第2話:英雄のお使い
扉を開けると、小気味よい鈴の音が歓迎の音を鳴らした。
「あら、いらっしゃい、フェルン」
「こんにちは、テノーラさん」
カウンターに視線を動かすと、髪を後ろでまとめた長身の女性が、キリッとした顔立ちに、笑みを浮かべてくれていた。
村に唯一ある雑貨店だが、本当に雑貨を扱っており、食べ物・飲み物はもちろんのこと、日用品や大型の家具なんかも売っている。
更に驚くことに武器や防具まで扱っているのだから、自警団に所属する者は、必ずこの店で一式を揃えることになる。
ここまでの品揃えは他の村では滅多にない、と以前外から来た商人に教えてもらったのだが、どれもこれもテノーラさんが昔培った人脈を駆使し、あらゆるところから仕入れているものらしい。
「それで今日はどうしたんだい?」
カウンターに頬杖をついて、きれいな顔立ちで微笑んだ顔を向ける。不意にもその仕草にドキッとする。
昔から全然変わらないけど、もう年齢は母親と同じくらいなんだよな…。
「…あんた今失礼なこと考えたでしょ?」
さっきまでの笑みを一瞬で引っ込め、目を細めてきた。
「いやいや、そんなことないから!」
慌てて両手を振って否定する。
なんでこんなにも勘が鋭いのだろうか…
「今日は買い物だよ。父さんに酒を頼まれてね」
軽い咳払いで気を取り直し、カウンターに近づくと、右手を開いて小銭を置く。それを見たテノーラさんはニヤニヤした顔を見せる。
ころころとよく顔が変わるものだ。
「なんだいなんだい、英雄様のお使いだったのかい」
「うっさいですよ」
当然だが、村唯一のお店と言うことは、調達と言う名の買い物はここでするしかなく、子供の頃から飽きるほど通い詰めている。
子供の頃は堂々と「英雄になるため」と言い続けたことも、もちろん知っている。
過去に戻れるなら、他人に話さないように!、とキツく言っただろうに。
テノーラさんは何がおかしいのか、ずっと笑いながら、カウンター後ろの棚からお酒を取り出す。
「笑いすぎじゃない?」
「あはは、ごめんごめん」
笑いながらお酒をカウンターに置くと、代わりに小銭を掴む。
「でも英雄になるため、自警団に入って少しでも近づこうとしているのは、立派だね」
「まったく英雄っぽさは無いけどね」
「そんなことないでしょ」
小銭の勘定を済ませると、お釣りを差し出す。
「誰かの依頼をこなしたり、自警団として村を守ることは、ささいなことかもだけど、平和を守る立派な英雄だよ」
テノーラさんの下に手を広げ、お釣りを受け取る。
「平和の大きさは問題じゃないよ」
ニコッときれいな顔立ちに笑みを浮かべる。少し恥ずかしい気持ちになってくる。
「…良いように使われている気もするけど」
「まあ、それも否定しない」
お互いに笑いあうのにあわせて、歓迎の鈴の音が後ろから響いた。
「こんにちは〜」
「あら、トルクちゃん。いらっしゃい」
扉を押して現れたのは、小柄な身体付きの男で、幼馴染みのトルクだった。
「いやテノーラさん、もうちゃん付け止めてよ…」
「いつになっても、私からしたら変わらないよ。頼んでた魔導石よね?ちょっと待ってて」
トルクの言葉に気にすることもなく、カウンターの奥に消えていく。
「お疲れさん、トルク。見廻り帰りか?」
カウンターに近づくトルクは、軽装ながらも防具を装着していた。
「ありがとう。うん、さっき交代して来たところ。頼んだ魔導石が届いたって聞いたから、取りに来たんだ」
魔導石はその石に蓄積されたエネルギーを消費することで、一時的にその力を使うことができる特殊な石だ。
「戦闘用?そんなに使ったのか?」
料理に使う火や照らす光など、日常生活で使うものが主だが、魔獣退治などのため、攻撃用のもある。ただし石に蓄積されたエネルギーは多くなく、数回使ったあとは砕けてしまうが。
「そんなには使ってないよ。時々使ってたくらいだけど、だいぶ前に買ったきりだから、流石に少なくなってきたってところ。フェルンは買い物?」
カウンターに目を向け、置いてある酒を見ると、テノーラさんと同じくニヤニヤし始めた。
「あ、英雄様のお使いね」
「お前もかよ」
幼い頃から一緒なだけあり、当然トルクも子供の頃の話は知っている。むしろ積極的に誘って、勝手に仲間として調達(買い物)や冒険に付き合わせたものだ。
もちろん、一緒に修行と言いながら木刀も振った仲で、今では同じ自警団に所属するまでになった。
「それより、今日の見廻りはどうだった?」
恥ずかしい話を続けられても困るので、父さんのこともあり、気になることを聞いてみた。
「今日? 特には何も。あ、でも動物たちををよく見かけたかな」
「何か特別な動物でもいたのか?」
トルクが手を顎に添えながら、宙を見る。
「いや、そうじゃないよ。ただ僕は村の周りを見てたんだけど、やたらと動物を見かけたな、と思って。森の中ならともかく、森の外だとあまり見ないから、不思議に思って」
森と違い、人の多い村周辺では、人にビビって動物が近づくことはあまりない。稀に餌を求めて近くに来ることもあるが、年中温暖な気候でもあるので、森で餌不足になることもまずなく、天候が長く崩れたときくらいだ。
「気になるな…。父さんも今日は森が騷しいって言ってたんだ」
「シュタイナーさんが? そっか、森に詳しいシュタイナーさんが言うなら、何かあるのかもね」
森で何かが起きていることは明らかだ。誰かに危険が及ぶ前に確認はしておきたいな。
「そうだな。ちょっと森に行ってみるか?」
「え、今から? さすがにもうすぐ日が暮れるから危ないよ」
「そうよ」
いつの間にか戻ってきたテノーラさんが、持っていた袋をカウンターに置く。ドサッと音がするあたり、それなりに量がありそうだ。
「あなた達も、夜の森が危険なのはわかるでしょ。自警団だって夜は入らないじゃない」
横でトルクが何度も頷く。
「確認するにしても、準備を整えて明日にしなさいよ。明日ならトルクもいるんだし」
頷いていたトルクも、最後の言葉には驚き、テノーラさんに振り向く。
確かに夜は魔物も活発化して危険だ。それに明日はトルクも見廻り当番だから、一緒に行ける。
「そうだな。一応、自警団のみんなには伝えておくか」
「トルクも魔導石が入ったから、戦力バッチリよ!」
テノーラさんの渾身のウインクだが、トルクは逆らえない雰囲気を感じたのか、がっくりと項垂れていた…。
翌朝ー
自警団の見廻りに向かうため朝食をとっていると、切羽詰まったような足音が外から聞こえ、すぐに玄関の扉が力強く叩かれた。
「フェルン!大変だよ!」
母さんが扉を開けると、よほど焦っていたのだろう、肩で息をしたトルクが立っていた。玄関に近づき、トルクに声をかける。
「どうしたんだよ、トルク」
トルクは息を整えてから、話しだした。
「テ、テノーラさんとこに荷物を持ってきた商人さんが、街道で魔物に襲われたんだ!」




