第21話:砂の船と砂の魔獣
「フェルンすごいです!すごい速さですよ!」
船縁から身を乗り出し、はしゃぐノルンを見ながら、疾走する風を身体で受けつつ、同じことを俺も思っていた。時折、舞い上がった砂が顔面にチクチクと当たるが、灼熱とも言える太陽の熱を和らいでくれるため、気持ちよさが勝る。
「ふふっ。まだまだこんなものじゃないですよ!それっ!」
「ちょ、アニー様、そんなに速くしなくても…!」
イージスさんがアニーさんを制止するより早く、彼女は持っていた手綱を勢い良く動かす。手綱の先には、大きなヒレを広げ、砂に紛れるような黄色い体表の2匹がつながっていた。まるで水面を飛び跳ねるかのように進み、アニーさんの合図で更に高く、更に遠くへと飛び跳ねる。
「さっきまでいた野営地がもうあんなに遠くに…」
ノルンの言葉に後ろを振り返ると、出発した野営地は点程にしか見えず、ナイトアンタと戦った山も、小さくなっていた。
「砂上船は初めてですか?」
いつの間にかフリッツさんが、隣に座ってにこにこした顔を向けていた。
「砂上船どころか、砂漠も初めてですよ」
辺りを見回すと、向かっている先は一面砂、砂、砂。しかし平坦な場所はほぼなく、高い砂の山があちこちにそびえていた。
「なるほど。じゃあ、デザートレーを見るのも初めてですかね」
「デザートレー?」
聞き慣れない単語の返しなのか、フリッツさんは前方で砂上船を引っ張る、2匹の魔獣を指す。
「あれがデザートレーです。ちょっと臆病ですが、人に慣れやすいので、砂漠の移動には欠かせない子たちです」
「ホッセルみたいな?」
「そうそう。その砂漠版ですね。王都から少し南に下ったこの辺りは、一面砂だらけの広大な地ですが、人の住む村がいくつかあるんです。この暑さで作物も全然育たないですから、こういった荷物の運搬が重要になってくるので、デザートレーを使役する方法が発達したのかもですね」
フリッツさんは、横にある積み重なった荷物を見上げる。これは各村に配達する物資だったのか。
「そんな過酷なとこで生活できるものなのか?」
フリッツさんは頷く。
「砂漠にも水の湧き出る箇所がいくつかあり、それをオアシスと言うのですが、そこであれば作物も品種によっては育ち、何より水があるので生活ができるんですよ」
確かに水さえあれば生活はできるとは思うが…
「そもそもそんな過酷な場所に、何で村を作ったんでしょうか…?」
隣で聞いていたノルンの問いに、同じことを思った。フリッツさんを見ると、少し困ったような顔をしていた。
「それは…何ででしょうね?何か…危険から逃げるために作った…とか?あ、もしくは昔は砂漠ではなかったのかも。旧時代の遺跡もあるって聞きますし」
「旧時代の遺跡がこの辺にもあるんですか?」
フリッツさんの言葉にノルンが身を乗り出す。思わぬところに食いつかれて、フリッツさんが目を丸くしている。
「う、うん。今向かっている村にはないですが、旧時代の遺跡を砂漠で見たって文献情報もありますから」
「どこにあるのですか?」
「えっと…更に南の方だったかな…?でもそっちの方に行くのはお勧めしないよ。大型魔獣の巣窟ですから」
「大型魔獣!?」
大型魔獣という言葉に、思わず反応する。またもやフリッツさんが目を丸くする。代わりに反応したのはデュバルさんだ。
「止めておけ。ナイトアンタに手こずるようなお前じゃ相手にもならん。もっとも、あれに対応できるのはせいぜい騎士団だろうが、何匹も対応するのは騎士団ですら無理だろう」
デュバルの言葉が胸に刺さる。1対1なら手こずらずに勝ったのだが…。
「それと遺跡についても情報は少ない。文献以外で見た人はいないし、その文献でも地中深くにある、って記載だから、見に行くのは難しいんじゃないかな」
「そうですか…」
ノルンもその言葉を聞いて、視線を落とす。
「君たちは旧時代の遺跡を探しているの?」
「はい。実は…」
フリッツさんとデュバルさんにノルンの旅の目的と、俺の村で起きたことを話す。
「なるほど。旧時代の遺跡が危ないものだったなんて…」
「聞いたことはないけどな。それより、お前の村の魔獣の方が気になるな。俺も色んな魔獣を相手にしたが、倒した後に小さくなる奴なんか、出会ったことも聞いたこともない」
「デュバルは討伐したあと、魔獣は放置でしょ」
「ふん。食べれもしない肉なんぞ、邪魔な荷物だろう」
デュバルさんの言葉にフリッツさんが首を竦める。デュバルさんの言うことも、わからなくはないけど。
と、何かの鳴き声が響いたかと思うと、突如、砂上船が急停止を始め、勢いよく前へと倒れ込みそうになり、床に勢いよく手を付く。
「…っ!ご、ごめん。ノルン」
「い、いえ。大丈夫です」
前にノルンが座っていたので、ノルンを押し倒すような体制となってしまった。が、赤面をしている余裕はなかった。
「おい、イージスっ!何やってんだっ!」
デュバルさんの怒声に反射的に身体が動き、飛び跳ねるように起き上がる。デュバルさんは前方にいるイージスさんに声をかけるが、返ってきたのはアニーさんの声だった。
