第28話:対称をなす剣閃
アニーさんたちと別れ、村の奥へと歩を進めると、鉱山の上の方に高台が見えてきた。
「あれが砂賊たちが言っていた高台か…」
高台の先は鉱山の崖へとせり出しており、あそこから突き落としていたのだろう。そう思うと、沸々と怒りが湧いてくるが、突如の叫び声で思考が切り替わる。皆で頷きあうと、奥へと向かって駆け出した。
駆け上がった先は鉱山の麓となっており、大きな屋敷が建っていた。そしてその手前に、大柄な男性と黒ケープの男がいた。大柄な男は膝をつき、右腕を左手で押さえて蹲り、黒ケープを被った男が、血の滴る剣を右手に持ち、静かにバルカスを見下ろしていた。
「…腐っているとはいえ、あいつは元騎士だぞ」
対峙する二人の姿を見て、デュバルさんが信じられない、と驚きの表情を浮かべていた。その反応から、大柄な男がバルカスなのだろう。
だがそれ以上に、黒ケープの男の姿に目が釘付けになる。
「思ったとおりだ…!ノルンを狙ったアイツだ…!」
「知り合いか?」
イージスさんが対峙する二人から視線を外さず、こちらへ問いかける。
「以前オルドレアンの近くで襲っていたやつです。ノルンが世界を滅ぼすとかよくわからないことを言って、危険だから殺すって」
「はっ、穏やかじゃないな。あのノルンちゃんを見て世界を滅ぼすだ?どこをどう考えたらそうなるんだよ」
ハスターさんが後ろでいつもの軽い口調で言うが、黒ケープの男からは視線を外さない。
と、黒ケープの男がこちらに顔を向ける。ケープを被っているため、相変わらず表情は伺いしれないが、そこから動く気配がない。
「…その男を引き渡してもらおうか」
動かないことを不審に思ったのか、イージスさんがこちらから黒ケープの男に声をかける。黒ケープの男は目に見えて大きく身体を震わす。
「ノルンはどこに?」
「彼女をどうするつもりだ?」
「…あなたには関係のない事だ」
黒ケープの男の言葉には違和感を感じる。突き放した態度ではあるものの、その言葉遣いには、イージスさんへの敬意を感じる。
イージスさんはそれには気付かず、こちらに一瞬の視線をよこす程度で、すぐに黒ケープの男へと視線を戻す。
「君が彼女を狙っているのなら、答えることはできない」
「…そうですか。ではこちらで探します」
「させるか、よっ!」
黒ケープの男がこの場から離れようと身体に力を入れたので、一気に間合いを詰める。剣を抜刀しながら黒ケープの男に対して横に剣を薙いだが、剣は目標を見失い、空を斬る。黒ケープの男は身を屈めて避けており、腹部目掛け、鋭い速さで足が伸びてきた。
「うぐっ…!」
まるで腹部の傷を知っているかのように蹴りあげられる。治したとはいえ、傷を的確に狙われ、腹部に急な痛みが襲い、受け身も取れず吹き飛ばされる。
腹部を押さえ痛みに悶えていると、黒ケープの男が剣を振り下ろすのが見えた。その軌道がゆっくりと自分に向かって流れているのを眺めていると、とヒュ!と鋭い音が響き、黒ケープの男が剣を途中で返し、矢を弾いていた。それとほぼ同時に黒ケープの男と自分の間にイージスさんが割って入り、後ろから勢いよく引っ張られる。
「実力差もわからんのか!バカものめが!」
後ろに引っ張ったのはデュバルさんだった。飛んできた矢はおそらくハスターさんだろう。
「すみません…」
前回の対峙で対等に戦うことができたため、今回も戦える自信はあったが、あの時よりも明らかに動きが違う。まるで何かの枷が外れたかのように感じた。
「悪いが、彼同様、俺も君を彼女たちのとこに行かせるわけにはいかない」
そう言うと、ゆっくりとイージスさんは剣を構える。黒ケープの男はそれをただ見ていたが、しばらくしてから、ゆっくりと剣を構える。その構えは異なる構えではあったが、何か似たような感覚を印象づけた。
お互いの出方を探っているのか、構えたまま二人は動かない。そして二人の間を風が通り抜ける。通り抜ける風は最初こそ強く、砂埃を巻き上げたが、だんだんと落ち着き弱くなる。そしてもう風が止む、と思った瞬間、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。
