第23話:永久魔導石
フリッツさんが拠点で行っていた治療時の状況を話し、アーキンスさんが追加の質問をする。と断片的に理解できるところもあるが、ほとんどが専門用語で何を言っているのかよくわからない。
と、急にフリッツさんに服を捲り上げられ、お腹の傷を直接触られる。痛くはないが、こそばゆい。
ノルンとアニーさんもいるので、服を捲られて少し気恥ずかしいが、ノルンは心配そうな顔しているだけ、アニーさんに至っては全く気にも留めていなさそうだった。
「ふむ。少し内臓がやられているかもしれませんね…。痛みもあるとのことですし、念の為、治療をいたしますか」
そう言うと、アーキンスさんは机の上にある箱から、黄色の魔導石を取り出す。ただ取り出した魔導石はこれまで見たものとは異なり、中で何かわからないものが渦巻いていた。
「それは…永久魔導石ですか?」
後ろにいるノルンがアーキンスさんに尋ねる。
「おや?よくご存知ですね。こちらは永久魔導石のエイド・ヒーリングです。完全回復とはなりませんが、ファスト・ヒールのような応急処置とは違い、身体の内部まで治療できる代物でしてね」
そう言うと両手で魔導石を持ち、俺のお腹の前に掲げる。
「命脈を灯す暁の燈」
その言葉と同時に暖かな光がお腹の周りに広がる。そして感じていた痛みが徐々に薄れていき、光が収まる頃には、完全に無くなっていた。
「はい、終わりです。安静に、とまでは言わないですが、無理に身体を動かしたりはしないように」
そう言われ、お腹を軽く叩いてみるが、さっきまでの痛みはきれいさっぱりと消えていた。
「おお…!ありがとうございます!」
アーキンスさんにお礼を言うと、後ろでノルンがホッと息を吐くのが聞こえた。ずっと心配をさせていたようだ。
「永久魔導石って凄いんですね」
アーキンスさんの持つ黄色い魔導石を改めて見る。永久魔導石なんて初めて聞いた。
「そう言えば、教会の方以外で持っているのは見たことないわね。石に込められたエネルギーが他の魔導石とは違う、と聞いたことありますけど…」
アニーさんも興味があるのか、黄色い魔道石を見ていた。
「私も詳しくはわからないですが、それこそが永久魔導石の由来だそうですよ。そのエネルギーであれば、永久に利用でき、石が割れることがないとか」
そう言いながらアーキンスさんは元あった箱に魔導石を戻す。と、ふと隣にある、見覚えのある箱が目に留まる。独特な形のため、はっきりと覚えていた。
「その文字の書かれたボタンの箱…それも永久魔導石を使っているんですか?」
村でグラッツさんが持っていた箱と同じだ。違いは緑色の魔道石がはめ込まれており、先程と同じように魔導石の中で何かが渦巻いている。
「これですか?ええ、これも永久魔導石ですよ。こちらの箱と合わせて、教会から支給されたものです」
「珍しい形ですね…。どうやって使われるんですか?」
アニーさんも初めて見たのか、興味津々に箱をぐるぐると見回す。
「起動するところを見ると、みんな驚きますよ」
フリッツさんは見たことあるのか、ふふっと笑う。アーキンスさんもほっほ、と笑うと、永久魔導石に手をかざす。
「では起動させて見せましょう。掌握する神託の瞳」
アーキンスさんが唱えると、箱が淡く光る。そして箱に対して少し斜めに立つように、平たい青い板状のものが、箱の上に浮かび上がった。
「え、何か出てきましたよ!?」
驚くアニーさんを置いて、ほっほ、と言いながらアーキンスさんは文字のボタンを押す。すると青い板に押したボタンに対応する文字が次々と表示された。
「文字が浮かび上がっている…」
「ね。驚くでしょ?」
フリッツさんがニヤニヤした顔を浮かべており、みんなの驚きの顔を眺めていた。と思ったが、驚いているのは、アニーさんと俺だけだった。
「ほっほ。私も仕組みは全くわかりません。ただ文字のボタンを押すと、この青い箇所に、その文字を表示できるようになるんです」
アーキンスさんが配置されたボタンを次々に押していくと、どんどん文字が並び、文章が出来上がった。
気になってアーキンスさんが見ている側の反対から、青い板を覗く。反対側からは文字が反転して表示されて映っており、青い板も半透明なのか、薄っすらとアーキンスさんの顔が見える。
青い板は何でできているんだろう、と指でつまもうとするが、そこは何も触れるものがなく、ただ自分の指が合わさるだけだった。