「止めたのは私です!フライフィッシャーの群れです!各自、戦闘態勢へ!レーたちを守ってください!」
アニーさんの言葉より先に、イージスさんが船から飛び降りるのが見えた。
「あ、俺も…!」
「邪魔だ。怪我人はそこに座ってろ!」
駆け出すデュバルさんに頭を押さえつけられ、強制的に座らせられた。
それを見ていたアニーさんがふふっと笑う。
「デュバルはあなたを心配しているみたいですね。ここは私たちにお任せください」
どこかで聞いたような台詞と共に、アニーさんも船から飛び降りる。
「膨れ爆ぜる清冽な衝撃!」
アニーさんが飛び降りると同時に大きな音が響くと、アニーさんが高く飛び上がった。
「えっ!」
ノルンが驚きの声を上げるのもわかる。驚くことに、数十メートルもアニーさんは飛び上がったのだ。
「アニー様は魔導石を駆使して戦うんだ。魔導石を繊細に操り、他の隊員に劣る腕力や体力を補って戦うんだよ。見てて」
飛び上がったアニーさんの前方には、大きな魚のような魔獣が迫ってきていた。あれがフライフィッシャーのようだ。空をとんでいるのかと思ったが、弾丸のようにこちらに一直線に向かってきていた。
アニーさんは空中で剣を前に突き出し構える。
「膨れ爆ぜる清冽な衝撃!」
再度爆ぜる音が響くと、空中を弾丸の如く真っ直ぐに進み、交差したフライフィッシャーを何匹も切り裂く。
「すごい…!」
複数の魔獣を一気に切り裂いたこともだが、不安定な空中で、爆ぜた空気をいなしながら、体勢を制御したことにも驚きだ。
アニーさんの攻撃を躱した、あるいは運良く当たらなかったフライフィッシャーは砂地に向かって頭から着地しようとしていた。が、そこはイージスさんとデュバルさんが待ち構えていた。イージスさんは直剣を、デュバルさんは背の丈程ある大剣を。
「行くぞ、デュバル!」
「指図するんじゃねぇ!」
デュバルさんは大きく振りかぶると、フライフィッシャーの着地に合わせるかのように振り抜く。ガンッ!と鈍い音と同時にフライフィッシャーが弾き飛ばされる。弾かれたフライフィッシャーをイージスさんが無駄な動きなく、一気に一閃ーー。
「オラオラッ!イージス休んでじゃねーぞ!!」
「休んでない!やっているだろう!」
二人の息のあった連携にフライフィッシャーの山が少しずつ積み上がっていくが、その連携もかいくぐったものは、砂地の中へと潜り込む。
「させません!裂き貫く不可視の咆哮」
アニーさんの魔導石を唱えるが、特に何も起きない。
「いたっ…!」
すぐ横でノルンが声を上げ耳を押さえる。どうしたの、と言いかけたその時、砂の中から隠れていたフライフィッシャーたちが一斉に飛び出してきた。
「サイレント・スクリームは、超高音を発生させる魔導石だよ。ほとんどの人は感知できないけど、ノルンさんは聞こえたみたいだね」
そう言うフリッツさんも耳を押さえていたから、聞こえたのだろう。俺は何も聞こえていない…。
出てきたフライフィッシャーたちは、イージスさんとデュバルさんに切り伏せられていく。ものの数分も経たないうちに、全てのフライフィッシャーが砂地に転がっていた。
「結構な量なのに、こんな短時間で…」
砂地に転がるフライフィッシャーの数は、20匹は下らないだろう。それなのに彼らが降りて、数分で片付けてしまっていた。俺だったなら、こんな短時間で、しかもこの数を相手にできただろうか…。
船上に上がってきた3人は特に息が上がった様子もなく、まるで散歩に出掛けたかのように涼しい顔だった。
「お疲れ様です。この短時間であの数を倒し切るなんて、凄いですね…!」
素直に思ったことを発しただけだが、イージスさんとデュバルさんの顔は曇る。
「短時間か…。これでも時間はかかった方だろうな」
「ふん。ハスターがいればもうちょっとマシだっただろうな。もっともトライクがいたら、俺らはいらないだろうがな」
「まあ、彼は戦闘においては規格外ですから。比べてはダメですよ」
アニーさんですら二人の会話に困った顔をする。
「他の任務に出向いている隊員ですよ。砂漠の村に着いたら、会う機会もありますよ」
フリッツさんが後ろから補足をしてくれた。イージスさんとデュバルさんの実力は今見た通りだが、その二人でさえも不要と言わしめるトライクさんとは、どれ程の方なんだろうか。
「それでは行きましょうか!」
アニーさんが手綱を持ち、準備万端にみんなに声をかけるが、イージスさんがポツリと呟く。
「アニー様。あれ」
イージスさんが指差す先を全員が視線を向ける。そこにはヒレを大きく広げてぐったりしているレーだった。
「……」
アニーさんに視線を向けると、バツが悪そうに全員の視線から逸らす。
「…え、えっと?サイレント・スクリームの影響…ですね。じゃあ少し休憩にしましょうか」
この砂漠のど真ん中で休憩するって…、と誰もが思ったと思うが、レーの状況を見て、みなため息をついた。
まだ船の前方に街らしきものは見当たらず、ただ陽炎がゆらゆらと揺らめくだけだった。




