第3話:招かれざる魔獣
トルクと共に村の入り口に向かうと、膝をついた商人と思われる男性を、テノーラさんが横で声をかけていた。
そして男性を挟んだ反対側に、大きな盾を背負った壮年の男性が立っている。自警団団長のグラッツさんだ。
「グラッツさん!」
小走りに近付きながら、グラッツさんに声をかける。
「来たか、二人とも」
「どういう状況なんですか?」
「さあな。俺も今来たところだからな」
言いながら、商人へと顔を向ける。つられてグラッツさんの視線の先に顔を向ける。
商人だけあって服装は整ったものだったと思われるが、転んだのか土汚れが付き、ところどころ服も破れている。全速力で走ってきたのだろう。四つん這いの状態でずっと下を向いており、顔の下の土は汗で湿っている。
ぜーはーぜーはーと、息を吸う音が聞こえており、テノーラさんが持ってきた水を飲むよう勧めている。
「そろそろ落ち着いてきたか。状況を教えてくれるか」
商人が水をもらって飲むのを見届けると、グラッツさんがしゃがみ、商人の顔を覗き込む。
まだ息が上がっているが、顔を上げ、話し始める。
「こ、ここに来る途中、いつも通り、も、森の横の街道を、通ってきたんじゃ。そしたら急に、魔物が現れたんじゃ」
息を切らしながらも、何とか言葉をつなぐ。
「ほ、ほんとに急で、森から、現れたと思ったら、荷台に体当たりしてきて…。おかげでわしは、荷台から落ちてしまって」
「ケガはしてないかい?」
テノーラさんが間で確認する。商人はふるふると首を横に振る。
「す、すり傷ぐらいじゃ。魔物が荷台に、気を取られてたから、わし自身、襲われること、なかったんじゃ」
ひと通り話すと、顔を伏せる。
「魔物の姿は見たか?」
商人は勢いよく首を立てに振る。
「ああ、ああ、見たさ。見た見た。あれはでっかいベアーだ」
「ベアー…。大きいならジャイアントベア、か」
トルクが横でつぶやく。
ベアは普段おとなしい四足の動物だが、ジャイアントベアは更に大型で、気性が荒くなり、空腹時は人を襲うこともある。
「腹を減らしたジャイアントベアが、たまたま通りかかった荷台を襲った、ってところだろうな」
グラッツさんが立ち上がり結論づけるが、商人は急に顔を上げて声を張り上げた。
「そ、そんなもんじゃない!あれは、ジャイアントベアよりも、ずっとでかい!3mはあったはずじゃ!」
「3m!」
その言葉に驚いて、トルクと一緒に叫んでしまった。グラッツさんも顔をこわばらせ、テノーラさんも目を開き、息を呑む。
通常のベアは立ち上がると成人男性くらいの大きさだが、ジャイアントベアは2m近くにもなる。個人差はもちろんあるが、大きくても2mを少し超える程度だ。3mもの大きさなんて、今まで見たことない。
「3mもある個体なんて…本当に…?」
トルクも同じことを思ったのだろう。
「わしとて、あんな大きな個体、見たことない。だが、だからこそ、荷台に気に取られているうちに、死に物狂いで、走ってきたんじゃ」
「ジャイアントベアでは無かったのか?」
グラッツさんが商人に問いかける。
「いや、わからん。じゃが、荷台を漁っとる姿は、ベアそのものじゃった」
テノーラさんの手元から、再度水の入った瓶を受け取り、口の中に水を流し込む。
「どちらにしろ、ここで話してても仕方ない」
グラッツさんがこちらに顔を向ける。
「荷台の様子を見に行くか。おそらくもういないと思われるが、状況を把握するにはいいだろう」
トルクと同時に頷く。
* * *
村を出て森に沿ってしばらく街道を歩くと、荷台が見えてきた。
「荷台だ。このまま向かうが、周囲を警戒しとけ」
グラッツさんに言われ、思わず森を見る。しかしそこは静かに佇む森が広がるだけだ。
警戒しながら荷台に近づくが、動く気配がない。予想通り、既にベアの姿は無かった。
荷台は横に倒れており、荷台の横側はひどくひしゃげている。荷台から落ちた箱はどれも壊され、木片や積み荷があちこちに散乱している。
「ホッセルもいないですね」
周りを見渡すが、それらしき動物はいない。人が跨っての移動や荷台を引くのに重宝する動物だ。それなりに大きいので探せばすぐ見つかるのだが。
「食べられた形跡は無いから、たぶん逃げたんだと思う。荷台の食べ物はないけど…」
トルクの言うとおり、服や本などは散乱しているが、食べ物はほとんど無かった。
「腹を空かしていたのは確かなようだな。あと3mっつうのも」
グラッツさんの方を見ると、顎で視線の先を促された。
その先の地面には、3本の大きな線が走っていた。
「爪痕…!」
「ああ。大きめの個体でも、ここまででかい爪痕は見たことない。となると、それよりもでかい個体…3mくらいっつうのも理解できる」
頭を書きながら、ため息をつく。
「どうやら大仕事になりそうだな」
「グラッツさんは3mの個体を見たことあるんですか?」
グラッツさんは王国の兵士として活躍していたことがあり、とある理由で数年前に辞め、この村で暮らしている。
王国の兵士であれば魔獣討伐の経験もあるから、この辺り以外の地域の情報でもあれば、と思い尋ねた。
グラッツさんは顎に手を当て、宙に視線を巡らす。
「魔獣って意味なら、見たことあるし、何度も戦ったな。だが、3mのジャイアントベアってなると、ない。ただ…」
しゃがみ込み、地面の爪をなぞる。
「俺の知る限り、ベアは順応性が高い。それ故に地域よっては独自の進化をしているんだ。だからこそではあるが、他の地域から来たのであれば、一概にいない、とは言えんな」
爪をなぞりながら大きさを確認したり、土を取り匂いを確認している。
ひと通りの確認をすると立ち上がり、こちらに向き直る。
「どちらにしろ、これ以上の被害が出る前に討伐だ」
「俺も行きます!」
「僕も!」
自分の返答に続き、トルクも返す。それを見て、グラッツさんは頷く。
「もとより、そのつもりだ」
グラッツさんが森の方を向く。
「ただし危険と判断した場合、何においても生き延びることを優先しろ。必要ならば逃げてもいい。俺がなんとかする」
「グラッツさんを置いては…」
言いかけた言葉を、グラッツさんが遮る
「ちげえよ。ただの時間稼ぎだ。お前たちが逃げるのを確認できたら、俺も逃げるさ」
こちらに顔を向けると、こちらが心配そうな顔をしていたのだろう。安心させるかのように笑う。
「心配するな。これでも王国時代には分隊長で身体を張った身だ。大層なの魔獣でも、遅れなんぞとらねーよ」
「わかりました。その時は全力で離れますね」
「おう、そうしてくれ。でないと俺が逃げられないからな」
冗談混じりに話しながら、森に向き直る。それにならい、二人も森に向き直る。
「よし、行くぞ!」
グラッツさんの声に続き、静かな森に足を踏み入れた。




