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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第二章:王国編

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第38話:汚水のヌシ…の災難

「…さすがに臭いな」


 鼻をつまむ。下水道を進むのはわかってはいたが、ここまで臭いとは。


「え、あ、そうだね。慣れないとキツイよね。先輩たちはもう気にしてないみたいだったけど」


 タルテは周囲をキョロキョロ見回している。同じように鼻をつまんでいるせいで、いつもと違う変な声になっている。


「こんなに臭いのに、なんで上水道の水はあんなに綺麗なんだ?」


「それは浄水機のおかげだよ。ほら、ハシゴの横に大きな装置があったでしょ」


「ああ。大きな音を立ててたあれか」


「そうそう。あれが下水道の水を吸い取って綺麗にしているんだって」


「へぇ。そんな便利なものがあるんだな」


 もしかすると旧時代のものだろうか…。となるとこの地下水道も、そんな昔からあるものなのかも。


「…それより、後ろの二人は大丈夫」


「…あんまり大丈夫じゃないかも」


 後ろに視線を移すと、ノルンとアニーさんが、俯いたまま歩いていた。


 アニーさんはこの空気にやられたのか、顔が真っ青だ。時折、思い出したかのように、口元に手を当てている。


 そしてノルンは…ずっと何かをぶつぶつと呟いて歩いている。俯いているので表情は伺いしれないが、逆に表情が見えず呟くその様も相まって、ぶっちゃけ怖い。


「…二人のためにも早く終わらせようぜ」


「う、うん…」


 タルテが端切れ悪く頷く。そう言えば下水道に降りてから心無しか元気がない。タルテもこの空気にやられたのか?先程聞こえた不気味な声もあり、タルテまで調子悪いのは困る。


「なあ、タルテ、お前…」


「うわっ!なんだこれ…!」


 前を歩いていたタルテが急に大声を上げる。魔獣か?と身構えそうになるが、タルテが前面をペタペタと触っている様子から、そうでもないみたいだ。


「…壁?」


「いや、こんなとこに壁は無いはずだけど…。と言うか、なんか柔らかい…?」


 タルテが壁?に手を押し込むと、手の形にあわせて凹む。と、急に壁がぷるぷると震えだした!


「ええっ!な、な、なにっ!」


「それ、スライムよ!うっ…」


 アニーさんが叫ぶが、急に叫んだからか、口元を押さえてしゃがみ込む。


 だが、アニーさんの言うとおり、よく見ると微かに透けている。大きくてぱっと見わからなかったが、確かにスライムだ。それも通路を塞ぐほどの大きなスライム、ジャイアントスライムだ。


