第30話:天賦の武才
「トライク…!」
アニーさんが目の前に立つ男性に向かって呼ぶ。この人が、イージスさんたちが言っていた、トライクさん。思ったよりも優しい感じの方だが、その背後に見えるゴブリンの亡骸を見て、背筋に悪寒が走る。
「…間に合ったか」
安堵したのか、イージスさんは深く息を吐く。
「うん。と言っても、まずは僕だけだけどね。信号弾が見えたから、先に来たんだ。父さんもこっちに向かっているよ」
「ルシウスさんも…!」
アニーさんの言葉に、トライクさんは頷く。
「村で状況を聞いて、父さんがすぐに兵を送るって決めたんだ。だからすぐに到着すると思うよ」
そう言って、トライクさんは前方へと向き直る。
トライクさんの襲撃はゴブリンたちにとっても予想外だったのだろう。前を向くトライクさんの姿に、ゴブリンたちも動きを止めている。無理もない。登場と共に、前列のゴブリンが一斉に血飛沫をあげたのだから。
「みんなは周囲のゴブリンをお願い。あいつは僕が討つ」
こちらにそう伝えると、トライクさんが屈む。そして一拍の後、姿が消えると同時に、響いたのはゴブリンたちの悲痛な叫び声だった。
トライクさんはゴブリンファザーに向かって真っ直ぐに、ゴブリンの群れを突き進む。その動きをすべては追いきれないが、ただトライクさんの通った後には、物言わぬ頭や動かない四肢が、地面を転がるだけだった。
しかしゴブリンも黙ってやられるつもりではいない。トライクさんに斬りかかるゴブリンもいるが、トライクさんが身体を捻って避けると、そのままゴブリンを切り伏せる。と同時に自分の剣を口に加え、切り伏せたゴブリンの剣を、そのまま別のゴブリンへと投げ飛ばす。その一連の動きは流麗で、とても即興とは思えない完成されたものだった。
次から次へとゴブリンが倒され、気がつけばゴブリンオーガのもとへと到着していた。ゴブリンオーガは持っていた棍棒を振り上げ、トライクさんめがけて振り下ろす。しかしトライクさんの姿は既に上空にあり、落下の勢いのままゴブリンオーガの頭に剣を振り下ろす。そのまま着地をすると、ゆっくりとその巨躯が後ろに傾く。
トライクさんはそこで止まらず、後ろに倒れ始めたゴブリンオーガを足場にして駆け上がると、同時に足元で衝撃波が起こり、前方へと吹っ飛ぶ。おそらく以前アニーさんがやったエア・ボムだろう。一瞬のうちに別のゴブリンオーガのもとへ接近する。虚を付かれたゴブリンオーガは動く間もなく、トライクさんがすれ違うと、ゆっくりと首が落ちていった。
「凄い…。ゴブリンオーガを瞬時に2体も」
「戦闘における彼は、…そうね。まさに天賦の武才、とでも言うべきかしら。戦闘に関わるあらゆる才能を持って生まれた天才よ」
アニーさんが横に並ぶ。直前でゴブリンを切り伏せたのか、握る剣先から濁った血が滴り落ちていた。
「あのエア・ボムの動きは?」
「彼の技よ。簡単にやるものだからやってみたけど、使いこなすのに、1年もかかったわ」
その時の苦労を思い出したのか、どこか冷めた目をしていた。アニーさんですら、トライクさんは次元の異なる存在なのだろう。俺から見たらアニーさんも熟練の動きと感じていたのだが。
「…俺では戦いの邪魔になりそうですね」
目の前に広がる戦場では、誰もが動きを止めており、トライクさんの動きに注目していた。無理もない。俺たちがその異常な光景に目を奪われる一方で、ゴブリンたちは、いつ襲われるかわからないため、その動きを必死に追うしかないのだから。
「彼の邪魔になるのは、みんなもそうよ。…いえ。彼だけはトライクと肩を並べて戦えるわね」
そう言うアニーさんは、少し悲しげな視線で見つめる。その先には、イージスさんが剣を振るい、ゴブリンの群れを突き進んでいた。
ヴゥゥギィィヤヤャャアアアアアアァァァァァァァ!!!!!
突如、ゴブリンファザーの叫び声が戦場に響き渡り、あまりの大きさに耳を塞ぐ。トライクさんに蹂躙されるゴブリンたちを見て、怒りが頂点に達したのだろう。一通り叫ぶと飛び上がり、先程アニーさんに投げつけた棍棒のもとに着地する。棍棒を地面から引き抜くと、ゆっくりと上段に構えて飛び上がる。そして落下の勢いのまま、トライクさんのいる場所に棍棒を叩きつけた。
棍棒が地面にぶつかる轟音があたりに響き、その風圧で周囲にいたゴブリンが吹っ飛ぶ。周辺に砂埃が舞い上がり、視界が遮られる。しばらくすると砂埃が落ち着き、棍棒を振り下ろしたゴブリンファザーの姿が見える。徐々に視界が開け、ひび割れた地面を見ることができるようになったが、周辺にトライクさんの姿は無かった。
と、まだ待っていた砂埃からトライクさんが勢いよく現れ、ゴブリンファザーの首めがけて斬りかかる。
ヴゥゥギャャアアアアアアァァァァァァァ!!!
