第25話:砂漠の凄腕狙撃手と寡黙な少女
ゆっくりと砂上船がオアシスの港に入ると、近くの船着き場の横へと停泊する。日が傾き、昼間のような喧騒もなくなった港は、船の軋む音と風の通る音が周辺に響いている。
あの後、残った砂賊たちを船に乗せつつ、運搬船をひいていたデザートレーの回復を待った。怯えていただけではあったが、近くにサンド・ライザードがいると萎縮してしまっていたので、ライザードはみんな砂漠に放すことにした。
ノルンと一緒に乗ったライザードは、少しこちらを気にしつつ…ということは全く無く、他のライザードと共にさっさと行ってしまった。まあ世話したわけでもないからね。寂しくはない。うん。
「砂漠ってこんなに寒いんですね」
強い風が港の中を通る。ノルンが身体を縮こませて、服の上から腕をさすっていた。日が隠れてきたこともあり、気温がぐっと下がってきた。
「そうだね。風も冷たくなってきたからか、早く村の方へ行こうか」
砂上船から降りるため、縁に足をかけて桟橋に飛び移る。と、急にお腹のあたりに強烈な痛みが走る。
「フェルン?」
痛みを我慢して立ち止まったためか、同じように砂上船から降りてきたノルンがこちらを覗き込む。
「よお!さっきは助かったぜ」
ノルンに何か返そうとする前に、不意に声をかけられた。周囲を見渡すと、短髪に褐色の肌の男と、口元をマフラーで覆った小柄な女性がこちらに歩いてきていた。男の背中には弓が見えるから、彼がハスターなのだろう。
「はじめまして、だよな。俺の名はハスターだ。この村で一番有名な砂漠の凄腕狙撃手、とは俺のことだ」
「…誰も呼んでない」
キラーン!と効果音が聞こえそうな感じに、決め顔をしてくれたが、すぐ後ろから否定の声が割って入った。
「なんだよ、ミール。ノリ悪いな」
ハスターが後ろに視線を移したので、釣られてそちらを見ると、小柄な女性と目があった。彼女が軽く頭を下げたので、こちらも下げる。
「えっと、俺はフェルンです。こっちはノルン」
ハスターに自己紹介をしつつ、横にいたノルンも紹介すると、ハスターがノルンに顔をぐっと寄せる。
「へぇ〜。いきなり砂漠の中をかけて魔導石を撃つから、どんなお転婆な子かと思ったけど、なかなかのカワイコちゃんじゃん。どう、このあと食事とか?実はこのオアシスにも、飯がうまくて景色のいい店が…痛っ!何すんだよ、ミール!」
どうしたらいいのかわからず、焦っているノルンをくどき始めたところで、ミールさんが思いっきりハスターさんの足を踏みつけた。
「…お礼を言うんじゃないの?」
「おっと。そうだった」
あからさまに不機嫌そうに低い声でミールさんは言うが、ハスターさんは全く気にした様子はなかった。
「改めてお礼を言わせてくれ。助けてくれてありがとな。正直、俺たちだけじゃ、どうしようもなくてな。困っていたんだよ」
そう言うと、ハスターさんは右手を差し出す。俺もお腹を押さえていた右手を差し出し、しっかりと握って見せると、ハスターさんはニカッ笑ってみせ、隣にいるミールさんも軽く頭を下げてくれた。心なしか、さっきよりも深く下げた気がする。
「しかし、なかなか無茶な作戦を思いついたもんだ。あの野生のライザードに二人で乗りながら、しかも魔導石をぶっ放すなんてな。なかなかできることじゃないぜ。それに比べて、イージスは何にもできなかったなぁ」
あからさまな大声でハスターさんが言いながら、俺の後方へと視線を向ける。振り返ると、仏頂面をしたイージスさんが立っていた。
「…別に何もしていなくはないだろう。彼らの邪魔にならないよう、砂賊を捕らえていただけだ」
「彼が倒した砂賊を、な」
そう言いながら、ハスターさんが俺の肩に力強く手を置く。ズキッっとお腹に鈍い痛みが響くが、仏頂面のままこちらを見るイージスさんが怖くて、それどころではなかった。睨まれているみたい…。
