第26話:砂賊に潜む狂気
集会場と言われた大きな部屋には、たくさんの食事が並んでおり、砂賊たちは、ここぞとばかりに食べ物を口に運んでいた。よほどお腹が減っていたのだろう。泣きながら食べている人もいる。
この場には、アニーさんにイージスさん、ハスターさんとミールさんとフリッツさん、そして俺とノルンが立ち会っていた。誰も喋らず、ただ食器のぶつかる音と、彼らの食べる音だけが響く。この場にいる全員が砂賊、いや客人が落ち着くのを待っているのだろう。みんなの顔はいつもと変わらないが、アニーさんだけは穏やかな顔で彼らを見ていた。
しばらくしてお腹が膨れたのか、客人たちの食べる動きが徐々に落ち着いてきた。
「少しは落ち着けたかしら?」
アニーさんの言葉に、客人たちは何度も頷く。ひとりの男性が代表して口を開いた。
「こんなに…、こんなにたくさんの飯を食べたのは久し振りだ。俺たちはあなたたちを襲ったというのに」
客人は何度もお礼を言う人や、手を合わせて感謝する人たちもいた。
「お礼はいいわ。ただ私たちに協力をして欲しいの」
その言葉に客人たちは困惑した、申し訳なさそうな顔を浮かべる。客人の誰もが目を逸し、伏せる。
「…私たちに話していただけないですか?」
何か事情があるのだろう、と、おそらくこの場の全員が感じただろう。客人はしばらく黙っていたが、沈黙に耐えきれなくなったのか、先程の男性がポツポツと話し始めた。
「…俺たちには襲う以外に方法がなかったんだ。やりたくてやったわけじゃない…!仕方なかったんだ…!」
最初こそ小さな声だったが、だんだんと客人の声が荒ぶってきた。
「…人質か」
イージスさんが呟く。その言葉に客人の男性は、ハッとした顔をすると、目を閉じ何かに耐える表情をする。そして全身を弛緩させると、目を開き話し始めた。
「…ああ、そうだ。俺の家族はあいつらに捕まっている。俺だけじゃない。ここにいる全員、家族や仲間が捕まっているんだ。逆らえば、みな殺されてしまうかもしれない。いや、もしかしたら、もう既に…!」
頭を抱えその場でうずくまる。他の客人もただ目を伏せたままだった。
「ならなおさら教えて!私たちなら救出…」
「救出?はは、どうやって助けるっていうんだ?あいつ、いやあれらが襲って来るんだ。助けられるわけないじゃないか…!」
「あれら?」
「…魔獣の群れさ」
「!」
男の言葉に、その場にいた全員が息を飲むのがわかった。
「あいつは魔獣の住処に高台を作ったんだ。そして反抗するものは容赦なくそこから落とす。女子供なんて関係ない。あいつが少しでも気に食わないと思ったやつら全員さ」
話していた男が急に震えだす。震えを止めるかのように、男は両手で腕を掴むが、止まる様子はない。
「誰かが落ちると、魔獣どもが雄叫びをあげるんだ…。何匹、何十匹、いや何百匹いるかもしれない奴らが、一斉に…!生きた心地なんて、全然しない…!」
男は顔をあげ、周囲を見渡す。
「あなたたちもわかるさ。あの雄叫びを聞いたら、反抗しようなんて思わない。反抗すれば、あいつに落とされちまうんだから」
「あいつとは、誰ですか…!?」
「言えない…!言ったらみんな殺されちまう!」
アニーさんが尋ねるが、男は激しく首を横に振り、拒絶を示す。その他の客人たちも思い出したのか、耳を塞いでいたり、身体を震わせていたりと、見ているだけでも恐怖が滲み出ていた。
沈黙に包まれた集会所で、誰もが次の言葉を飲み込んでいると、集会所の扉が音を立てて開かれる。
