第19話:死闘と、
悲鳴と同時に駆け出すが、振り向いてノルンに叫ぶ。
「ノルン!みんなを兵士たちの方に誘導してくれ!」
ノルンが頷くのを確認し、腰の剣を抜いてホッセル車の後方へと回り込む。降りしきる雨とぬかるみが足にまとわりついて動きにくい。
後方に到着すると、一匹のボーンアンタが、腰を抜かした男性に襲いかかろうとしていた。
「させるかっ!」
握った剣を振り上げ、ボーンアンタの首元を狙って振り下ろす。胴と頭の間に剣筋が見事に入り、頭が落ちる。
「急いで兵士たちの方へ!」
何度も頷き、立ち上がると、慌てて兵士たちの方へ駆けていった。いなくなるのを確認すると、前へと視線を戻す。
前方にはニ、三匹のボーンアンタがいたが、仲間が倒されたのを見て、こちらの様子を伺っているようだ。
「フェルン!誘導できました!」
雨に混じって後方からノルンの声が聞こえる。ボーンアンタが飛びかかって来ないのを確認すると、素早く反転して走る。
ノルンと合流し、そのまま兵士たちがいる野営地に辿り着く。そこでは既に兵士たちが応戦しており、ホッセル車の乗員たちを囲むように、守っていた。
「こ、この…!」
手前にいる兵士は大きな盾を持ち、目の前のボーンアンタに剣を振り下ろす。しかし甲高い音が響き、剣が弾かれる。雨のせいか、慣れない戦闘のためなのかわからないが、ボーンアンタに傷を与えるに至っていない。
「よっと!」
ノルンを乗客たちの方へ向かわせると、兵士の前にいるボーンアンタの隙をつくように、背後から頭と胴の間に剣を振り下ろして倒す。
「大丈夫か?顔がこわばっているぞ」
ボーンアンタと交戦していた、見覚えのある王国兵に視線を移す。ボーンアンタがいなくなったことで、安堵の顔をする。
「だ、大丈夫ではないかな。まさか朝起きたら、魔獣の群れに囲まれているなんて、夢であることを願いたいよ」
王国兵が剣を構えたため、振り返ると、先程のボーンアンタたちが追ってきていた。
「実戦経験は?」
「昨日言ったでしょ。見習いのとき以来だって。もっとも、その時は魔獣なんていなかったけど」
と言うことは、これが初陣か。
「実戦経験のある人はいるのか?」
「一応…ね。その人が指揮をとっているけど、他は実戦経験ない人ばかりかな」
よく見ると、彼の持つ剣や盾が小刻みに震えていた。無理もない。初戦がこんな魔物の群れで、しかも不意打ちとは。
「なるほどね。なら倒し方をまず覚えないと、だな!」
近づいてきたボーンアンタの頭と胴の間を切り払う。
「全員聞いてくれ!ボーンアンタは関節を狙うんだ!頭さえ切り落とせれば、勝てる!」
雨が激しく降っているため、どれくらいの兵士たちに届いたかわからないが、何人かの兵士は頷いてくれた。あとは彼らの統率に任せよう。
大声をあげたためか、それを皮切りにボーンアンタが一気に襲いかかってきた。何匹も一度に相手はできないため、剣を横殴りにしたり、剣で足の関節を狙うなど、動きを止めたあとに、隙を見つけては頭を切り落とす。
兵士たちも倒し方がわかれば、順調に倒せるようになり、数を減らしている。はずだが、そもそもが多いのか、次から次へとボーンアンタたちが出てくる。しかもこの雨の中だ。土がぬかるみ、衣服が水を吸って重くなれば、だんだんと動きも悪くなる。
一匹のボーンアンタの頭を狙うが、動きについていけず、振り降ろした剣は、何も捉えることなく地面に突き刺さる。
「この雨さえなければ…!」
このままでは、こちらの体力が持たず、瓦解するのが目に見えている。どうしたものか、と考えていたところ、不意に後ろから叫び声が聞こえてきた。
「も、もう嫌よ!こ、こんなの!」
「お、俺もだ!お、俺も逃げるぞ!」
一向に状況が変わらないことに痺れを切らしたのか、ニ、三人の男女がボーンアンタのいないところめがけて走り出し、そのままボーンアンタの包囲を抜ける。
「まずい…!あれは罠だ!」
意図的とも見えるあの配置は、アンタが群れで獲物を狩る際に行う罠だ。包囲に穴があるように見せかけ、獲物を誘導し、その先で仕留める。彼らが群れで行う集団作戦だ。
「私が追いかけます!」
「あ…待つんだ!ノルン!」
説明する前にノルンも走り出してしまった。俺が罠と言ってしまったため、連れ戻そうと考えたのかもだが、その先にいるのは、仕留め役のナイトアンタだ。ノルンでは太刀打ちできない。
「すまん!ここは任せる!」
近くにいた王国兵にそれだけ言うと、急いでノルンを追いかける。彼から静止の言葉をかけられるが、止まっている場合ではない。
ぬかるんだ土に足を取られ、雨で遠くの視界がぼやけつつも、なんとかノルンを視界におさめながら走る。
すると不意にノルンの姿が消える。
「ノルン!」
もはや水の鎧と化した衣服が重くのしかかるが、足に力を込め、更に踏み込む。1秒でも速く…!
