第38話:汚水のヌシ…の災難
「…さすがに臭いな」
鼻をつまむ。下水道を進むのはわかってはいたが、ここまで臭いとは。
「え、あ、そうだね。慣れないとキツイよね。先輩たちはもう気にしてないみたいだったけど」
タルテは周囲をキョロキョロ見回している。同じように鼻をつまんでいるせいで、いつもと違う変な声になっている。
「こんなに臭いのに、なんで上水道の水はあんなに綺麗なんだ?」
「それは浄水機のおかげだよ。ほら、ハシゴの横に大きな装置があったでしょ」
「ああ。大きな音を立ててたあれか」
「そうそう。あれが下水道の水を吸い取って綺麗にしているんだって」
「へぇ。そんな便利なものがあるんだな」
もしかすると旧時代のものだろうか…。となるとこの地下水道も、そんな昔からあるものなのかも。
「…それより、後ろの二人は大丈夫」
「…あんまり大丈夫じゃないかも」
後ろに視線を移すと、ノルンとアニーさんが、俯いたまま歩いていた。
アニーさんはこの空気にやられたのか、顔が真っ青だ。時折、思い出したかのように、口元に手を当てている。
そしてノルンは…ずっと何かをぶつぶつと呟いて歩いている。俯いているので表情は伺いしれないが、逆に表情が見えず呟くその様も相まって、ぶっちゃけ怖い。
「…二人のためにも早く終わらせようぜ」
「う、うん…」
タルテが端切れ悪く頷く。そう言えば下水道に降りてから心無しか元気がない。タルテもこの空気にやられたのか?先程聞こえた不気味な声もあり、タルテまで調子悪いのは困る。
「なあ、タルテ、お前…」
「うわっ!なんだこれ…!」
前を歩いていたタルテが急に大声を上げる。魔獣か?と身構えそうになるが、タルテが前面をペタペタと触っている様子から、そうでもないみたいだ。
「…壁?」
「いや、こんなとこに壁は無いはずだけど…。と言うか、なんか柔らかい…?」
タルテが壁?に手を押し込むと、手の形にあわせて凹む。と、急に壁がぷるぷると震えだした!
「ええっ!な、な、なにっ!」
「それ、スライムよ!うっ…」
アニーさんが叫ぶが、急に叫んだからか、口元を押さえてしゃがみ込む。
だが、アニーさんの言うとおり、よく見ると微かに透けている。大きくてぱっと見わからなかったが、確かにスライムだ。それも通路を塞ぐほどの大きなスライム、ジャイアントスライムだ。
ヴオオォォォォォォ…
どこから音を出しているのかわからないが、ジャイアントスライムが吠える。ハシゴを降りる前に聞いた声だ。腰の剣を抜くと構える。
「で、でで、出た〜〜〜っ!」
タルテが大声で叫びながら、俺の後ろに隠れる。いや、だから何でだよ。
「こ、こいつだったのか…!」
「こいつ…?何か知っているのか?」
「う、うん。最近地下水道に入ると不気味な声がするって、先輩たちの噂になってたんだ。それもあって先輩たちは地下水道の掃除を避けるようになって」
そう言う重要な話は、先に言ってほしいんだが…。だが、今更言っても仕方ない。
「とりあえず、タルテ、構えろよ。ノルンとアニーさんたちは下がっててくれ!俺たちで対応するから!」
後ろを振り向きタルテを強引に前に出しながら、二人に向かって叫ぶ。アニーさんが口元を手で押さえながら何度も頷く。ノルンは…俯いたまま、よくわからない。
「フェ、フェルン、来るよっ!」
タルテの声で前を向くと、紐状の長い触手のようなものが襲いかかってくる。タルテを前方に押しながら、横へと飛び出す。足元の床を鋭い音と共に叩かれる。痛そうだな…。
だが触手は1つだけでなく、どんどん形成されると、何度も襲いかかって来る。それを左右に動きながら避け、隙を見つけては斬りかかる。