「なんだ、この通夜みたいな状況は。俺がせっかくいい情報を持ってきたと言うのに」
開けた扉に立っていたのはデュバルさんだった。帰ってきたばかりなのか、衣服には砂が付着しており、パラパラとこぼれている。
「デュバル…。帰ってきていたのね」
「ええ、ついさっき帰ってきたところです。こちらにいると聞いて来てみましたが…彼らは?」
「砂賊だよ。俺らの運搬船を襲ってきたやつらさ」
ハスターさんが答えるが、その回答にデュバルさんが顔をしかめる。
「ハスター、帰ってきてたのか。…しかし、ますます状況がわからんな。何故、砂賊が飯を食っているんだ」
ごもっともな返答だ。それから、アニーさんたちがこれまでのことをデュバルさんに説明をする。
「なるほどな」
話を聞き終えたデュバルさんは、客人たちの方に向き直る。
「で?貴様らは何が望みだ?口を閉ざし、何もせず、ここでタダ飯を食らって、あわよくば俺らがあいつらを倒してくれることを望んでいるのか?」
だがその言葉に客人たちは反応しない。俯き視線を逸らすのみ。何の言葉も出てこない。その姿を見て、デュバルさんは眉を寄せ、さらに続ける。
「なんだ、人の言葉すら忘れたのか。ここまで来るとただの家畜だな。砂賊に飼われ、ただ食べるのを待つだけの家畜」
「家畜の方がマシだな。俺たちの食料になってくれるんだから」
「はっ、違いない」
デュバルさんの言葉にハスターさんが軽口を挟む。ミールさんも隠してはいるが、声を潜めて笑っている。
「ちょっとデュバル!ハスターもやめて!」
アニーさんが二人の名を呼んで止める。ハスターさんは首をすくめ、デュバルさんも開きかけた口を閉じたが、先ほどまで話していた男が今度は口を開く。
「あんたたちに何がわかる…!所詮は運搬船の護衛団ごときに、何ができるっていうんだ…!」
「ふん、何も考えず、ただ成り行きで生活する家畜同然の発想だな。貴様らですら、アニーさんは助けると言っているにも関わらず、な。…俺らは、俺らがやるべきことをする。できる、できないではない」
そう言うと、デュバルさんはアニーさんに向き直る。
「アニー様、報告します。アニー様の目的のものは、やはりモヤンド炭鉱で間違いないでしょう。ただ今は砂賊どもが拠点にしているようで、炭鉱内に入るのは厳しいかと。そしてその拠点にいる砂賊の頭目はバルカス。数年前まで王都で騎士をしていた男です」
デュバルさんが人物名を発すると、アニーさんはその言葉を何度も口の中で繰り返す。そして何かを思い出したのか、アニーさんの目が大きく開く。
「もしかして、あの無差別に民を殺していたという…?」
それは絞り出すかのような声だった。怒りを抑えつつも、平静を保っているように。ただアニーさんの言葉にデュバルさんは頷くと、その直後、アニーさんは静かな、しかし逃げ場のない怒りに満ちた表情へと変わった。
「モヤンド炭鉱と言うと、ここから北にあった炭鉱だろ?」
「そうですね。数年前に閉山したはずです。確か…鉱山の奥に魔獣が現れたとかで、騎士団が多大な犠牲を払いながらも制圧をしたと…」
ハスターさんの問いに、フリッツさんが答えるが、途中で途切れる。そしてノルンと俺を除く全員が頷く。何かがわかったのか…?
「騎士団は制圧できなかった、ってことです。理由まではわかりませんが、制圧したと言った以上、新たな被害を出すわけにはいかないから、バルカスを追放しつつ、監視させているのでしょう」
フリッツさんの話を聞きながらも、頭の中には疑問が宙に浮いている。なんで追放…?
