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絶望と希望の英雄譚  作者: いなり
第一章:交錯編

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第18話:夥しい襲撃

 日も暮れ暗くなった山中で、パチパチとはじく篝火の音と、カンカンと食器同士がぶつかり合う音が響く。討伐隊が用意した食材で料理が振る舞われ、みな談笑をしながら食事にありついていた。


 拠点での待機は予想以上に長引いた。なんでも安全確認に時間がかかったそうだ。そのため、明日出発することになり、今夜は拠点で一夜を明かすことになった。もっとも、魔獣の群れの調査が全く進まなかったので、もう少し長居したい気分ではあるが…。


 ホッセル車の近くにある篝火の前で、何かの肉の塊を頬張っていると、近づく足音が聞こえた。振り向くと、昼間に出会った王国兵だった。


「やあ。君たちもホッセル車に乗ってきた人だったんだね」


 口にものを入れた状態だったので、声には出さず、王国兵を見ながら軽く会釈する。


「こんばんは。お食事、ありがとうございます」


 隣で、同じくご飯を食べていたノルンが、代わりに挨拶をしてくれた。


「いや気にしないで。これも王国兵の務めだからね」


 カップに入ったものを零さないよう、器用に隣へと座る。


「はぁ…。やっぱり野営は好きになれないなぁ」


 座った直後、王国兵から、一切の遠慮もなく、ため息が漏れる。


「いつもは違うのか?」


「うん。いつもは城門の見張りをしているからね。こんな遠征を経験したのは、見習いのときくらいだよ。なのに先輩たちが、どうせ暇なんだから俺の代わりに行ってこい、って。無理矢理交代させられたんだ」


 根に持っているのか、他にもぶつぶつと何かを言っている。他の兵たちの前だと言いにくいから、わざわざここに来たのか…?


「そもそも魔物の群れとか、怖いと思わない?オルドレアンでも最近、凶悪犯が解放されたって聞くし」


「凶悪犯の解放、ですか?」


 ノルンが視線だけこちらに向ける。俺も王国兵の言葉に、動きが止まる。解放と言われると、なんだか他人事には思えない。


 こちらの動きを気にする素振りもなく、王国兵は話を進める。


「そう。なんでも、領主の息子の命を狙った者がいるんだって。でも息子が返り討ちにして投獄したんだけど、領主が犯人たちを不当に解放したって話だよ」


 俺の解放は冤罪だったのだから、不当では無いだろう。そもそも、狙ったのは命じゃなくて、コレクションだ。しかもそれこそドラムが不当に入手した王女様の私物だし。


「フラ…、あの領主が不当に解放って…そんなことする方ではないと思うけれど」


「うん。僕も、あのオルドレアンを統治する領主が、そんなことするとは思えないけど…。でもその息子は今回の討伐隊の隊長で、次期領主とも言われているらしいけど、領主の座を譲りたくないから、暗殺を考えたのでは、と言う噂があるんだ」