「確かに凄いものですけど…これは何に使うものなの?」
アニーさんは箱を見ながら呟く。確かに文字が表示されるだけなら、紙に書くのと変わらない。その問いにアーキンスさんは微笑みながら答える。
「日記ですよ、アニー様。時には願いを、時には感謝を、日々の出来事を神様に伝えましょう。さすれば神様がその願いを受け入れてくれるかもしれない、と」
アーキンスさんは祈るかのように、胸の前で両手を合わせる。
「教会からはそのように伝えられています。これを受け取った私どもは、みなさまの代わりに、神様へ手紙をしたためるつもりで、日々の出来事を記しているのです。もっとも、私は毎日書くなんてできていませんが」
ほっほっほ、とアーキンスさんは大声で笑う。
「書いた後はどうするのですか?」
「特には何もありませんよ。数日くらいは残っていますが、気が付くと消えてしまっていますね。あ、もしかしたら神様が確認したら、消えるようになっているのかもですね」
そう言いながら、アーキンスさんは魔導石を外す。その瞬間、箱は一瞬の点滅の後、青い板が消え、箱の淡い発光も停止する。
「私の村の…その司祭様も持っていました」
ノルンが全く驚いてなかったのは、見たことがあったからなのか。
「司祭様も、同じようなことを言われていました。その方は毎日書かれていましたが…」
「ほっほっほ。さすがは司祭様です。私のようなものとは大違いです。まあこちらは、教会関係者であればまず持っていますから。さほど珍しいことでもありませんよ」
「教会関係者…。俺の村だと、自警団団長が持っていたんだけど…なんでだろう?」
グラッツさんがアペイロン教を信仰しているのは聞いたことあるが、特に教会関係者とは聞いたことがない。と言うか、教会も無いから関係者がいるはずもないのだが…。
「おや、それは珍しいですね。もしかすると以前、教会にお世話になった方かもですね。その方は違うと思いますが、過去に教会から破門された方がいらっしゃったとき、私物と一緒にこれが無くなっている、と聞いたことがあリます」
破門された方と聞いて、リアファルさんの顔が思い浮かぶ。ノルンとも目が合うが、同じ人を思い浮かべたのだろう。お互いに苦笑いするしかなかった。
と、そこで教会の方から騒がしい音が聞こえる。誰かがこちらに走ってきているようだ。みんなが扉の方に視線を移すのと同時に、大きな音をたてて扉が開いた。
「アニー様、不味いことになりました…!」
扉を開けたのはイージスさんだった。急いでいたのか、肩で息をしていた。
「ハスターたちが護衛している砂上船が、砂賊たちに襲われているとの情報が入りました」
「砂賊…。例の彼らですか?」
アニーさんの信憑な顔での問いかけに、イージスさんは静かに頷く。
「わかりました。では救援に行きましょう」
「あの…!」
外に出ようとするアニーさんとイージスさんに向かって、思わず声を出してしまった。
「あ、えっと…、その救援に俺も一緒に行かせてください。助けてもらったから、少しでも何かお返ししたいんです」
「いや、だが君は今治療を受けたばかりだろう?安静にしてなくていいのか?」
後方にいるアーキンスさんやフリッツさんの顔を、イージスさんは伺うように見る。
「大丈夫です。安静に、とまでは言われなかったですから」
さっきアーキンスさんに言われたことを思い出す。今ならお腹の痛みも違和感もなくなっているため、動くことに支障は無さそう。だから、無理でもないし。
イージスさんは困ったような顔をすると、隣に立っているアニーさんを見る。アニーさんはイージスさんと目が合い、同じように困った顔で頷く。
「わかりました。一緒に行きましょう!」
「え、そっち?」
アニーさんの承諾の返答に、イージスさんが突っ込む。
「え、ダメです?」
「いや、困った顔して頷くから、行くのを止めてくれるのかと。それに彼は治療直後だろう?本当に大丈夫なのか?」
「アーキンスさんも安静とまでは言いませんでしたから。それに彼らの実力を知るにも良いでしょう?」
「…彼ら?」
アニーさんの言葉にイージスさんが呟く。なんとなく察してはいつつも横を見ると、ノルンが両手で拳を固めていた。行く気満々だ。
「では、向かいましょう。ただしくれぐれも無理しないように」
そう言うアニーさんの横で、イージスさんは額を手で押さえ、ため息をついていた。