「バルカスは数年前まで王都の騎士団に所属していた男さ。もっとも騎士なんて言葉が一番似合わない男で、街に出ては騎士の名を振りかざして、好き放題やっていたそうだ」
ハスターさんが肩をすくめながら、いつもの口調で説明をしてくれた。だが、急に眼光が鋭くなり低い声で続ける。その声には怒気がこもっている。
「そして数年前、王に反旗を翻したとかで、王都にいた民を無差別に斬り殺した。もっとも、殺された民は計画どころか考えもしていなかった、ただの住民だ」
港で会話していた軽薄なハスターさんからは想像できない刺すような声。その迫力に、思わず生唾を飲み込む。
「その事件は王都内での反発も大きく、王への不信感を募らせた。そこにモヤンド炭鉱の魔獣の群れが発生。王はバルカスをモヤンド炭鉱に向かわせ、事実上の王都追放と、魔獣討伐で不満の解消を計った、か。あの王の筋書きはこんなとこだろう」
イージスさんの語る内容を聞きながら、点と点が徐々に繋がっていくのを感じる。
「が、民衆の王への不信感は拭えず、魔獣も討伐どころか、バルカスの遊び道具になったわけだ。…王都から逃げた民衆を家畜同然に変え、魔獣を従えるとは、支配者気取りもいいとこだな」
デュバルさんは唸るような低い声で吐き捨てる。
「…これ以上、彼を野放しにしておけないわ」
アニーさんは怒りを抑えることもなく、立ち上がると、周囲を見渡す。そして俺とノルンに視線を向ける。
「巻き込んでしまってごめんなさい。けど、もし良ければ力を貸して欲しい。もちろんここで止めても、誰も文句は言わないわ」
「いえ、俺たちでできることなら手伝わせてください。彼らのような人々を放っておくわけにはいかない」
「私もお手伝いします!」
俺とノルンの言葉に、アニーさんは頷く。
「ありがとう。…みんな、すぐに出発の準備よ。家族や仲間が殺されてしまう前に――」
「待った待った、アニー様」
アニーさんの言葉を遮るように、ハスターさんが声をあげる。そして落ち着いた口調でゆっくりと話す。
「今から行くなんて無茶だぜ。夜の砂漠は、視界も悪ければ、気温も氷点下。当然魔獣だっているんだ。無茶な行軍をしたら、モヤンドに着く前に、俺らが死んじまうよ」
「危険は承知よ。だけど、彼らの家族や仲間が今にも殺されてしまうかもしれないのよ!?」
「だからこそ、今出発するわけにはいかないだろ」
イージスさんも静かに、そして諭すようにゆっくりと、アニーさんを見据えて話し始めた。
「ここで焦って全滅でもしたら、誰が彼らを救うんだ?彼ら以外にも、あの場で虐げられている人たちがいるんだ。急ぎたい気持ちもわかるが、ここは落ち着こう」
「でも!」
それでもアニーさんが食い下がるのを見て、イージスさんは息を吐く。
「これはあまり言いたくなかったが…彼は傷口が開いているんじゃないのか?」
そう言ってイージスさんは俺を見る。アニーさんとフリッツさんもこちらを見たため、思わず隠していた痛みのある部分を押さえる。だが、これだと、自分で開いたと言っているようなもんだ、と気付いた。
「彼の傷の治療も必要だ。巻き込んだと言うなら、彼に無理はさせられないだろう」
イージスさんの言葉に、アニーさんが俯き、ゆっくりと息を吐く。そして落ち着いたのを確認できたのか、顔を上げる。
「そうね、ごめんなさい。冷静を欠いていたわ」
その言葉を聞いて、イージスさんが頷く。
「出発は明日の夜明けにしましょう。それまでに砂上船の準備と、デュバルからの情報を整理しましょう。イージス、ハスター、デュバル、ミール、準備と整理を手伝って。フリッツはフェルンさんの治療をお願い」
アニーさんの言葉にみんなが頷く。俺も大丈夫の意味で頷いておいた。
「ふん。その程度の傷で痛がるようなら、足手まといにしかならんから、残ればいいだろ」
デュバルさんがこちらを冷やかな目で見る。だが、それを聞いたハスターさんがすぐに口を開いた。
「お、どうした?デュバル、優しいじゃ〜ん」
「やかましい!」
デュバルさんがハスターさんに突っ込むのを確認して、一同は解散をした。そして俺はノルンに、無理しすぎ!と文句を言われながら、フリッツさんと一緒に医務室へと、ノルンに引きづられていった。
風の鳴る音が響く砂漠の夜に、出発の準備が静かに進められていく。