 どう考えても、フラーシさんがそんなことするはずがない。討伐隊に選ばれたことすら間違いと思うのに、次期領主なんてなおさらだ。それに…


「さっき、解放されたのは、犯人たち、って言ったけど、複数いるのか?」


 実際に解放されたのは俺だけだ。チャオたち三人は捕まったままのはず。


「うん。なんでも四人組って聞いたよ。実行犯は三人だけど、もう一人、命令格の人がいるって」


 あいつらは脱獄したのか…?フラーシさんがあの三人を解放するとは思えないし。そして俺の解放と混ざって、そんな音も葉もない噂話になったのかもしれない。


「やっぱり信じられないな。オルドレアンの領主がそんなことするなんて」


「そうかな?案外立派な人でも、裏で何を考えているかわからないよ。偉い人たちなんて、金儲け以外はどうでも良さそうだし、民のことなんて何にも考えてないだろうさ」


 フラーシさんの人となりを知っているだけに、その言葉に苛ついて、王国兵を睨みつける。しかし王国兵はこちらの視線には気が付かず、冷めた目で遠くを見ていた。


「と、そんなことを僕が言ったらまずいね。今のは忘れて」


 唐突に彼は明るい声でそう言うと、よっこいっしょ、と言って立ち上がる。


「あ、明日は君たちのホッセル車の護衛で僕も王都まで行くことになったよ。だから、明日はよろしくね」


 それだけ言うと、こちらに背を向け手を振りながら、兵士たちのいる天幕に向かって歩いていった。声が届かないくらいに離れると、ノルンが近寄ってくる。


「さっきの話ですけど…」


「うん。フラーシさんの悪い噂が意図的に流されているのかも。ドラムが討伐隊の隊長に任命された件に国王が絡んでいるならこの件も無関係じゃ無さそうだな」


 フラーシさんの身に何かが、と言う程では無いと思うが、何かの陰謀が隠れている気はする。


 しかしノルンの考えていることは、そこでは無かったらしい。


「…そうじゃないです!フェルンの方ですよ!」


「え、俺?」


「そうですよ!四人組って、明らかにあの人たちの仲間と思われているじゃないですか!今度こそ捕まったら処刑になるかもですよ。王都行きも止めたほうが良いと思います」


 ノルンが力強く頷きながらも、表情は沈んでいた。


「いや、大丈夫だと思うよ。指名手配とは言っていなかったから、あくまで噂、と言うことなんだと思う」


 もし俺が凶悪犯として指名手配されているなら、兵士たちのいるこんな野営地では、魔獣の話を聞きに回った時点で、捕まりそうなものだ。


「…とにかく、今は考えても仕方ない。明日も朝早いし、今日はもう寝よう」


 そうノルンに伝えて立ち上がると、男たちの寝床となっている、ホッセル車へと向かった。


* * *


 翌朝―


 ホッセル車の屋根を、何かが当たる音で目が覚めた。何の音かと思い隙間から外を覗くと、大粒の水が降り注いでいた。雨だ。


 雨が降るのは珍しくもないが、この辺りの地域では、普段は静かに小粒が降る程度だ。こんなに激しく降る雨は久し振りに見たな。


 身体を起こし、横に置いていた剣を腰に差すと、運転席の方へと出る。雨のせいか空気は意外と冷たく、また長く降っていたのか、地面には水たまりが広がっている。


 天幕の方を見ると、兵士たちは既に起きていたようで、雨の中でも荷物を運んだりと出発の準備を進めていた。その一角、女性用の天幕の入り口にノルンの姿が見えた。ノルンもこちらに気付き、視線が合うと、手を頭の上にかざしながら雨の中を走ってきた。


「わ、冷たい!こんな雨になるなんて、珍しいですね」


 ノルンは、髪や服に付いた水滴を払う。少しこちらにも水滴が飛んできて、冷たい。


「確かに最近は晴天続きだったからな。天幕は大丈夫だった?」


 地面に直接張っている天幕では、雨の侵入がありそうなものだが。


「大丈夫でしたよ。藁の入った袋をいただいたので、木の板の上に敷いたら、思ったより快適でした。あと天幕の入り口にひさしをつけて、その下で篝火を焚いてましたから、意外と暖かかったです」


 荷台の硬い木の上で寝た俺たちとは、全然待遇が違いすぎないか。おかげであちこち身体の節が痛い。


「ごめんなさい。私たちだけ…」


 無意識に痛い箇所をさすっていたため、ノルンが申し訳なさそうな顔で謝ってきた。


「いや、大丈夫だよ。これくらい。うん。大丈夫」


 ノルンを安心させるように何度も頷いて見せる。それを見てか、ノルンの顔も少しずつ笑顔になる。


「こうも雨降ると、朝飯の準備も大変そうだな。もうこのまま出―」


 と、作業をする兵士たちの更に奥で、何かが動いたような気がした。雨で視界も悪いため、はっきりとは見えなかったが。


「…フェルン?」


 途中で言葉を区切ったのを不思議に思ったのか、ノルンが顔をのぞかせる。が、すぐにハッとなり、同じ方向を見始める。以前も同じようなことがあったので、思い出したのだろう。


「…何かいる」


 そう呟いた矢先、見ている方角とは反対側のホッセル車の後方で、複数の悲鳴が上がる。


「アンタだ!アンタが出た!」

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