第1話:幼い夢を諦めた日々
子どもの頃から、英雄になることを夢見ていた。
幼いころに見た、よくある絵本の英雄譚がきっかけだ。
その本は、ある日父親が子供向けの絵本として、王都から買ってきたものだ。きっと幼い息子へのささやかなプレゼントとして買ってきたのだと思う。
その息子である俺は、父親の思惑通り、その絵本にどハマリ。
最初は字が読めなかったから、母親や父親に何度も読んでもらい、自分で字が読める頃には、むしろ読まなくてもストーリーを覚えていたくらいだ。
それでも読むのを止めなかったけど。
絵本の内容はありきたりな英雄譚。
主人公のヒーローが、世界のみんなをイジメる魔王をやっつけに行くお話だ。
旅の途中で仲間と出会い、森や平原を旅し、船で海を渡り、山を超え、仲間たちを信じて、協力しあい、ついには魔王をやっつける。
そして、世界はまた元の平和に戻りました、とさ。
そんな内容にいつしか憧れを抱き、自分も旅をし、仲間と冒険し、いつか悪い何かをやっつけて、世界を平和にするんだ、と。
そう信じ、子どもの頃から、小さいなりに木刀を振り、大きくなれば自警団に自主的に参加。
そしていつかは村を出て魔王に匹敵する何かを倒すことを夢見て…
かれこれ18年のときが流れた。
大きくなるにつれ、悪い魔王がいないことに気付かされる。村はいつも通り平和で、たまに村人同士のいざこざがあるくらい。
いざこざですら、翌日には何も無かったかのようになり、世界のみんなをイジメる魔王なんてものは現れやしない。
そして今日も悪い魔王が出ることもなく、青い空が広がり、眩しい太陽がこれでもか、というくらいに光を注いでくる。
太陽の光をもらった草は、何にも負けることはなく、大地から凛とした姿を見せてくれる。
そしてその草を、半ばやけくそ気味にむしる俺。
「ちょっと、フェルン!そんな草むしりの仕方したら、土に根っこが残るでしょ!」
大きいツバのついた帽子を被り、たまたまだろう、草をむしるところを見ていた母さんが、口を挟む。
「どうせ根っこがあっても無くても、こんな草は生えてくるだろ」
と言いつつ、今度はしっかり根から取る。
「というか、なんで自分が休みの日に、草むしりをするんだよ」
3つ目の草も根を残さず、しかし勢いはつけて引っこ抜く。
「別にあんたの休みを狙ったわけじゃないよ。たまたまだよ」
母さんは、草の下にスコップを入れ、土ごとキレイにとる。そうして草の根に付いた土を取り、土だけもとに戻す。
うん。慣れた匠の技だ。素早い。
「それにどうせ寝ているだけだろう?英雄たるもの、人々の依頼を聞いて解決するのも仕事だろ」
「いや、それは便利屋でしょ…」
「似たようなもんでしょ、休日は。はい、手を動かすんだよ、英雄さん」
英雄だって休日はゆっくりするでしょ、と思いつつ、つい止めていた手を動かす。
今となっては恥ずかしい思い出だ。子どものころに「英雄になる!」と周りに言い続けた結果、何かと「英雄」へのお仕事、と両親からあれこれ依頼されるようになった。
「英雄」という言葉に惹かれていた幼い俺にとっては、これもなるために必要!、と何でも手伝いをしてきた。
作業依頼(皿洗いや掃除、洗濯などの家事)に魔物退治(虫やネズミ)、調達依頼(買い物)や修行(父親の訓練相手)などなど。
実際は体のいい、お手伝いだったけど…。
ただ両親も妙に真面目なところがあり、依頼と言っている以上、報酬は必ずくれる。お金のときもあれば、何かしらの物をくれたり。
今日はお隣さんからもらった果物が報酬だ。そんなもの、と思ったかもしれないが、果実を育てているお隣さんの果物は、絶品だからな。
まあ、そんなふうに報酬も貰えるから、大きくなっても依頼を受けているのだが…。
さほど大きくもなく、ましてや2人でやれば、1時間も経つと、庭は緑から土色に変わってしまった。
「お疲れさん。じゃあ美味しい果物を切るかね」
心の中でやった!と思いつつ、家の表に向かう母さんの後をついていく。
「おや、おかえり」
家の角を曲がったところで、玄関の前に壮年の男性が立っていた。
「父さん、おかえり」
「ああ、ただいま」
右手には持っていた片手斧を壁に立てかけ、首にかけたタオルで顔を拭う。
「今日はずいぶんと早いわね」
確かに、いつもなら日が暮れ始めまで帰ってこず、酷いときは真っ暗になってから帰ってくる。
「ああ。今日はなんだか森の動物が騒がしくてね」
母さんが玄関を開けると、父さんに先を促す。
「遅くなって魔物が出てきても大変だから、早めに切り上げたんだ」
開けた扉へ順に入って行く。
「まあ、珍しいことでも無いんだが、用心に越したことはないな」
部屋に入りリビングの椅子に腰掛けると、ちょいちょい、父さんに手招きをされる。
…これはいつもの依頼をされるな。
「はい。英雄への前払い依頼。お酒を買ってきてください」
どこから出したのか、右手で小銭をつまみ、差し出す。
「…英雄様は庭の草むしりを終えて、これから報酬をもらうとこなんだが」
面倒だな、という思いを隠すどころか表現するように、あからさまなしかめっ面になるよう、顔に力を入れるが、当の父さんは気にもせず。
「まあまあ。母親殿も報酬の準備に時間かかるだろうから。その間にちょいっと行ってきてくれたらいいんだ」
ほい、と再度右手を上げて、報酬と言う名のお金を見せつける。
と言うか、報酬じゃなくて酒代だろ、それは。
母さんを見るが、目が合うとただ肩をすぼめるだけ。確かに母さんが持つ果物は、キレイな形を留めているので、準備に時間もかかるだろう。
はあ、とため息を付きつつ、父さんから差し出されたお金を、ひったくるかの様に受け取る。見ててもどうせこの父さんは折れないだろう。
「買ってきたら、成果報酬を上乗せするからね」
右手で返事をする父さんから視線を外し、また玄関に向かった。
「英雄」とはなんなんだろうね…