「はいはい、そこまで。イージスが拗ねちゃうわよ」
ハスターさんたちの後ろからアニーさんが声をかける。その後ろには、痩せ細った砂賊と思われる人たちが、屈強な人たちに周りを囲まれながら、並んで立っていた。
ちなみにイージスさんが後ろで、拗ねてない、と言ったのは内緒だ。たぶんノルンも聞こえていたと思うけど。
「…拷問?」
ミールさんはアニーさんの後ろに控える砂賊たちを見ながら、さり気なく怖いことを言う。砂賊たちが、ひぃっ!と声を上げるが、アニーさんは首を横に振る。
「そんなことしないわよ。とりあえず、さっきの戦闘で怪我をしている方もいるから治療ね。その後、彼らに食事をさせながら、彼らの話を聞こうと思うわ」
アニーさんの言葉に驚く。荷物を奪いに来た賊に治療どころか、食事まで振る舞う予定とは。
「丁寧に迎えるんですね」
ノルンも同じことを思ったのか、アニーさんに尋ねると、彼女はしっかりと頷いてみせた。
「先程も言ったけど、彼らは王都の被害者よ。もちろん、運搬船を襲うような略奪行為を認めるつもりは無いけれど、、、それでも今は客人に違いないわ」
そう言うとアニーさんは後ろを振り向く。こちらから顔は見えないが、砂賊たちの安堵した顔を見る限り、きっと微笑んでいるのだろう。
「後でみんなも集会場に来てくれる?彼らから、砂賊たちの情報も聞こうと思うの。みんなにもいて欲しいし、もちろん、あなたたちも」
アニーさんはこちらに視線を向けるので、返事の代わりに頷いてみせた。
「それじゃあ、私は彼らを医務室まで連れて行くわね」
そう言うと、砂賊たちを連れて港の入り口へと歩いていく。ミールさんもその後ろをついていった。
「なら先に、君たちの宿へ案内しよう。急に救出へ向かったから、まだだったな」
イージスさんに言われて、確かにと思った。用意してもらえているなら、ありがたい。
「お、なら俺もそれについて行こうかな」
一緒に歩き出そうとするハスターさんを、イージスさんが睨む。
「お前は、今運んできた荷物を降ろすのを手伝うんだ」
「はぁ!?なんで俺が!?」
「護衛してきたのだから当然だろう?そもそも重要なものを運んでいるんだ。君が最後まで護衛するべきだろう?」
「いやいや、じゃあミールはどうなんだよ?あいついないじゃん!」
「まあ行ってしまったものは仕方ない。頑張ってくれ」
さっきの仕返しなのか、イージスさんは冷たくハスターさんをあしらう。
「重要なものってなんですか?」
イージスさんとハスターさんの言い合いに割り込むように、ノルンが尋ねる。その問いに二人は言葉に詰まると、お互いに顔を見合わせ、頷きあった。
「まあ、あれだ。大人の情事に関わるものだな」
「大人の…情事…?」
「そうそう。ちょっとノルンちゃんには刺激が強いかもしれないが、イージスはこれが好きで…っておわっ!剣を抜くな剣をっ!」
「お前が変なことを言うからだろうっ!」
イージスさんは相当お怒りなのか、剣の切っ先をハスターさんの首元に刺す勢いだった。いつの間に抜いたのか…。
「悪かった悪かったから!剣を収めてくれ!」
ハスターさんの懇願に、イージスさんは無言で剣を鞘に戻すと、一度咳払いをした。
「…ハスターの嘘は真に受けるな。ただの生活必需品だ。ただ砂漠においては死活問題だからな。重要とはそういうことだ」
イージスさんはノルンに答えつつ、ハスターさんをキッ!と睨みつける。睨まれたハスターさんは、観念したように両手を上げてため息をつく。
「わかったわかった。ここは引き受けさせていただきますよ。…それじゃあまた後でな」
ハスターさんは背を向けると、手をひらひらと振りながら、運搬船の方へと戻っていった。




