第29話:無尽蔵の暴力
そう言えば、昔、村の周辺にもゴブリンが現れたことを思い出した。その時、初めてゴブリンと対峙したが、まだ新米だった俺でも、倒すことはできた。
ただ討伐後、グラッツさんは急いで村へと帰還すると、自警団総出で村の周辺を探索した覚えがある。その時はそれ以上、ゴブリンを見つけることはなかったが、焦っていた様子のグラッツさんを不思議に思い、理由を尋ねてみた。
「ゴブリンの最も恐ろしいところは、群れで暮らすことだ。奴らは繁殖力が高く、雑食で食糧に困ることも少ない。特に群れを守るように現れる大型のゴブリン、ゴブリンオーガを見つけたなら…それは国家の軍隊に匹敵する群れだろうよ」
そう言うグラッツさんからは、絶望のようなものを感じとれたが、おそらく今の俺と同じ気持ちだったのかもしれない。
と目の前のゴブリンオーガが大きな棍棒を振り上げているのが見え、咄嗟に後ろへと飛び下がる。今までいた場所には棍棒が叩きつけられ、大きな地響きへと変わる。
「ボサッとするなっ!死にたいのかっ!」
デュバルさんの怒声が響く。そうだ。今は戦闘中。目の前に集中をしなければ。
気持ちを切り替え、戦況を把握するために周囲を見渡す。鉱山の入り口から出てきたゴブリンオーガは、その圧倒的な存在感を示すかのように棍棒を振り回し、デュバルさんと対峙している。デュバルさんは攻撃を避けながら、隙を見つけては攻撃を加えていた。
ハスターさんは少し離れたところから、ゴブリンオーガに注視しているが、それよりもゴブリンオーガの後方をチラチラと見ている。
「…っ!お前ら、出てきたぞっ!囲まれるんじゃないぞっ!」
ハスターさんの叫び声で、ゴブリンオーガの後ろ、鉱山の入り口に視線を移す。そこには粗末な布切れを身体に巻き付けたゴブリンたちが、続々と現れ始めた。
とてもじゃないが、3人でこの数を相手にするのは、無茶がありすぎる…!
「フェルンさん!」
後ろから声を掛けられ、振り向くとアニーさんたちがこちらに走ってきていた。イージスさんも一緒だ。
「状況は…最悪のようね」
アニーさんは周囲を見渡すと、すぐに状況を理解したようだ。
「ゴブリンオーガか。ゴブリンの数からしても、鉱山内部にはマザーとファザーもいると見て間違いないな」
「ええ、そうね。救援は?」
「先程、フリッツ宛に信号弾を上げました。ただ…」
「時間はかかるわね。それまでは私たちで何とかしましょう」
アニーさんはそう言うと、剣を鞘から抜く。イージスさんとミールさんもそれぞれの武器を構える。俺も剣を構え、ノルンも魔導石を手に持つ。
「イージスとデュバルはゴブリンオーガを!他のみんなはゴブリンオーガに気を付けつつ、周囲のゴブリンを討伐!」
アニーさんからの指示に、剣を握る手に汗がにじむ。討伐経験はあるとはいえ、あの数のゴブリンを相手にするのは、少し怯んでしまう。
「ここには守らなければいけない人たちがいる。お願い!みんな力を貸して!」
アニーさんのお願いを皮切りに、一斉に走り出す。
ミールさんがゴブリンオーガの右側を走っていくのを見て、反対の左側から鉱山の入り口へと向かう。入り口の前にはゴブリンが続々と現れ、その数は数十匹以上いると思われる。
ゴブリンの数に躊躇しそうになるが、アニーさんの言葉、守る人がいる、と心で呟くと、走っていた足に力を入れてさらに踏み込む。そして駆ける勢いそのままに、先頭にいたゴブリンの首元めがけ、剣を一閃する。
既にこちらに気付いていたゴブリンが、棍棒や粗末なナイフを振り上げる。わかりやすい動きを難なく避けると、袈裟斬りに叩き込み、流れるままに横にいたゴブリンに斬りつける。
ゴブリンたちに囲まれないようにしつつも、集中するとつい深追いしてしまう。結果、いつの間にか背後をとられていることに気付く。
「凍て突き貫く白き閃槍!!」
背後にいたゴブリンが巨大な氷柱に貫かれる。それを確認し急いで距離を取る。後ろを見れば、ノルンがぐっと拳を前に出すのが見えた。
ぐっ!とノルンに親指を立ててみせると、視線を前方に戻す。息を整え剣を構えると、すぐ近くで大きな音が響く。音のする方を見ると、ゴブリンオーガがその巨体を地面へと横たえていた。イージスさんとデュバルさん、それとアニーさんが倒したようだ。
倒したゴブリン、横たわったゴブリンオーガに気後れしたのか、ゴブリンたちが後ろに数歩下がる。
このまま行けば、勝てる…!
ヴゥゥギャャアアアアアアァァァァァァァ!!!