ノルンの姿が消えた辺りに着くと、どうやら女性を助けるために飛びついたのか、女性を抱えたまま、地面に転がっていた。
その目の前では、前脚を高々と上げるナイトアンタが、仕留め役の責務を果たそうとしていた。
「させるかよ!」
ナイトアンタとノルンたちの間に飛び込み、振り下ろされた前脚を、間一髪で、剣で受け止める。目の前に鋭く尖った前脚の先が迫り、雨粒が硬い外殻を通り、先から顔へと落ちる。
「ノルン、今のうちに、全員を移動させて」
なんとか攻撃を耐えつつも、なるべく大きな声で叫ぶ。なんとかノルンには聞こえたようで、こちらに、と言う声と、立ち上がって走り出す音が聞こえた。
「おらぁ!」
身体を捻り、ナイトアンタの攻撃を横に流すと、前脚が地面に突き刺さる。その隙にナイトアンタとの間合いをとる。
「おわわわ!」
声の方を確認するとナイトアンタの後ろで、男性がボーンアンタに足止めをされていた。急いで駆け寄り、ボーンアンタの横腹を勢いよく蹴り上げ転がす。
「彼女のところに!」
男性は何度も頷くと、ノルンたちに向かって駆け出す。が、さらにその先では、ボーンアンタが周辺を囲っていたようで、別の男性と共に、大きな土壁を背に、身をかがめていた。
それをナイトアンタが見逃すはずもなく、ゆっくりとノルンたちに向けて方向を変えたため、急いでノルンたちの方へと向かう。
「くそ、完全に囲まれたな…」
ノルンたちに背を向け、こちらに向かってくる正面のナイトアンタ、周囲のボーンアンタを睨みつける。
「ノルン、魔導石は…?」
「ごめんなさい。今攻撃系はフレイム・バレットくらいしか…」
この雨では炎系は意味をなさないだろう。つくづくこの雨には悩まされるな。
「補助は?」
「ファスト・ヒールに、アース・シェイプとアース・ウォールがあります」
「じゃあそれで、みんなを守る洞穴を作ってくれるか?」
「わかりました!」
ノルンの邪魔をされては困るので、アンタたちから目を離さない。まだ少し距離があるためか、襲ってくる感じはしない。勝手な想像だが、ゆっくりと獲物を追い詰めて、笑っているようにも見えてくる。
「地隙を拓く一夜の仮庵!」
激しい揺れと轟音が響く。アース・シェイプは地面に穴を開ける魔導石だ。それにアース・ウォールで蓋をすれば、簡易的な身を守る空間が作れるはずだ。
「フェルンも早く!」
「いや、俺はダメだ。アンタは土に巣を作る魔獣だ。土壁なんてすぐに掘ってしまうから、誰かが外でここを守らないと。大丈夫。そのうち野営の兵士たちが来てくれる」
「でも…!」
「いいから早く!もうあいつらはいつでも攻撃できるんだぞ!」
アース・ウォールを唱えないノルンに苛立ち、つい大声で叫んでしまった。
少しの間のあとにノルンが呟く。
「後で、会いましょう…!遍くを包む大地の抱擁…!」
再度地響きとともに、後ろで大地からせり出す感覚がする。視線を後ろに向けると、大きな土壁が出来上がり、ノルンたちの姿が見えなくなっていた。
「さて、と」
再度視線を戻し、もはやいつでも攻撃ができる位置に、ナイトアンタとボーンアンタが並んでいた。行儀よく待っていたのか、と思わず笑ってしまう。
「来い!ここは絶対に通さない!」
ギイイイイイイイイィィィィィィィィ…!
ナイトアンタが叫び声を上げる。それに呼応するようにボーンアンタたちが一斉に飛びかかってきた。身体を捻り、両手で剣を引くと、タイミングを狙って、横へと剣を薙ぐ。
「んぎぎ…!っらあ!」
吹き飛ばすまではいかないが、横へと払うことができた。が、次に飛びかかってきたボーンアンタは避けきれず、鋭い口や脚の先が、皮膚を切り裂き、肉を抉る。
「クッソ…!」
全身を痛みが襲う。だが、頭上からナイトアンタの前脚が襲う。咄嗟に地面を蹴り飛ばす。ぬかるんだ土に滑らせ距離は出なかったがなんとか避ける。振り返ると、その場にいたボーンアンタが代わりに串刺しにされていた。
「自分の仲間ごとかよ…!」
アンタに仲間の意識があるかどうかわからないが。ただわかることは、ナイトアンタにとって獲物を狩るときに必要な、捨て駒程度なのだろう。
しかし、ボーンアンタの飛びかかりを意識すると、ナイトアンタの凶刃が迫る。両者の見事な連携に隙がなく、防戦一方だ。せめてもの救いは、ナイトアンタがボーンアンタを巻き添えにして、数を減らしているか。だがそもそもの数が多すぎるのか、ボーンアンタの攻撃は止まない。
「このままだと、こっちの体力の限界が先に来る…!」
となると、指揮をとるナイトアンタに狙いを集中するしかない。
ナイトアンタが振り下ろす脚を目の前ギリギリで避け、無理矢理ナイトアンタの方に転がり込む。すぐ立ち上がりナイトアンタに向かって走り出す。ボーンアンタが飛びかかってくるが、最小限に身体を捻りかわす。避けきれずまともに口や脚の攻撃を受けるが、構わず走る。
ナイトアンタの前脚が振り下ろされるのを見極め、直前で横へと飛び出す。前脚が地面に突き刺さり、一瞬の隙が生まれる。それを見逃さず、中脚の関節めがけて剣を突き刺し、一気に捻る。
ギイイイイィィィィヤァァァァ…!
