第34話:王都への潜入
イージスさんを先頭に、ノルンのルミナス・ランタンに照らされた道を、ゆっくりと歩いて進む。
「王都への潜入をお願い」
そうアニーさんから言われたのが数日前。目的のため、イージスさん、アニーさん、ノルン、そして俺の4人で王都に向かうことになった。
「モヤンド炭鉱にこんな通路があったんですね」
ノルンが壁を見ながら呟く。壁は土壁だがしっかりとした作りだ。入り口は固い扉で閉じられていたからか、魔獣たちに荒らされることはなく、整然とした通り道となっていた。ただ少し湿り気があるためか、カビ臭い…。
「昔の避難用通路で作られたものみたいよ。王都に何かあれば山の向こう側へ抜けられるように。その避難するほどのことが無かったから、今まで使われなかったようだけど」
「王都から逃げるときに使わなかったのですか?」
「いつ作られたかもわからない古い通路だから、誰もどこにあるか知らなかったそうよ。いえ、お父様なら知っていたのかもしれないけど…」
アニーさんが口を噤む。教えてもらう前に…と言うことなんだろう。
「デュバルが、古い文献からモヤンド炭鉱にあることを突き止めたんだ。もしあるなら、今回の作戦の役に立つかもしれないから、バルカスの件とあわせて調査していたのさ」
イージスさんが割って入る。それでモヤンド炭鉱に入ったときに、デュバルさんたちは別行動をしていたのか。納得。
「…どうやらここが出口のようだな」
目の前にルミナス・ランタンに照らされ、重厚な鉄の扉が現れる。入り口と同じ扉だ。
「念の為、俺が扉を開けて先に中に入る。フェルン」
「は、はい!」
扉を挟んで、イージスさんの反対側に立つ。イージスさんが剣を抜くのを見て、同じように剣を鞘から抜く。イージスさんと目配せして頷き合う。ノルンもこちらの意図を組んでくれたのか、ルミナス・ランタンの灯りを消す。暗く見えるものはないが、ゆっくりと扉が開く気配を感じる。
ゆっくりとはいえ、扉を開けるのに合わせて、きぃ、と音がなる。ただ音に反応する気配はなさそうだ。
開いた扉の先は小部屋だろうか。部屋の隅がぼんやりと明るく、どうやら上に向かう階段があるようだ。
イージスさんが音も立てず階段に近づくと、耳を澄ます。そして上を警戒しつつ、ゆっくりと階段を上がっていく。しばらくは姿が見えなかったが、イージスさんが音を立てながら、階段を降りてきた。
「大丈夫だ」
階段から顔を覗かせたイージスさんの姿を見て、胸をなでおろす。アニーさんも安心したのか、張り詰めていた空気が緩んだ。
真っ暗な小部屋を抜け、アニーさんたちと共に階段を上がる。上の階も地下の小部屋同様の大きさしかないが、簡易なベッドと机、そして木材で封鎖された窓と、開け放たれた扉が見える。
「簡易的な寝泊まり所だったようだ。使われた形跡はないようだが」
イージスさんが机の上を指でなぞり、溜まった埃を見る。
「もう王都なんでしょうか…?」
ノルンが呟く。その言葉にアニーさんも不安げな表情をしているが、イージスさんが空いた扉へと促す。
「…無事に王都についたのですね」
アニーさんが胸をなでおろす。開け放たれた扉の先には、木々が乱立してはいるが、その隙間からは曇天の空と、高く白い壁に囲まれた城が見える。
みんなで建物の外に出ると、ポツポツと雨が降っているようだ。周囲の葉が湿っている。
「どうやらここは城の東側のようだ。避難経路なだけあって、城には近いな」
小屋の前は、誰も手入れをしていないのか、木や草が無作為に生えていた。手入れ不足なのか、意図的かはわからないが、結果的に小屋の扉を隠すのに一役買っていたようだ。
「それでは、俺はこれから内通者と接触してきます。アニーたちは通路の状態も確認できたので、オアシスに戻りますか?」
「いえ、少し王都を回ろうと思います。作戦当日のことを考えると、道を覚えておく必要もあると思いますから」
