第31話:坑道の奥に眠るもの
「迷いを照らす道標」
ノルンが魔導石を1つ持ち魔力を込めると、魔導石から淡い光が浮かび上がる。坑道全体を照らすには充分な光、とまでは言えないが、進む先を照らす程度には充分だ。
坑道には、アニーさん、イージスさん、トライクさん、ルシウスさん、そしてノルンと俺の6人で進むことになった。デュバルさんたちは、別の捜し物があるようで、坑道の別のところを捜索している。
と、不意に坑道の奥から強烈な臭いが襲ってきた。
「なんだ、この臭いは…!」
思わず鼻を指で摘む。みんなも耐えきれず、同じように鼻を摘んだり、覆ったりしている。
「腐敗臭…。どうやらこの先は、覚悟を持って進んだ方が良いですね」
ルシウスさんが片手で鼻を覆いながらみんなに視線を向ける。俺たちは頷きあうと、再び歩き始めた。
しばらくすると、坑道の先が明るくなっているのが見えた。強まる腐敗臭に警戒はしつつ、慎重に進む。そして明るく、広くなった広場のような場所に到着し…そして広場の凄惨な光景に目を覆いたくなった。
広場には多くのゴブリンの死骸が横たわっていた。ただし原型をとどめているものはなく、四肢のどこかが無くなっている。また長い時間放置されていたのだろう。残っている肉は爛れ、腐り、強烈な臭いを放っていた。
「……うっ!」
隣に立っていたノルンが急に屈み込む。俺も屈むとノルンの背中を擦る。こんな光景を見たら無理もない。俺も吐き出したくなる気分を、手で口や鼻を覆うことで、無理矢理抑え込んでいる。
「…どうやら共食いが起きたようだな」
イージスさんが近くにあったゴブリンの死骸を見ながら呟く。何ともないんだろうか?
「共食いだけじゃないよ。ここに…落とされた人もいるみたいだ」
トライクさんも近くにあった死骸に近づく。ただしその死骸は破れてズタズタになってはいるが、明らかに衣服だった。
「ここが、彼らが言っていた場所なのね」
アニーさんが見上げるため、追うように俺も上を見る。上空は広場に合わせて丸く吹き抜けになっていた。ここだけ明るかったのは、天井がなく、外の光が差し込んでいたからだ。
その見上げた脇に、広場に向かって何かが伸びていた。バルカスが人々を突き落としていた高台なんだろう。
「バルカスが落とす人々を狙って、ゴブリンたちはここに集まっていたのでしょうね。となると、その先がゴブリンの巣のようですね」
ルシウスさんが広場の一角を、厳しい顔で睨みつける。そこには、崩落したように空間がポッカリと空いており、イージスさんとトライクさんが剣を抜き、ゆっくりと穴に近寄る。俺もノルンをアニーさんに預けると、入り口の方に向かう。
穴の両脇にイージスさんとトライクさんが壁に背中を預け、中の様子を伺うが、様子がわかったのか、スタスタと中に入っていった。
二人を追いかけて、ルシウスさんとともに中に入る。穴の先も想像以上に大きな空間だった。そしてその一角で二人が大型のゴブリンを見下ろしていた。
「マザーだ。もう、長くはなさそうだが」
ヒューヒューと、か細い音が聞こえる。マザーの呼吸音だろう。かろうじて聞こえるその音からも、瀕死であることがわかる。
「もう、大丈夫だよ。安らかに眠って」
トライクさんは持っていた剣を静かに振り上げる。その顔は慈悲のように穏やかで、しかし迷いなくその刃を振り下ろす。
「ここまでの大群を作り上げたものの、共食いをするほど、飢餓で苦しんだのでしょう。先に出て来たゴブリンたちは、食料調達のため、進軍をしたのでしょうね」
ルシウスさんがもう息をしていないゴブリンマザーを見下ろしながら、呟く。ルシウスさんの推測が本当なら、ゴブリンとはいえ、悲しい気持ちになる。
「終わったのね」
声のする方を振り向くと、アニーさんがノルンを連れ立って入り口に立っていた。だいぶノルンの顔色は良くなっていたが、その歩く姿からまだ本調子ではないようだ。
「それにしてもここは明るいわね。どこかに光でもあるのかしら」
そう言われて、確かに部屋が明るいのに気付く。広場が明るかったため、違和感を覚えなかったが、よくよく考えればここは坑道の奥だ。
「こちら側から光が漏れているな。外か?」
イージスさんが岩の間から光が差し込んでいるのを見つける。確かに壁の隙間からいくつもの光が入り込んでいた。
「念の為、向こう側を確認してみましょうか」
と、ルシウスさんが言うものの、掘る道具も無いため、その場にいた全員が頭をひねる。
「あ、これを使ってみようか」
と、トライクさんが手のひらに持つ白い魔導石を見せる。エア・ボムだ。
「元々は、鉱山での採掘想定用らしいから、きっといけると思う。みんなちょっと離れてて」
魔導石をグッと握りこみ、みんなが壁から離れたことを確認すると、壁に向かって放り投げる。
