第39話:奇跡の聖皇
ノルンとアニーさんと合流して地下水道を出ると、詰め所の前にホッセル車と兵士が止まっていた。そしてそのホッセル車の兵士に、遠目からでもわかるくらいに困っている別の兵士が、何度も頭を下げていた。門番だろうか。
話しかけた方が良いかと思ったが、急に汚水の臭いが辺りを漂う。
「え、あ!先輩っ!」
タルテも目の前の状況に気付き、走って先輩と呼んだ兵士のところに向かう。
タルテが近付くと、先輩と呼ばれた兵士とホッセル車の兵士が鼻をつまむ。まあ臭いだろうな。そして何か会話をしていると思ったら、急に先輩がタルテを殴り飛ばし、タルテが尻もちをつく。それでも気が済まないのか、タルテに向かって何か叫んでいる。
「おいおい。いきなりだな」
「ちょっと行ってみましょう」
アニーさんの言葉で、3人で歩き出す。その間に、大きな音を響かせながらホッセル車の前の門が開く。
ホッセル車の兵士が何か言うと、先輩兵士が頭を何度も下げ、ホッセル車は進んでいった。一瞬、ホッセル車の兵士がこちらを見たような気がするが、すぐに前を向く。そしてホッセル車が門を抜けると、また大きな音を響かせて門が閉まった。
「ふん。クソが。来るなら前もって言えや。タルテ、テメーもだぞ。どこほっつき歩いて……あん?なんだお前らは?」
こちらを振り返った先輩兵士が、タルテの後ろに立った俺たち3人をまじまじと見る。念の為、アニーさんが影になるように少し移動したが、先輩兵士は気にしていないようだ。
「俺たちはタルテの知り合いだよ。彼から……」
「あー!そう、そうなんです!俺が呼んでたんです!それでちょっと離れていたってだけなんですよ!」
タルテが立ち上がり、俺の口を塞ぐ。めっちゃ臭いっ!急に立ち上がって周囲にも漂い始めたのか、後からノルンとアニーさんのうめき声が聞こえ、目の前の先輩兵士は鼻をつまむ。
「テメー後輩の分際で離れてやがったのかっ!と言うか、何だその臭さはっ!」
「あはは。ちょっとゴミ溜め……?と言うか、そんなとこに突っ込んじゃいまして……。あ、先輩も来たので、俺は一旦帰りますね!この状態じゃあ任務もできないですし!ではっ!」
そう言ってタルテが俺を反転させると、背中をかなり強く押し出す。ノルンとアニーさんもそれに続く。先輩が後ろで何か言っているようだが、タルテが強く押すため、そのまま遠ざかった。
* * *
「はぁ〜!やっとあの臭いから解放されたよっ!」
タルテの自室の窓の近くで外を見ていると、部屋に備え付けられたシャワーを浴び終えたタルテが、部屋に入ってきた。ノルンとアニーさんは部屋にあったソファに腰掛けている。
「こんな大きな部屋に住めるなんて。あなた意外とお金あるのね」
皮肉だろうか。アニーさんの言葉に棘を感じる。が、当の本人は気付いていないのか、平然としている。
「まあ何年か前に、国の兵士の給料が上がったんだよね。おかげで大通りにも面していて、治安もいい場所に住めるよ」
確かに人通りの多い大通りなら、治安もいいだろう。窓から下を見ると、その大通りが見える。今日は何かあるのか、昨日通ったときよりも多くの人がおり、道の脇に列を作っていた。
「……まあ、でも、良いのは給料だけだね」
タルテは暗い表情をしながら、机の近くの椅子に腰掛ける。
「毎日門の前で、よくわからない貴族様にヘコヘコして、機嫌が悪ければ、意味のわからないことで怒られ……。街で暴れている奴がいても待機を命じられ、地下水道に何かいると言えば、お前で何とかしろと言われるし……」
タルテは天井を見上げると、自嘲気味に笑う。
「なんか想像してたのとは違ったな〜。もっとみんなのために、街中で悪いやつを捕まえたり、外に出ては困らせてる魔獣をやっつけたり。もし活躍が認められて騎士にでもなれば、もっとみんなを助けることができる。……そんな風に思って僕は故郷を出たのに」
タルテは、今度は俯くと、一度大きなため息を吐く。そのため息には、何とかしたくてもできない現状の不満が詰まっていたように思う。