音の出どころを追うが、既に二人の姿は無く、すぐ別の位置で金属音が鳴り響く。しかし視線を向ける頃には、また姿は無く、別の場所で金属音が鳴り響く。闘う二人の動きは素早く、その姿を今の俺では追うことができなかった。ただ鳴り響く金属音と一瞬だけちらつく火花、そして舞い上がる砂でしか、動きを捉えることができなかった。
「まじかよ…。イージスと張り合ってやがる。トライクぐらいじゃないか、あんなに張り合えるのは」
いつの間にかハスターさんが近くに立っており、闘う二人を見て呟く。
「ふん、バカ言え。俺だってあいつとこれぐらいは張り合える」
そうハスターさんに答えるも、デュバルさんの顔は、悔しげに見える。
「それよりも、だ。あの男の太刀筋、時折、イージスみたいな動きをしてやがる」
「ああ、それは俺も感じた。イージスの知り合いか?」
「わからん。が、さっきの反応を見るに、イージスは知らなさそうだったがな」
二人とも会話はしているものの、イージスさんと黒ケープの男の闘いから視線を外さない。二人の闘う姿を的確に捉えているようで、姿すら捉えることのできない自分と、力の差を感じてしまう。
何度も打ち合う二人だったが、少しずつ違和感を感じ始めた。違和感の始まりは、自分の目でもイージスさんと黒いケープの男の姿を捉えられるようになったからだ。しかし依然として、二人は鍔迫り合いから斬り合い、離れれれば、間合いを詰めてまた鍔迫り合い、を繰り返している。
「…あいつ圧されていないか?」
「ああ、圧されている。が、イージスのやろうの様子がおかしいな。何か困惑している…?」
ハスターさんとデュバルさんも違和感を感じていたようだが、どうやらイージスさんの動きに違和感を覚えているようだ。俺からは圧されているようにも、困惑しているようにも見えないけれど。
「あれだけ実力のある男だ。イージスの異変にも気付いているはずだが…。手でも抜いているのか?」
そう言うデュバルさんは本当に気付いていないようだ。俺は逆に黒ケープの男の様子が、何故かなんとなくわかる。あいつは手を抜いているわけではなく、イージスさんとの闘いをどこか楽しんでいるように見える。いや、ちょっと違うな。この闘いを懐かしんでいるように思う。
二人の斬り合いが続くが、急にイージスさんが体勢を崩す。すかさず黒ケープの男の剣が、隙を見逃さずに襲いかかるが、身体を捻り、なんとか避ける。
「…ん?なんだあれは?」
デュバルさんに言われ、イージスさんが足を滑らせた箇所をよく見る。そこには赤黒い液体が水溜りを作っていた。いや、あれは…
「血溜まり…?なんであそこに…」
そう思った瞬間、ふとその存在を忘れていたことを思い出す。当然そこにバルカスの姿は無く、血溜まりから転々と血の跡が奥へと伸びていた。
「…あいつ動けたのかよ!」
ハスターさんの叫びに思わず賛同したくなるが、周囲を見渡してもバルカスの姿は見えない。しかし、それと同時にズズズッ…と大きな地鳴りが周辺に響き始めた。イージスさんと黒ケープの男も、その地鳴りに動きを止める。
「…まさか!」
デュバルさんはそう叫ぶと、鉱山へと向かって走り出していた。
* * *
デュバルさんを追った先は鉱山の入口だった。そこには今にも開ききってしまいそうな、大きな鉄の扉が動いているのが見えた。
「バルカス…!!」
デュバルさんが叫ぶと、バルカスはゆっくりとこちらを振り向く。そして、ガハハハハ!と大声で笑い出した。
「どいつもこいつも俺をコケにしやがって…!お前ら全員、見殺しにしてやるぜ…!」
バルカスの横には、鉄扉のレバーと思われるものが壁にあり、開くためか上へと切り替えられていた。
「ガハハハハハハッ!全員、皆殺しだっ!ガハハ…はぶっ!」
大声で笑うバルカスが吹き飛ばされ、大きな音を立てて壁に激突した。鉱山の入り口から伸びた、大きな棍棒の仕業だ。そしてゆっくりと歩を進めているのか、徐々にその姿が見えてくる。
「…おい、マジかよ」
ハスターさんが、いつもの軽い態度が嘘のように消え、焦ったようにその姿を見上げる。
「まさかこんなやつが、こんなところに隠れてやがったとはな…!」
デュバルさんも見上げるその顔を引きつらせていた。入り口から現れた、その巨大な体躯を間近に見上げ、巨漢の名が口から零れ落ちた。
「ゴブリンオーガ…!」




