第40話:背負い、守るもの
王都への潜入から数日後。拠点のオアシスへと戻り、決戦に向けた最後の準備を進めていた。
そして俺もイージスさんとの最後の稽古を、オアシスから少し離れた場所で行っていた。
イージスさんが踏み込み、剣を降ろす。それを自分の剣で一度受け止めるが、すぐに横へと流し、今度はこちらが切り上げる。イージスさんは身体を捻って避けると、今度は横から剣が襲ってくる。急ぎ剣を戻し縦にして受ける。
だいぶイージスさんの攻撃についていけるようになり、もう何分も打ち合いをしている。慣れもあると思うが、自分自身が成長をしているからこそ、剣筋が見えてきているのだろう。
イージスさんが剣を振り上げた動作に入るのを見て、受けるのではなく前に突っ込む。そして力一杯、イージスさんに斬りつける。
イージスさんにとっては不測だったのか、目を見開き、ほんの数秒、動きが止まる。だがすぐに剣を引き戻し、俺の剣戟を正面から受け止める。
「……つっ!」
不意をつけたと思ったが、ダメだったか。だが、イージスさんはふっ、と真剣だった顔を綻ばせる。
「ここまでにしよう。明日に支障が出ると良くないからな」
イージスさんが剣を降ろすのを見て、俺も降ろす。
「ありがとうございました!」
声を張り上げ、思いっきり頭を下げる。明日の決戦を考えると、しばらくは稽古をつけてもらうこともできないだろう。そう思い、精一杯のお礼を込める。
「ああ、頑張ったな。これなら明日も安心だ。よろしく頼む」
そう言ってイージスさんは右手を差し出す。俺も右手を出してがっちり掴む。
「ふん。それくらい動けて当然だ。むしろそれ以下なら、城への潜入組なんて認めてやらん」
「素直じゃないね〜。イージスみたいに成長したな、って言えばいいのに」
「うるさいっ!」
横で稽古を見ていたデュバルさんの言葉に、ハスターさんがすぐに突っ込む。デュバルさんが叫ぶが、ハスターさんはやれやれと、両手を上に向けて首を振る。
「でも、うん。前よりも剣筋がしっかりして、身体の動きも良くなってるよ。イージスの指導のおかげかな」
「そうですね。これなら以前のような怪我をする無茶はしないですみそうですね」
トライクさんとフリッツさんも稽古場に来ていた。
「お前たち、明日の準備はいいのか?」
イージスさんが呆れ顔でみんなを見渡す。
「ふん。終わっているに決まっているだろう。そもそも前日に慌てて準備しなくとも、いつでも行ける状態だ」
「そうそう。弓も矢も準備万端さ」
デュバルさんの言葉に、ハスターさんもトライクさんも頷く。
「僕は少し残っているけど、お留守番だからね。みんなが帰ってきたときに迎えられる準備をしておくよ」
フリッツさんが俺を見て片目を瞑る。前みたいな酷い怪我は、しないようにしなきゃ…。
と、弓でハスターさんへの伝言を思い出した。
「そう言えば、酒場にいた老人から、弓の練習を欠かすなよ、と言われましたよ」
その言葉にハスターさんは目を見開くが、すぐに照れたように目を伏せる。
「ったく…何言ってんだか」
「…知り合いか?」
デュバルさんの言葉にハスターさんが頷く。
「俺がここに来る前の…まあ、なんだ。育ての親みたいなもんさ。俺は親に捨てられたんだが、たまたま街に来ていた旅一座に拾われたんだ。その時の座長さ。もう10年くらい前だけどな」
そう言えば、確かに服はところどころ汚れていたが、元々は紳士な格好だったのだろう。
「ま、今じゃ解散しちまって、座員もどこにいるかわからないけどな。…そう言えば、踊り子だった姉ちゃんは別嬪だったな」
しんみりとした空気をハスターさん自身がぶち壊す。
「…お前は昔っからそんなんだったのかよっ!」
デュバルさんが突っ込む。
「いやいや、マジでいい女だったんだよ!当時でも30超えてたけど、若い奴らに負けない妖艶さだったんだよ!」
「そういう事を聞いているんじゃないっ!」
もう50も手前になるってことか。まあでも、俺の村でも、50近くの綺麗な人はいたけど。美魔女っているんだな。
「そう言えば、みなさんの家族ってどうされているんですか?」
もう何日も一緒にいるが、家族のような方とはどの方も出会っていない気がする。
「俺の母さんはこの街にいるぞ。父親は随分前にいなくなったがな」
「え!?」
デュバルさんの言葉に、思わず振り向く。全然気付いてなかった。
「なんだ気付いてなかったのか。もっとも、前線には出ず、情報収集が主だけどな」
「モヤンド炭鉱の地下道の情報も、元はデュバルの母親の情報だ。文献からデュバルが見つけたわけだが、そもそもその文献は母親が見つけたものだ」
イージスさんが補足してくれる。そうだったのか…。
「僕の両親は故郷にいるよ。医者だから、患者を置いて街を離れるわけにはいかないから」
「へぇ〜。フリッツは親譲りの職業だったのか。親も真面目なんだろうな〜」
「ハスターに比べたら、みんな真面目でしょ」
「おいっ!」
間違いない。ハスターさんより軽薄な人はいないだろうな。
「僕とイージスの家族は公国にいるよ」
「公国?」
「そう。ネイツァール公国」
どこかで聞いたことがあると思ったが、以前アニーさんが話してくれた国だ。確か海を渡った先だったな。
「王国からアニーと逃げたときにな。俺の両親と妹、それからトライクの母親と弟が公国に住んでいるんだ」
イージスさんが付け加える。イージスさん、妹がいたんだ…。
「トライクさんは弟がいるんですね。やっぱり弟さんも強いんですか?」
気になって何気なく聞いてみたが、その瞬間、デュバルさんとハスターさんの表情が、少し強張った気がする。フリッツさんは俯き加減になり、イージスさんはしまった、と思ったのか、視線を逸らす。変なこと言ったか…?
「ルージオは違うよ。父さんに似て、知略の方に長けているんだ」
他みんなの反応とは裏腹に、トライクさんはちょっと自慢げな表情で答えてくれた。ルージオとは弟さんの名だろう。
「…そうだな。トライクとは違って、知略派だな」
イージスさんは少し安堵な顔を浮かべている。
「そう言うイージスだって、オリアナは社交的だよね。イージスと違って」
「あいつは社交的というより、お転婆なだけだろ」
「逆だよ。イージスが言葉足りないんだよ」
間違いない、と言うように、デュバルさんやハスターさんが頷く。フリッツさんも苦笑いを浮かべている。
妹さんはオリアナなんだな。覚えておこう。
「さて。そろそろ行きましょうか。この後、最後の作戦会議もありますし」
フリッツさんが手を1つ叩く。みな頷いて各々動き出す。
「全部終わったら、家族を紹介しよう。この作戦が成功すれば、公国から戻ってこれるだろうからな」
イージスさんが歩きながら、背中をポン、と叩く。
「はい!楽しみにしてます!」
その時を楽しみに思いながら、オアシスの街へと向かって歩き出す。だがふと見た太陽は地平線ではなく、暗雲が広がる分厚い雲の向こうに沈もうとしていた。
それはこの先を示すものではないと願いたい……。




