第20話:白羊の隊商
視界がぼんやりとする。だが、ここが見慣れた天井ではないことは確かだ。
だんだんと視界がはっきりしてくる。上から箱のようなものがぶら下がっている。どうやら明かりのようで、魔導石が入っているのか、光が溢れている。
「……っ、あ……!」
起き上がろうと腕を動かすが、全身に痛みが走る。首だけを動かし体を見ると、包帯が巻かれているのが見える。怪我を認識したせいか、だんだんと身体全体が痛み始める。
「そうか、俺、生き延びたのか…」
巨大なナイトアンタと対峙し死を感じたが、そこで助けが入ったのを思い出した。目を引くきれいな金髪を覚えている。
布の擦れる音がしたのでそちらに視線を向ける。どうやら天幕の中にいたようで、布の間からノルンが姿を見せる。手には水桶を持っている。
「ノルン…」
思うように声が出ず、掠れたような声になったが、ノルンは弾かれたようにこちらを向いた。持っていた水桶が床に落ち、水が溢れる。だが彼女はそんなことは気にもせず、こちらに駆け寄る。
「フェルン…っ!」
駆け寄ってきたノルンは笑顔を作ろうとするが、瞳には涙がみるみる溜まり、結局はぐしゃぐしゃになって泣き笑いを浮かべる。
「良かったです…!もう、目を覚ましてくれないかと…!」
ノルンは手を握ると、椅子に座るのも忘れ、床に膝をついたまま、ボロボロと涙を零し始めた。
「ノルンも無事で良かった。他の人たちも?」
「ええ、ええ。みなさん無事です。フェルンが…フェルンが頑張ってくださったので…!」
「そっか。みんな無事で良かったよ」
ノルンは祈るかのように両手で握りしめる。暖かなノルンの温もりを感じながら、みんなが無事であったことに安堵しつつ、あの状況から生き残れたことを実感する。
ノルンのすすり泣く音を静かに聞いていると、天幕の入り口でまた布の動く音がする。視線を向けると、金髪の女性に緑髪の男性、そして眼鏡をかけた男性が立っていた。
「良かった…!目が覚めたのですね…!」
女性は両手を合わせ喜ぶと、こちらに向かって歩いてきた。男性二人もその後に続く。
「えっと…」
誰かわからず困っていると、泣いていたノルンが握っていた手を離して立ち上がると、腕で目元を拭う。
「フェルン、紹介するね。私たちを助けていただいた、白羊の隊商の人たち」
ノルンの言葉に、ベッドの横まで来ていた金髪の女性が、一歩前へと出る。
「はじめまして。白羊の隊商副隊長のアニーです」
右手で左胸を押さえ、深くお辞儀をする。格好はどこにでもいる質素な小隊の格好だが、1つ1つの所作が優雅というか、気品のようなものを感じる。
「そしてこちらが医師のフリッツ、後ろにいるのは同じ隊員のイージスです」
「はじめまして。フリッツと言います。よろしくお願いしますね」
フリッツと呼ばれた緑髪の男性は柔和な笑みを見せると、腕を掴み握手をしてくれた。それと異なり、イージスと呼ばれた眼鏡をかけた男性は、軽く会釈をするだけで、表情は硬いままだ。
挨拶をしようと無意識に身体を起こそうとしたが、全身に痛みが走り、思わず呻いてしまった。
「ダメダメ。まだ寝ていてください。まだ万全では無いのですから」
そうフリッツさんに言われ、そのままベッドに寝かされる。
「すみません…。あの、助けていただいてありがとうございます。俺はフェルンと言います」
寝たきりで、かつ掠れた声で申し訳ないと思いつつも、できる限り失礼の無いように挨拶する。
「いえ。こちらこそ、みなさんを守っていただき…」
アニーさんの言葉を遮るように、イージスが大きな音で咳払いをしたため、アニーがイージスの方を振り返る。それに合わせるかのように、フリッツさんも咳払いをして、話を引き継ぐ。
「えっと、自分はその場にいなかったので話を聞いただけですが、傷の状況からして、かなり危ない状況だったのだと思います。助かったみなさんに代わり、お礼を言わせてください。ありがとうございます」
フリッツさんが深くお辞儀をすると、アニーさんも頭を下げ、イージスさんも先程よりは頭を下げてくれた。
「ふん。あんな下手な立ち回りをしやがって。自分から死にに行くようなものだろう」
3人がお辞儀をしている向こうから、また別の人が入り口に立っていた。銀の髪を肩口で揃え、鋭い目つきの人がこちらを睨んでいる。
「デュバル…」
イージスさんがポツリと漏らすかのように名前を呟く。デュバルと呼ばれた男性はイージスさんを一瞥すると、そのままこちらに向かって歩いてきた。
「大体、群れを相手に真正面から一人で挑むとか、愚策にも程がある。あんなもの、守るどころか全員で自殺しに行くようなもんだ」
ベッドの横に立ち、こちらを見下ろす。
「いいか。群れに囲まれたなら、その一角を破り、彼女たちを走らせればよかったんだ。討伐隊の野営地に戻ることだってできただろうが。それなのにわざわざあのアンタ共に意味のない土壁なんか作りやがって。運が無ければ今頃、全員アンタの腹の中だ」