「膨れ爆ぜる清冽な衝撃」
トライクさんが発する言葉に合わせて、魔導石を中心に空間が爆ぜる。威力は抑えていたと思うが、思った以上の爆音に思わず耳を抑え、爆風に顔を背ける。
ただ爆発には充分で、土埃が消えると光の差し込んでいた壁が崩れ、更に大きな光が部屋全体を覆った。
「これは…!」
「凄い…!」
目が光に慣れ、壁の向こう側が見えるようになると、その場にいた誰もが、その光景に圧倒された。
壁をくぐり抜けた先は、また別の空間が広がっていた。しかし、日の光が差す広場とは、比べ物にならないほどの光が、その空間を満たしていた。光源は壁から突き出している大量の鉱石だ。
だがそれ以上に、その存在を主張するかの如く、空間の中央には巨大な建造物が異様な存在感を放っていた。自然にはとても似つかない、光沢を放つ人工物。――旧時代の遺物だ。
「これがあなたたちが探していたもの?」
「そうです。こんなところにあるとは思っていなかったですけど…」
アニーさんの問いにノルンが旧時代の遺物を見上げながら答える。
「そう…」
しかしその答えにアニーさんは黙り込む。何かを考えているようで、顎に手をあてている。
「ここにも植える?」
ノルンに向けて言うと、コクンと頷く。そして小さい鞄から種を1粒取り出すと、ルシウスさんが興味を惹かれたのか、ノルンに尋ねる。
「それは?」
「種です。これをこの遺物の近くに植えているんです」
「種…ですか。少し見せてもらっても?」
ノルンから種を受け取ると、ルシウスさんは種を色んな方向から見たり、匂いを嗅いでいる。
「なかなか変わった形をした種ですね。それに…種にしては少々サビ臭い匂いですね」
「知っている種ですか?」
「いえ、初めて見る種ですね。ただ、ここまで真円の種があると言うのも、聞いたことないですね。まるで人工物のようだ」
見ていた種をノルンに返す。人工物、という言葉に、ノルンが少しムッとした顔をしたが、そうですか、と呟くだけで、旧時代の遺物の近くの土を掘り始めた。
「それにしても…この周りにある鉱石は何だろう?凄い光っているけど」
周囲を見渡すと、鉱石は壁だけでなく、天井もびっしりと、突き出した鉱石で埋め尽くされていた。そのどれもが淡い光を放つが、量が量なだけに、眩しいくらいだ。
「これは魔鉱石だ。この量の魔鉱石を見るのは、俺も初めてだが」
同じように眺めていたイージスさんが答える。
「魔鉱石…?」
聞き覚えのない言葉に、思わずそのまま聞き返す。
「ああ。俺たちが普段使っている、魔導石の元となっている鉱石だ」
「魔導石の元…!?じゃあ、これがあれば、魔導石が作れるってことですか!?」
「そういう事ではあるんだが…俺たちでは作りようが無いな」
「そうなんですか?でも作り方を知っている人に依頼すれば…」
「それも難しいわね」
近くにいたアニーさんが補足をしてくれた。
「私たちが普段使っている魔導石は、すべてエデニア教国が精製しているの。そしてその精製方法もエデニア教国しか知らない。門外不出でもあるから、あなたのように、元なっている鉱石すら知らない人は、珍しくないわ」
「エデニア教国が精製すら独占…という事ですか?」
「そうね。理由はいくつかあるとは思うけれど…」
と、アニーさんの言葉を遮るように、イージスさんが口を挟む。
「精製方法に後ろめたい何かがあるのだろう。門外不出とはいえ、教国以外誰も知らないのも…」
「イージス…憶測はダメよ」
イージスさんは窘められると、明後日の方を向く。そんなイージスさんの言動に、アニーさんは困ったようにため息をつく
「とにかく、私たちではこの鉱石があったところで、どうにもならないわ」
「エデニア教国に売るとかは…?」
「採掘と輸送の費用を考えると、大した額にはならないと思うわ。それに、魔導石の材料を何故知っている?と、教会騎士から詰められてしまうかもね」
確かに門前払いどころか、エデニア教国に捕らえられそうだな。
「うおっ!何だこれ!凄いな!」
ハスターさんの驚きの声が聞こえたので振り向くと、デュバルさん、ミールさんと共に、こちらに入ってくるところだった。
先頭を歩くデュバルさんがアニーさんに頷くと、アニーさんもイージスさん、ルシウスさんと視線を合わせ頷きあった。何だろう?
「終わりました」
と、突如、ノルンも立ち上がる。種植えが終わったようで、衣服についた土を払う。
「それでは帰りましょうか。…フェルンさん、ノルンさん」
アニーさんがわざわざ名前を呼んで、こちらに向き直る。イージスさんとルシウスさんもこちらを見る中、その顔は真剣な顔付きで、俺も背筋を伸ばす。
「あなたたちお二人に、大切なお話があります」