「おらっ!」
触手は簡単に斬れ、斬られた先端はバシャ、と汚水になって床に広がる。だが、斬られた触手はすぐに先端が再生し襲いかかってくる。
「フェルンダメだよ!こいつ刺してもすぐ再生しちゃう!」
タルテも槍を構え応戦しているが、結果は同じだったようで、泣き言が飛んできた。
「…本体なら!」
そう思い、触手の猛攻を避けながら近付くと、本体に斬りつける。だが、本体も斬られたところがすぐに回復してしまった。
「スライムは核を破壊しないと…!うっ…」
後からアニーさんが叫ぶ。核はどこかと探すと、ジャイアントスライムの中央やや下にあった。
「ぼ、僕に任せて!」
タルテが盾を構えたままジャイアントスライムに近づき、一気に核目掛けて突き刺す。当たる!と思ったが、タルテの槍が届く前に、核が後ろに移動した。
「ええ!?そんなのあり!!?」
タルテが何度か奥へ届かせようと差し込みが、核は避けるように、どんどん後ろに行ってしまった。
いや違う。ジャイアントスライムの前面が凹んでいる。凹んだ場所には何か塊が生成されているが…まさか。
「タルテ、退がれ!溶解液だ!」
タルテに叫ぶと同時に急いで後ろへ移動する。タルテもこちらの言葉に異変に気付き、急いで離れる。
しかしジャイアントスライムの凹みは深く広い。このままでは相手の攻撃範囲の外には間に合わない…!
ジャイアントスライムの凹みが止まる。もう今にも吐き出されそうだ!
「凍て突き貫く白き閃槍!!」
突如、ノルンの叫び声と共に、巨大な、ジャイアントスライムの半分はありそうな本当に巨大な氷槍が、見事に突き刺さる。
「ノ、ノルン…?」
ノルンを見ると、怒りの形相でジャイアントスライムを睨みつけていた。
「凍て突き貫く白き閃槍!
凍て突き貫く白き閃槍!!
凍て突き貫く白き閃槍…っ!!!」
ノルンが大声で叫ぶように、早口で唱える。いつもとは違うノルンがちょっと怖い…。先程よりは小さいが、複数のアイシクル・ランスがジャイアントスライム目掛けて飛んでいき、ジャイアントスライムに穴を開ける。
そしてそのうちの1つが核にぶつかったのか、ジャイアントスライムが悲痛な声を上げると、バシャン、と大きな音を立てて崩れる。大量の汚水が大きな波を起こし、辺りに強烈な臭いが広がる。
「うえっ!くっさっ…!」
少し手前にいたタルテが叫ぶ。どうやら転んでいたようで、全身にジャイアントスライムの汚水を被ったようだ。溶解液も混ざっていたのか、服が少し溶けている。俺は足元にひっかかった程度で済んだが。
「もう、最悪だよ…」
タルテが立ち上がると、汚水を衣服が吸ったからか、臭いがきつくなる。
「ちょ、タルテ、お前…」
「近づかないで!動かないで!向こうに行って!」
俺が離れて、と言うより先に、ノルンが拒絶の言葉を大声で叫ぶ。
「私たちは先帰るから!ずっと後から来て!絶対に近寄ってこないで!」
それだけ言うとノルンは、もはや限界に近いアニーさんを引っ張って、元来た道を戻っていく。まだ先の道があるんだけどな…。
「ひ、酷くない…?」
タルテが目尻を下げた表情で、こちらを見る。見られても困るんだけどな…。
「…あー。地下水道の掃除は完遂でいいか?」
「え、あ、うん。もうちょっと先はあるけど、このスライムが道を塞いでたみたいだし、ここから先は魔獣もいないと思う」
「そうか…。じゃ、俺も先行くわ。ゆっくり来てくれて構わないから」
とタルテの返事も聞かずに、ノルンたちを追いかける。後ろからタルテが、置いてかないで〜!、と叫んでいるが、気にしないでおく。