確かに今改めて考えれば、あそこに留めるべきではなかった。アンタに土が有効でないことはわかっていたのだから、ノルンと力を合わせて突破するべきだった。
「それくらいにしておけ、デュバル。彼は怪我人だぞ」
イージスさんが口を挟む。しかしデュバルさんは止まらず続ける。
「うるせぇ、イージス。すっこんでろ。そもそもあの剣筋はなんだ?独学か?まともにボーンアンタすら斬れてないじゃねーか。この程度じゃいくつ命があっても足りないじゃねーか」
「はいはいはいはい。そこまでそこまで。そろそろ止めないと、彼女に桶をぶつけられるよ」
フリッツさんがデュバルさんと自分の相手に割り込みつつ、デュバルさんの後ろに視線を移す。辿るようにその先を見ると、ノルンが先程落とした桶を右手に持ち、高々と振りかざしていた。
ノルンは目に涙を溜めつつも、怒りからか、デュバルさんを睨みつけていた。
「フェ、フェルンは私たちを助けてくれたんです…!そんな言い方をしなくてもいいと思います…!」
ノルンにビビったのか、まだ何か言いたそうではありつつも、デュバルさんは鼻を鳴らすに留めた。
「ふふっ。デュバルも素直じゃないですね」
アニーさんが暗い雰囲気には合わない、小さな笑い声を上げる。
「な、何がですか…?」
「いえ、何でも」
「まあデュバルですから、ね」
フリッツさんの言葉にデュバルさんは彼を睨みつける。フリッツさんはおー怖っ、と言いながら視線を外す。
「まあ彼の戦い方は確かに褒められたものではない。けど、あの場に踏みとどまって、ナイトアンタを倒せたことは、お前も認めているんだろ?」
イージスさんの言葉に、デュバルさんは顔を赤く染める。
「うるさい!大体、お前がもっと早く気付いていれば、あいつがこんな状態にならなかっただろうが!」
今度はイージスさんの方へ歩いていき、彼に詰め寄る。
「無茶を言うなよ。そもそもお前だって気づいていなかっただろう」
「俺はアニー様を守るのに集中してただけだ!」
「俺だってそうだよ」
「はい、二人ともそこまでです。フェルンさんが起きたので、これからの話をしますよ」
アニーさんが笑いながらも手を叩き、二人の口論を止める。フリッツさんも二人を見ながら苦笑いしているところを見ると、いつものことなのだろう。
「さっきフリッツとも話しましたが、フェルンさんをオアシスまで連れて行こうと思います」
「「はぁ!?」」
イージスさんとデュバルさんが口を揃えて驚く。アニーさんはフリッツさんに視線を移すと、引き継いで話し始めた。
「フェルンさんのケガの状況はあまり良くない。応急処置はしたけれど、これ以上の治療は、ここでは望めない。1秒でも…とは言わないけど、オアシスできちんと治療をした方が良いと思う」
ノルンがベッドの横に座ると、心配そうにこちらを見る。視線を動かし、包帯だらけの自分の身体を見る。そんなに自分の状況は良くないのか。
「俺は反対です」
イージスがきっぱりと、アニーさんに向けて強い口調で答える。
「彼の状況は理解しますが、オアシスはその…何かと危険があるかと。それにここから王都も遠くはないです。王都に行けば治療も受けられるでしょう」
アニーさんに話しつつも、こちらをチラチラと視線だけよこし、まるで言葉を選ぶかのように話す。
「イラつくが、俺もイージスと同様に反対です。大体、どこの誰かもわからない奴を助ける理由は無いです」
「あら?彼はどこの誰ともわからない人たちを守りましたわよ?」
「…っ!それは…」
アニーさんからの返しにデュバルさんは詰まる。
「それに王都の状況はお二人もご存知でしょう。確かに治療は受けられるかもですが、その後までは保証できない」
アニーさんの言葉に二人は俯く。思い当たる節はあるのだろう。
「ですが、やはりオアシスは危ない。彼を連れて行くのは危険です」
イージスは引き下がらない。よっぽどオアシスは危険なところにあるのかもしれない。
イージスさんの言葉にアニーさんは考えるかのように手を口元に当てるが、すぐに顔を上げる。
「…わかりました。でしたらこうしましょう。私が彼らと行動を共にいたしますね」
「「「…は?」」」
まるで、名案!とでも言うかのように、アニーさんは満面の笑みで両手を叩く。ただこれにはイージスさんとデュバルさんだけでなく、フリッツさんも間の抜けた声が出た。
「そしたらオアシスでも危険なことはないでしょう」
「な、何を言っているんですか!それではあなたが…」
「これは、め、い、れ、い、です」
アニーさんが静かに、しかし誰もが気圧されたのか、無言にさせられた。
少しの緊張した空気の中、イージスさんが後頭部をかきながら、ため息を吐く。
「…わかりました。でしたら俺も一緒に行動します」
「おい!イージス!」
「仕方ないだろう。こうなったアニーを誰が止められるんだよ」
イージスさんの返答に、アニーさんは満足げな表情を見せる。
「決まりですね。ですが、フェルンさんの体調からして、すぐの出発は難しいでしょうから、出発は数日後にしましょう」
アニーさんはこの場にいる全員を見渡し、最後にこちらに視線を向けて微笑んだ。