アニーさんの言葉に、イージスさんが固まる。想定していなかった返答だったようだ。
「大丈夫よ。フェルンさんたちもいるし。それに当日の侵入経路も確認必要でしょ」
アニーさんに正論を言われ、イージスさんはこめかみに人差し指をあてる。
「……くれぐれも注意してください。12年前とはいえ、あなたのことを知っている方もいるでしょうから」
「大丈夫よ、外套もあるし。雨が降っているから、被っていても目立つことはないでしょ」
それでも苦い顔をイージスさんはしていたが、こちらに視線を向ける。
「フェルン、ノルンさん、アニーを頼むぞ。変なところに行くようなら、無理にでも止めて構わないから」
「…わ、わかりました」
ノルンの頷く様子を見つつ、イージスさんには自信のある声で答える。そんな無茶しないわよ、とアニーさんの声が聞こえるが、正直、無茶をされて、止められる自信はない…。
* * *
「…この通りも廃れてしまったのね」
イージスさんと別れ街を歩いていると、通りへと辿り着く。アニーさんには見覚えがあるのか、懐かしむように目を細めていた。
その通りは幅が広いわけではないが、通りに面した家屋にはお店がいくつも並んでいる。いや、並んでいたが正しいだろう。ほとんどのお店は営業をしておらず、窓ガラスが割れたり、入り口の扉が傾いていたりする。
開いているお店も、営業中の看板が立っているからわかるくらいで、店先に誰かが立っているわけでもない。
そして通りの隅には、座り込んだ人たちがいる。路面が雨で濡れ始めてはいるが、気にすることもなく、ただぼーっと座っているだけのようだ。
「これが王都の現状…」
目の前の光景が信じられない。重税や出都税の話は聞いていたので、オルドレアン程ではないにしろ、活気のある街を想像していた。
「ええ、そうよ。王都には貴族や富裕層がいるけれど、一般層と言われる、ある程度の生活ができる人々がもっとも多いわ。だけど今ではどれだけの人がいるのでしょうね…」
アニーさんが歩き始める。通りではなく、横道へと入る。追いかけるようにして、ノルンと共に続く。
「12年前はどの通りも活気に溢れていたわ。12年は決して短くは無いけれど、ここまで変わってしまうものなのね」
そう話すアニーさんの顔は、曇天の空のように、暗い表情をしていた。
程なくして、大通りへと出る。そこは先程とは打って変わり、賑わいを見せていた。雨が降っているにも関わらず、多くの人たちが行き交っている。
「城前通りね。…ここは昔と変わらないわね」
アニーさんが周囲を見渡しながら呟く。先程と同様に思い浮かぶものがあるのだろう。
大通りには多くの種類の店があり、店員と思われる人が、声をあげて呼び込みをしている。多少の雨など気にならないようだ。ただし、歩いている方は身なりが良く、恰幅の良い人ばかりだ。雨を防ぐためか、傘をさしているものが多い。
「さっきとは全然違いますね。同じ街だとは思えません」
「ああ。こうも違うものなのか」
先の通りからはそう遠くない位置にあるにも関わらず、オルドレアンに負けない活気が、この大通りには溢れていた。
「これが、王都が抱えている闇よ」
アニーさんの言葉に、フラーシさんの言葉を思い出す。彼に深入りするな、と言われたことが、今ならわかる。この状況を知ってしまったら、見ないふりをすることは、できなかっただろう。
「さて、大通りにも出たので、目的の場所にでも向かいましょうか」
先程までの暗い話を吹き飛ばすかのように、明るい声でアニーさんが両手をあわせてパチンと鳴らす。
「目的の場所?」
ノルンがその言葉に反応するが、どこかわからないのか、こちらを見る。悪いけれど、俺も目的地を聞いた覚えなどない。
「そ。情報を得たいなら、行く場所は一つしかないわ」
アニーさんがいたずらな表情を見せる。ちょっと、いやかなり嫌な予感がする…。
「酒場よ。さ、か、ば」