「僕が入隊したときはまだ良かったんだ。でもいつの頃からか、よくわからない人たちに僕たちの仕事は奪われ、今じゃ門番ばっかり。なのにいざ魔物の群れが現れたら、実戦経験の無い人ばかりを集めて、どこの誰ともしれない人を守れだとか。本当にバカバカしい」
タルテがもう一度大きなため息を吐く。
「まあでも、そうわかっても、僕には何にもできないんだけどね」
タルテの言葉に誰も何も言えず、重い空気が漂う。
「……あ、あははは。ごめんね。変なことを言って。君たちに言っても仕方ないよね」
「いや、そんな事はないけど……」
「まあ忘れて。僕みたいな末端の兵士が、上に楯突くようなこと言ったら処分されちゃうや」
あはは、と笑うタルテだが、ただの空笑いでしかなかった。
「……あなたたちも苦労をされているんですね」
と、アニーさんが呟く。そして顔を上げる。
「私たちが何とかしてみせます。だからタルテさんの民を思うその気持ち、絶対に手放さないでください!」
「え、あれ?それはどういう……」
と、タルテが言いかけた瞬間、窓の外から大きな歓声が響き渡る。その大きさに、窓が震えるほどだ。
窓の外を見ると、大通りの脇は、生け垣のように大勢の人たちが並んでいた。そして大通りを歩くのは、正装に身を包んだ兵士たち。その後ろを複数のホッセルが、絢爛な装飾を施された荷車を引いていた。
そしてその荷車にこれまた豪華な台が載せられ、台の上には白と金を基調とした服に身を包んだ初老の男性が立っていた。彼は脇に立ち並ぶ人々に向かって、笑顔を見せながら手を振っていた。
「教皇聖下……!」
いつの間にか窓際に、アニーさんとタルテが来ていた。
「そっか、今日は教皇聖下が来る日だったのか。僕も教皇聖下を間近で見るのは初めてだよ」
タルテが興奮気味に話す。殴られて暗い愚痴が溢れていたのかと思ったが、少し元気が戻ってきたみたいだ。
「教皇聖下、ってことは、エデニア教国の偉い人……?」
「ええっ!フェルン知らないの!エデニア教国の現教皇、セレスティノ聖下だよっ!」
と言われても、知らないけれど。アペイロン教の信者でもないし。
「信者でなくても知っている人は多いと思うわ」
アニーさんも呆れた顔をしていた。
「エデニア教国の建国者、アペイロン様の生まれ変わりとも噂される、奇跡の聖皇よ。神様からの声を聞くと言われていて、この世界のあらゆる問題を知っているというわ。実際、遠い異国の辺境で起きた飢饉を事前に察知し、誰よりも早く救援物資を送ったと聞くわ」
アニーさんが説明をするその目は、教皇様に釘付けで、尊敬ともいえる眼差しだ。
「神様からの声、ね……」
「私も最初聞いたときは疑ったわ。でも、事実、彼が知るはずもない異国の辺境の地を救ったなんて言われたら、疑えないわ」
確かにそう言われると、異国の地の情報なんて、知るすべもないな。仮に誰かを派遣していても伝える手段がない。それこそ瞬時に情報が伝わるような何かが無いと、だ。
大通りに目を向けると、脇に立ち並ぶ人々は、手を振る人もいるが、多くは両手を組んで祈りを捧げていた。中には涙を流している人たちもいる。老若男女関係なく、父親に肩車された男の子でさえも、両手を組んで祈っている。これだけ見ても、アペイロン教の信者がどれだけ多く、どれだけ教皇様が慕われているのかがわかる。
王様よりも人気があるのでは?と思いながら、部屋に視線を戻すと、ノルンがソファに座り、ぼーっと前方を見ていた。
「ノルン……?」
俺の声にノルンがビクッと身体を震わせる。そして何事も無かったようにこちらに顔を向ける。
「ん?どうしたの?」
「いや、こっちの台詞だよ。何かあった?」
「ううん、何でも。何でもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「それならいいんだけど……」
ノルンは笑みを浮かべてはいるが、何か無理をしているように見える。
外の明るい喧騒も相まって、ノルンの周囲だけ、暗い影が落ちているように感じた。




