第33話:重なる陰影
間合いを一気に詰めると左足を踏み込み、振り上げた剣を振り下ろす。こちらの予想通りイージスさんは簡単に受け流すが、体勢を崩すことなく、次の攻撃へと繋げる。
ことごとく受け流されて焦るが、気合と共に踏み込んで横に薙いだ攻撃は受け流されず、イージスさんが受け止める。イージスさんの目が大きく見開かれ、なんだろう?と思った矢先、剣を引かれて片膝立ちに崩れる。そして肩を軽く剣で叩かれた。
「…一旦休憩を入れるか。木陰に移動しよう」
「…っ、は、はい」
立ち上がると、重くなった身体を引きずりながらイージスさんの後ろを歩く。なんとか近くの木陰に入ると、そのまま地面に倒れ込む。灼熱の太陽に照らされた砂と違い、木陰の砂はひんやりしており、顔に砂がつくのすら、気にならないほど気持ちいい。
「…動きは良くなったが、体力は課題だな」
上からイージスさんの声が届くが、身体が重く首を上げるどころか、言葉を返すことすら辛い。
モヤンド炭鉱での一件から1ヶ月が経過した。王都へのクーデターと言う衝撃の告白があったものの、まだ課題は多く、また新たな問題も発生しているため、今は誰もがその解決のために動いている。俺もオアシスでできることを手伝いながらも、合間を見て、イージスさんに剣の稽古をしてもらっている。
「…この、炎天下だと、体力なんて、関係、ないんじゃ」
話せるくらいには回復した体力で返答する。若干、砂が口の中に入った。
「だから休憩を多めにしているだろう。それにトライクが付き合ったときよりはマシだろう?」
そう言われ、稽古が始まったばかりの頃に、ふらっと来たトライクさんのことを思い出す。
俺からお願いをされたことを、トライクさんなりには気なっていたらしく、何度か様子を見に来ていた。その流れで何度か稽古を受けたが、その度にこの人は天才であることを痛感した。
トライクさんは感覚的なのか、模擬戦闘をしながら指導することになったが、打ち合いの中で、ここ!とか、今だよ!と、いきなり言われるため、何がその瞬間なのか、どう動けばいいのか全くわからなかった…。
逆にトライクさんは、わからないことがわからなかったようで、わかるまで打ち合いをさせられることに。が、当然の如く、トライクさんに滅多打ちにされただけだったが。
対してイージスさんの教え方はとてもわかりやすい。俺のダメなところが明確にわかっているようで、身体の使い方や、足の運びなど、的確に動きの説明をしてくれることもあり、理解がしやすい。
「あいつに依頼したのが間違いだったことはわかっただろう。アニーに感謝するんだな」
確かにアニーさんの機転が無ければ、滅多打ちばかりの日々だったかもしれない。
「イージスさんは、トライクさんの動きを、理解できているんですか?」
イージスさんはうーん…と唸りながら、少し考えるように視線を上へと向ける。
「…ある程度は、な。どう、と説明をするのは難しいが、次やりたいことが、なんとなくわかるんだ」
「凄いですね。俺にはトライクさんの動きは全くわからなかったです」
ゴブリンの群れとの戦いを思い出す。彼の動きは洗練された動きではあるが、魔導石や奪った武器など臨機応変な動きも行われていた。しかもそれすらも洗練された動きに組み込まれ、相手する側から見たら、何されるかわからなかっただろう。
そしてそのトライクさんの動きを予測し、戦闘に介入できるイージスさんもまた凄いと感じる。
「俺は付き合いが長いからな。デュバルもハスターも、あいつの動きはわからん、と言う。無理もない」
「そんなに長いんですか?」
「ああ。俺の父親は元騎士団長でな、トライクや王女のアニーとは幼い頃から交流があったんだ。いわゆる、幼馴染みってやつだな」
「ええっ!イージスさんは騎士団長の息子だったんですか!?」
イージスさんの言葉に思わず声が大きくなる。
「…そう言えばきちんと言ってなかったな。ちなみにトライクはルシウスさん、元宰相の息子だ。アニーが城から逃げる時に俺とトライクも一緒だったのさ」
そう言えば、トライクさんがモヤンド炭鉱に来た時、父さんと呼んでいた気も。ただそうなると、トライクさんの天才的な格闘能力は、ルシウスさん譲りなのか…?