突如、鉱山の入り口から甲高い声が響き渡る。あまりのうるささに、思わず両耳を塞ぐ。どんな肺活量なんだ、と言いたいくらいの時間叫んでいたが、叫び声が静まると、入り口からはゆっくりと何かが出てきた。
さっきイージスさんとデュバルさんが倒したばかりのゴブリンオーガが2体も現れる。そしてさらにもう1匹。ゴブリンオーガよりもさらに大きく、背中には大きな棍棒を背負い、長い髪を無作法に垂れ流したゴブリンがゆっくりと入り口から姿を見せる。
「な、なんて大きさ…!」
思わず声に出たが、腰にだけ布を巻きつけていることから、おそらくイージスさんが言っていた、ゴブリンファザーなのだろう。
ゴブリンファザーは、鉱山の入り口前で周囲を見渡すと、ゆっくりと背中の棍棒を右手で掴む。そして構えるかと思いきや、勢いよく投げつけた。アニーさん目掛けて。
誰もが意表をつかれ動くことができず、動ける頃には、轟音と地響き、そして周辺を覆い隠すような砂煙が巻き上がっていた。
「アニー!」
「アニー様!」
イージスさんたちの叫び声が聞こえるが、こちらからは砂煙で何も見えない。しばらくして砂煙が落ち着いてくると、尖ってもいない棍棒が地面に突き刺さっていた。そしてその棍棒の横に、アニーさんを抱きかかえ、アニーさんを守るように、屈んだ黒ケープの男の姿が見えた。
「あいつ、アニーさんを守ったのか…?」
ヴゥゥギャャアアアアアアァァァァァァァ!!!
アニーさんが無事だったことに腹を立てたのか、再度ゴブリンファザーが叫び声を上げる。そして一通り叫ぶと前方を指差す。それに呼応するかのようにゴブリンたちも一斉に声を上げ、一斉にこちらに向かって走り出してきた。
「…っ!いきなりかよっ!」
ゴブリンたちは各々の武器を振り上げながら、こちらに向かってくる。先頭を走ってきたゴブリンの攻撃を躱し、別のゴブリンが仕掛けてくるのも避けるが、先程と違うことに気付いた。
さっきは俺を倒すと言わんばかりに、俺を狙っていたが、数匹のゴブリンが俺に攻撃を仕掛けるだけで、他のゴブリンはこちらを無視するかのように通り過ぎて行く。
「…ノルンッ!」
「地隙を拓く一夜の仮庵!!」
こちらが振り向くより早く、ノルンが地面に大きな穴を空ける。ゴブリンたちが勢いそのままに穴に落ちていくのが見えた。
「私の方は大丈夫!フェルンは目の前に集中して!」
「…わかった!」
一抹の不安はあるものの、ノルンを信じて前を向く。ちらっと周囲を見ると、イージスさんとデュバルさんはそれぞれがゴブリンオーガの相手をし、他のみんなは迫るゴブリンを相手にしていた。黒ケープの男もゴブリンたちを相手に、次々と斬り伏せている。
その動きに悔しさを感じると、ゴブリンの棍棒が迫っているのに気付き、首をなんとか動かす。顔を棍棒がかすめるが、攻撃を仕掛けてきたゴブリンの首元めがけて一閃。その後ろにいたゴブリンも切り伏せ、横にいたゴブリンは胸を貫く。
実力差を嘆いている場合じゃない。今は一体でも多く倒すことに集中しなくては…!
しかし、ゴブリンの数は衰えることもなく、次から次へと入り口から現れる。囲まれないようにするため、距離を何度かとっていると、気付けばノルンとともに広場の入り口へと下がっていた。
「…そろそろ矢が無くなってきたな」
ハスターさんの呟きが聞こえる。見れば、みんな同じように広場の入り口に、不本意と思いつつも集まってしまっていた。
「私も魔導石が少なくなってきました…」
「ゴブリンオーガも何体いるかわからないな。次から次へと出てくる」
「…流石に同じやつをぶちのめしていると、飽きてくるな」
「…もううんざり」
イージスさんもデュバルさんも全身汗まみれだ。無理もない。この二人でゴブリンオーガを何体倒したことか。そして…
「ハァハァ、ハァハァ…」
黒ケープの男は明らかに息を切らしていた。
「くそ…っ」
彼は震える拳を見ながら悔しそうに呟く。そう言えば、前も最後は息を切らしていたな。あの時とは別人のような動きだが、体力?いやそれよりも…
と目の前のゴブリンたちがいよいよ迫り、周囲を囲み始める。広場を埋め尽くす程の数がおり、その中にはゴブリンオーガたちも数匹混じっている。そして一番後ろには、ゴブリンファザーが堂々と立っていた。その顔は勝利を確信しているのか、笑っているようにも見える。
絶望的な差を感じていると、アニーさんが全員の前へと出る。そして剣先をゴブリンファザーに向ける。
「みんな、ここまでありがとう。でも、もう少しだけ私に付き合ってくれる?」
アニーさんの後ろ姿しか見えないが、その凛と背筋の伸びた背中からは、安心感を感じられた。
「私は、こんなところで終わるわけにも、ここから逃げるわけにもいかない。私の願いのためにも。絶対に勝つわ!」
アニーさんの言葉からは、大きな決意が感じられる。この状況ですら通過点にすぎず、この先のさらに大きな目標を掴み取る、そんな覚悟が伝わってきた。そんな言葉だからこそか、この惨状を目の当たりにしても、臆する気持ちはなく、自然と剣を握る手に力が入る。他のみんなも同様で、その顔に絶望感は無かった。
「行くわよ!」
アニーさんの号令に、ありったけの力を込めて駆け出そうとしたとき、目の前に並んでいたゴブリンの頭が一斉に跳ね上がる。ゴブリンの身体から血飛沫があがり、一斉にその身体が倒れ込む。
「良かった、間に合った。…遅くなってゴメン、みんな」
ゴブリンたちの前、アニーさんの正面には、優しげな顔立ちの、少年とも思えるような男性が、二刀をぶら下げて立っていた。