 ヴオオォォォォォォ…


 どこから音を出しているのかわからないが、ジャイアントスライムが吠える。ハシゴを降りる前に聞いた声だ。腰の剣を抜くと構える。


「で、でで、出た〜〜〜っ!」


 タルテが大声で叫びながら、俺の後ろに隠れる。いや、だから何でだよ。


「こ、こいつだったのか…!」


「こいつ…?何か知っているのか?」


「う、うん。最近地下水道に入ると不気味な声がするって、先輩たちの噂になってたんだ。それもあって先輩たちは地下水道の掃除を避けるようになって」


 そう言う重要な話は、先に言ってほしいんだが…。だが、今更言っても仕方ない。


「とりあえず、タルテ、構えろよ。ノルンとアニーさんたちは下がっててくれ!俺たちで対応するから!」


 後ろを振り向きタルテを強引に前に出しながら、二人に向かって叫ぶ。アニーさんが口元を手で押さえながら何度も頷く。ノルンは…俯いたまま、よくわからない。


「フェ、フェルン、来るよっ!」


 タルテの声で前を向くと、紐状の長い触手のようなものが襲いかかってくる。タルテを前方に押しながら、横へと飛び出す。足元の床を鋭い音と共に叩かれる。痛そうだな…。


 だが触手は1つだけでなく、どんどん形成されると、何度も襲いかかって来る。それを左右に動きながら避け、隙を見つけては斬りかかる。


「おらっ!」


 触手は簡単に斬れ、斬られた先端はバシャ、と汚水になって床に広がる。だが、斬られた触手はすぐに先端が再生し襲いかかってくる。


「フェルンダメだよ!こいつ刺してもすぐ再生しちゃう!」


 タルテも槍を構え応戦しているが、結果は同じだったようで、泣き言が飛んできた。


「…本体なら!」


 そう思い、触手の猛攻を避けながら近付くと、本体に斬りつける。だが、本体も斬られたところがすぐに回復してしまった。


「スライムは核を破壊しないと…!うっ…」


 後からアニーさんが叫ぶ。核はどこかと探すと、ジャイアントスライムの中央やや下にあった。


「ぼ、僕に任せて!」


 タルテが盾を構えたままジャイアントスライムに近づき、一気に核目掛けて突き刺す。当たる!と思ったが、タルテの槍が届く前に、核が後ろに移動した。


「ええ!?そんなのあり!!?」


 タルテが何度か奥へ届かせようと差し込みが、核は避けるように、どんどん後ろに行ってしまった。


 いや違う。ジャイアントスライムの前面が凹んでいる。凹んだ場所には何か塊が生成されているが…まさか。


「タルテ、退がれ!溶解液だ!」


 タルテに叫ぶと同時に急いで後ろへ移動する。タルテもこちらの言葉に異変に気付き、急いで離れる。


 しかしジャイアントスライムの凹みは深く広い。このままでは相手の攻撃範囲の外には間に合わない…!


 ジャイアントスライムの凹みが止まる。もう今にも吐き出されそうだ!


「凍て突き貫く白き閃槍(アイシクル・ランス)!!」


 突如、ノルンの叫び声と共に、巨大な、ジャイアントスライムの半分はありそうな本当に巨大な氷槍が、見事に突き刺さる。


「ノ、ノルン…?」


 ノルンを見ると、怒りの形相でジャイアントスライムを睨みつけていた。


「凍て突き貫く白き閃槍(アイシクル・ランス)!

 凍て突き貫く白き閃槍(アイシクル・ランス)!!

 凍て突き貫く白き閃槍(アイシクル・ランス)…っ!!!」


 ノルンが大声で叫ぶように、早口で唱える。いつもとは違うノルンがちょっと怖い…。先程よりは小さいが、複数のアイシクル・ランスがジャイアントスライム目掛けて飛んでいき、ジャイアントスライムに穴を開ける。


 そしてそのうちの1つが核にぶつかったのか、ジャイアントスライムが悲痛な声を上げると、バシャン、と大きな音を立てて崩れる。大量の汚水が大きな波を起こし、辺りに強烈な臭いが広がる。


「うえっ!くっさっ…!」


 少し手前にいたタルテが叫ぶ。どうやら転んでいたようで、全身にジャイアントスライムの汚水を被ったようだ。溶解液も混ざっていたのか、服が少し溶けている。俺は足元にひっかかった程度で済んだが。


「もう、最悪だよ…」


 タルテが立ち上がると、汚水を衣服が吸ったからか、臭いがきつくなる。


「ちょ、タルテ、お前…」


「近づかないで!動かないで!向こうに行って!」


 俺が離れて、と言うより先に、ノルンが拒絶の言葉を大声で叫ぶ。


「私たちは先帰るから!ずっと後から来て!絶対に近寄ってこないで!」


 それだけ言うとノルンは、もはや限界に近いアニーさんを引っ張って、元来た道を戻っていく。まだ先の道があるんだけどな…。


「ひ、酷くない…?」


 タルテが目尻を下げた表情で、こちらを見る。見られても困るんだけどな…。


「…あー。地下水道の掃除は完遂でいいか?」


「え、あ、うん。もうちょっと先はあるけど、このスライムが道を塞いでたみたいだし、ここから先は魔獣もいないと思う」


「そうか…。じゃ、俺も先行くわ。ゆっくり来てくれて構わないから」


 とタルテの返事も聞かずに、ノルンたちを追いかける。後ろからタルテが、置いてかないで〜!、と叫んでいるが、気にしないでおく。

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