しかし、ゴブリンファザーもその姿に気付き、トライクさんに向かって大口を開けて叫ぶ。トライクさんはまともにその衝撃を受けてしまい、地面には転がる。それを見逃さず、ゴブリンファザーが再度、棍棒を振り下ろす。
ガキンッ!と鋭い音が響く。イージスさんが間一髪、トライクさんを守るように割り込み、そして受けた棍棒を剣で受け流す。絶妙な角度に剣を傾け、棍棒の軌道を変えたのだ。
ゴブリンファザーは攻撃を防がれたことに驚きを隠せなかったのか、目を大きく見開き、動きを止める。だがトライクさんは、棍棒が地につくと同時に乗り込み、腕へと一気に駆け上がっていた。
ゴブリンファザーは空いた左手を動かそうとするが、イージスさんは既に剣を振り上げ、左手の甲に剣を突き立てて固定する。
ゴブリンファザーが動かなくなった左手を確認するやいなや、また大口を開けて叫ぼうとするが、トライクさんが左手の剣を口の中に勢いよく投げる。
グゥガガアアアアアアァァァァァァァ!
それまでの衝撃波を含む高い声ではなく、悲痛な低い声でゴブリンファザーが叫ぶ。そして激痛に悶絶するゴブリンファザーの首元に近づき、トライクさんが右手を勢いよく振り払い、首を刎ね飛ばした。
ゴブリンファザーの頭が宙を舞い、ゴトッ、と鈍い音をたてて地面に転がる。そしてゆっくりと首から上が無くなった四肢が地面へと倒れていった。
地面へと着地したトライクさんは、ゆっくりと立ち上がる。そして振り向いたその顔は、倒した安堵もあったのかもしれないが、驚くほど穏やかな顔をしていた。
そのトライクさんの表情にゾッとする。それは恐怖と言うよりも、あれだけの動きをしていたにも関わらず、落ち着いていられることに、圧倒的な力の差を感じたからかもしれない。
イージスさんやデュバルさんも強いと思っていたけど、それ以上に俺がこんなにも弱かったんだな…。村の自警団でも腕が立つからベアの討伐に同行させてもらえたと思っていたが、俺が世界を知らなかっただけ。そう思うと、恥ずかしさと悔しさで、胸が痛む。
そう感じていると、後方から複数の足音が聞こえてくる。一人や二人ではなく、大人数でこちらに向かっているようで、徐々に足音が大きくなってきた。
「いまだ!ゴブリンたちを駆逐せよ!」
そして後ろから大声で号令が響き渡る。振り向けば壮年の男性が立っていた。そしてさらにその後ろから、多くの人が通り過ぎ、ゴブリンたちを倒し始めた。
「ルシウス!」
アニーさんがルシウスと呼ばれた壮年の男性のもとへと近寄る。
「よく耐えましたね、アニーさん」
近寄るアニーさんに温かい笑みを浮かべ、周囲を見渡す。
「君たちもよく頑張りましたね」
いつの間にか、デュバルさんやハスターさん、ミールさんも集まって来ていた。そしてこちらにも目を向ける
「君たちもありがとう。おかげで誰も傷つかずに済んだ」
そう言って壮年の男性はこちらに向かって微笑む。この人は、、、と思っていると、アニーさんが間に入ってくれた
「紹介するわ。白羊の隊商の隊長、ルシウスよ」
「隊長…!アニーさんじゃなくて」
「?私は副隊長よ。最初に言ったじゃない」
アニーさんがずっと指揮をとっていたから、アニーさんが隊長と思っていた。でも確かに副隊長と言っていた気も…。
「初めまして。ルシウスだ。よろしく頼む」
そう言って右手を差し出されたため、服の裾で手を拭ってから、こちらも手を握る。
「フェルンです」
「ノルンです。よろしくお願いします」
いつの間にか横に立っていたノルンとも、手を握り合う。
「ゆっくりと話をしたいところだが、まずはゴブリンを何とかしよう。それに…まだあの中を確認しなくてはね」
そしてルシウスは鉱山の入り口に、厳しい視線を向ける。大きく口を開けた鉱山の入り口からは、新たにゴブリンが現れることはなく、ただ静まり返っていた。ただ入り口から届く風からは、異様な臭いが漂っていた。