「俺とあいつは家族ぐるみの付き合いだからな、アニー以上にあいつとはよく一緒にいたさ。子どもの頃は、ケンカしても勝つことがあったんだけどな」
イージスさんが遠くの景色を見ているのか、目を細める。いや、きっと昔のことを思い浮かべているのだろう。
「俺からも1つ聞かせてくれ。彼…モヤンド炭鉱で会ったあの黒ケープの男は何者なんだ?」
「あいつですか?俺もオルドレアンで会っただけなので、よくわからないんです。ただオルドレアンで会ったときは、あんなにキレのある動きはしていなかったですね」
「…君の知り合い、親戚とかでもないのか?」
「え、全く知らないですよ。あ、もしかしたら両親の、と言われるとわからないですが、少なくとも会ったことはないです」
俺からの返答にイージスさんは、そうか、と呟き俯く。
「何か気になることでも…?」
こちらの問いにイージスさんは黙っていたが、少ししてこちらを向く。その顔は真剣だった。
「君は、俺と彼の立ち会いを見ていて、何か感じたか?」
「え…っと、そうですね…」
あの時感じたことを言おうか言わまいか迷う。が、イージスさんが真剣な顔で聞いてくるならば、きちんと答えた方が良いだろう。
「こんなこと言うと変かもですが、あいつはイージスさんとの立ち会いが、とても楽しそうに感じました。あ、あくまで俺の推測ですけど」
その言葉にイージスさんが目を見開く。そしてフッと吹き出すと、笑顔を見せる。
「やっぱり君は彼の親戚じゃないのか?」
「い、いえ、違いますよ!」
イージスさんは、はは、と笑うと前を向く。
「まあそれは冗談だ。だが君の推測は当たっている。彼は俺との戦い中、ずっと楽しそうだった。口元は布で覆われていてはっきりしなかったが、おそらく笑っていただろうな。…それと同時に彼の目は悲しそうでもあったが。それと、」
言葉を区切ると、再度こちらを向く。
「君から彼を感じたよ」
イージスさんの言葉に、え、と思わず声が出た。俺からあいつを?
「何が、と言われるとわからないが、ここ何日か君と立ち会いをしていると、時折、君の気迫に彼が重なるんだ。だからこそ、俺は君の親戚ではないか、と思ったんだ。…彼は何者なんだ?」
俺に似ている、と言われても、思い当たることはなかった。いや1点だけあるとするなら、オルドレアンで彼がフレイム・バレットを剣で打ち返したことだ。
大型のベアを倒すときに咄嗟に出た技だが、そもそもフレイム・バレットを剣で返せると思っていなかった。だが、あの時の彼はそれを知っていた…?
穏やかな風が二人の間を通り抜け、さーっと周囲の砂を運ぶ。イージスさんの問いに、黙っていることしかできなかった。
「…風が出てきたな。これは今日も荒れるか…?」
と、イージスさんが周囲を見ながら立ち上がる。確かに穏やかな風は少しずつ強まり、風に乗る砂が肌に当たる。
モヤンド炭鉱から戻ってきてから、天候が崩れることが多い。瞬間的な雨や砂嵐など、晴れていても激変することが、ここ何日かでもよく起きていた。
「この辺りは、よく天候は荒れるんですか?」
先程の問いには答えず、話題を変える。
「いや、10年以上この辺りに住んでいるが、こんなに天候が崩れるのは初めてだ。…このままだと計画にも支障が出そうだな」
新たに発生した問題の1つがこの天候だ。荷物の運搬にも影響しており、必要な物資が届いていない状況だ。
「天候だからどうしようもできないが…じれったい思いだな」
イージスさんは残念そうな顔をすると、ため息を吐く。
「今日はここまでにしよう。アニーから君に重大な任務を依頼したい、と言伝ももらっているからな。早めに戻ろうか」
重大な任務…?なんだろうか?
イージスさんはそれだけ言うと、オアシスの方に向かって歩き出す。その姿に、もう疲労困憊なんだけど歩くのか、と思ってしまった。