ナイトアンタの悲痛な叫びと共に、中脚の真ん中から先が千切れ飛ぶ。ナイトアンタが倒れ込み、頭部が地面に伏すのを見て、駆け出す。しかしナイトアンタを守るようにボーンアンタが立ち塞がる。
「どけえぇ!」
ボーンアンタの攻撃を全身に受けながらも、剣を振り頭部や脚を切り落とす。ナイトアンタの前脚が上部から迫る。振り下ろされる前脚の関節めがけ、死にものぐるいで振り抜く。脚の関節に吸い込まれると一閃――。前脚の先端が吹き飛んだ。
「終わりだ!」
頭上に構えた剣を一気に振り下ろす。頭部と胴体をつなぐ関節は、一瞬の抵抗の後に切り離され、重い頭部がぬかるんだ地面に落ちる。
「はぁはぁ…」
激しい雨の音の中に、自分の息遣いが聞こえる。力を失ったナイトアンタの身体も、地面へとゆっくりと倒れ込む。
「これで…」
終わったと言う前に、強い衝撃で吹っ飛ばされる。完全に気を抜いていたこともあり、ただ地面を転がる。
なんとか身体を起こすと、ボーンアンタが立っていた。おそらく体当たりをしてきたのだろうが、その様子は指揮官のナイトアンタが倒されたとは思えないほど、戦闘態勢を解いていないように見える。
そして、雨ではっきりとは姿が見えないが、その後ろに更に大きな影が見えた。
「まさか…」
徐々に近付いているのか、だんだんと姿が現れる。その姿は先のナイトアンタよりも倍近く大きな、アンタだった。
「クイーンアンタ…いや、違う。巨大なナイトアンタか…!」
クイーンアンタの象徴である冠のような模様は見当たらず、姿形は先程まで戦っていたナイトアンタと同じだ。しかしその巨体だけは、明らかに異常だ。
「ここで村に現れた個体と似たやつと遭遇するなんて…」
剣を地面に突き刺し、支えにしながら立ち上がる。巨大なナイトアンタを見上げ、その巨大さに圧倒される。キングアンタと言ってもおかしくない大きさだ。
だが、気後れした自分を奮い立たせるかのように、巨大なナイトアンタに向かってまっすぐに剣を構える。
水を吸った衣服とここまでの戦いの疲労で、これまでに感じたことがないほど重い。全身に受けた傷の痛みも合わさり、正直、腕を上げることすら、もはやしんどい。
足に残った力を込め、一気に駆け出す。勢いでまずは脚を切り落とそうと狙いを定めるが、突如、腹部に衝撃が貫く。気が付けば、ノルンが築いた土壁まで飛ばされていた。
飛ばされたままの格好で、地面にうつ伏せに落ちる。背中に激痛が残り、呼吸をするだけでも痛みが走る。ただその痛さに悶絶する力もなく、ただ荒く息をするしかできない。
顔に張り付く地面から、振動が伝わる。巨大なナイトアンタがこちらに近づいているのだろう。またわさわさと動くこの音は、集まって周囲で蠢いているボーンアンタだろう。
両腕で地面を押し、なんとか上半身を起こす。膝を入れ四つん這いの状態になると、顔を上げ、視線の先を睨みつける。ただ視界は霞み、巨体の影が見える程度で、周囲にいるボーンアンタもはっきりとは映らない。
「これで、終わる、わけには…」
睨む影の左上の影が伸びる。おそらく前脚を上げているのだろう。だが、もはや四つん這いの体制から、身体を動かすこともできず、ただ睨みつけることしかできなかった。
そしてただ振り下ろされるのを待つばかりと思ったとき、
「一班、二班は巨大なナイトアンタを!三班、四班はそのサポートおよびボーンアンタを!五班は救護班と共に、壁の向こうにいる人たちを救出!」
凛と響いた声とともに、大勢の人間が駆け出す音が聞こえる。討伐隊の助けが来たのか…?
そう考えていると、先程の声の主だろう。すぐ側で立ち止まる。
「…よく頑張りましたね。もう大丈夫です。あとは私たちにお任せください。救護班!彼もお願いします!」
そう言うと、彼女は金髪の長い髪をなびかせ、目の前を駆けていく。その姿を最後に世界が暗転した。




