望へと転ずる。今はこの王都だけですが、いつかは近隣の街や村にも広がるかもしれないんです」
アニーさんの言葉に、モヤンド炭鉱にいた砂賊、王都の酒場にいた老人や街の人たちが思い浮かぶ。その顔は、とてもじゃないが、明るいものでは決してなかった。
そうだ。あんな顔を、故郷の両親や村の人たちにまで、させるわけにはいかない。
「だからこそ、私たちは立ち上がったんです。必ず叔父王を討ち、この国を変えることを約束します」
アニーさんはタルテの目を逸らすことなく、真っ直ぐに見たまま言い切る。その言葉には、強い意志が感じられた。
その思いが伝わったのか、タルテが大きく目を見開く。
「叔父王……って、君は、いやあなたは……!」
アニーさんは何も答えず、ただ頷く。それを見たタルテは、あ~〜!!と天を仰ぎながら叫ぶ。
「わかった!鍵を渡すよ!その代わり、絶対に成功させると約束してくれ!!」
タルテが服のポケットに手を突っ込むと、ひとつの鍵を取り出す。お前が持ってたんかい。
「それと僕が渡したことは黙っていてよね」
タルテから鍵を受け取る。
「言っても大丈夫だろ?返すときは、タルテも英雄だよ」
タルテに笑って見せると、少し照れくさそうにタルテも笑う。
「……鍵は手に入ったな。そろそろ行くぞ」
後ろからイージスさんの声が届く。
「フェルン、気を付けて。さっきも言ったけど、王様の私兵はよくわからない連中だから。何があってもおかしくないよ」
「ああ、ありがとう。じゃあ行ってくる」
タルテに手を上げると、詰め所を後にする。遠くの方から、慌ただしい音が聞こえ始めてきた。
「陽動作戦が始まったわね。急ぎましょう」
アニーさんの言葉に頷くと、俺たちは地下水道の入り口へと、足早に歩き始めた。




