第17話:山中の不穏な空気
ガタゴトと揺れに合わせて、固い長椅子に当たって痛い。かれこれ数時間乗っているが、痛みも相まって寝ることすらできない。
「王都へ向かう定期のホッセル車があると聞きましたが…そろそろ限界来そうです…」
隣に座るノルンが小声で呟く。やはり座り心地は良くないのだな。一緒に乗っている人たちも、顔をしかめているところから、同じ気持ちなのだろう。
だが王都まで歩くと数日かかるところを、乗り合いのホッセル車であれば、半日と聞けば、誰でも使いたくなるのだろう。立っている者こそいないが、座席は埋まっている。
「もうすぐ着くはずだから、我慢しよう」
そうノルンに向けた言葉だが、むしろ自分に言い聞かせているようなものだ。自分もそろそろ辛い…。
そう思っていると、右へと身体が流れそうになる。どうやらホッセル車が減速しているようだ。
「ちょうど着いたところか」
程なくしてホッセル車が止まるが、運転手は姿を見せず、何やら外で会話をする声が聞こえる。
「どうしたんですかね?まだ着いていないのでしょうか?」
「そうみたいだな。何かあったのかも」
そう話していると、荷台の前の天幕から運転手が顔を覗かせる。
「すまないが、しばらくここで待機になった。長くなりそうだから、外に出てくれても構わないぞ」
それだけ言うと、天幕を下ろし、姿を消す。
「何かあったみたいだな。とにかく外に出てみようか」
ノルンが頷くのを見て、他に降りる乗員とともに、荷台の後方から外に出る。
ホッセル車は山中で止まっていたようで、山中の途中にある広い空間で止まっていた。だが止まっていたのはホッセル車だけではなかった。
「兵士…の方々でしょうか?」
ホッセル車とは別に、多くの兵士たちが広い空間で野営をしており、簡易的な宿なのか、天幕が張られていた。オルドレアンの兵士たちとは装備や装飾が違うところから、もしかすると王都の兵士なのかもしれない。
状況を確認するために運転手の方に近づき、話しかける。運転手は荷台を引いてくれたホッセルを労っているのか、声をかけていた。
「何かあったのか?兵士が野営しているけど」
運転手はホッセルから視線を外し、こちらを向く。
「ああ、なんでもこの付近で大型の魔獣が出たそうだ。先に進みたいが、ここいらも危険らしく、進むのを止められてな。んで、ここで野営するって言うから、しばらくはここで一緒させてもらうことにしたんだ」
やれやれ、と力無く首を横に振りつつ、ため息が漏れている。ただそれ以上に気になる言葉が出てきた。
「大型の、魔獣?」
「ああ。俺もよく知らんが、ここ最近、この辺りで目撃されているらしい。襲われた話もあるらしく、急遽、討伐隊が組まれたんだとさ」
ふと、村で討伐した大型のベアが思い出される。
「まあ何にせよ、ここから無闇に出歩かない方がいい。野営地で大人しくしているのがいいだろうよ」
そう言いながら、運転手はその場から離れていった。
運転手はいなくなったが、大型と聞くと、どうしても気になってくる。あの時のベアは異常な大きさの個体ではあったが、そもそも大型の種も存在する。今回の件はベアとは違うかもしれないが。
「ちょっとこの辺りを探ってみないか?」
結果的に違う可能性もあるが、それなら違う事象でした、という結果がわかるので、調べてみるのも良いだろう。
「それは構わないですが、危なくないです?」
ノルンは心配そうな顔をする。確かに魔獣の群れと遭遇すると、俺たちだけでは対処が難しいだろう。
「拠点が見える範囲だけにしよう。何かあってもすぐ戻れるように」
「わかりました。ホッセル車も動く様子が無いですし、行きましょう」
* * *
兵士たちに聞いて回ってみたが、わかったことは多くなかった。
野営地にいた部隊は、支援を目的とした後発部隊だそうで、目的の魔獣の情報は少なかった。現時点で支援部隊が把握していることは、大型であること、大型を中心に群れを形成していることくらいだ。
また群れを形成しているため、魔獣の数は百匹は下らないと予想しているようだ。そのため、王国の兵士に限らず、オルドレアンの兵士や経験豊富な冒険者も、討伐隊に参加しているそうだ。
ただその討伐隊の隊長には…
「まさかドラムが討伐隊の隊長に任命されているとは」
兵士との会話の中で、隊長はどこぞの領主の息子だ、と度々話題に上がっていた。兵士たちもよくは知らないそうだが、兵士のひとりが、オルドレアン出身でドラムの姿を見ていた。
「挨拶のときに、フラーシさんが難しい顔をしていた理由がわかりましたね」
執務室に入った直後のフラーシさんの顔が思い浮かぶ。その机に豪華な装飾の紙を見ながら渋い顔をしていたが、あれが王都からの伝令、いや国王様からの指令だったんだろう。
「討伐隊に任命されるほど、騎士としてお強い方なんでしょうか…?」
実際に姿を見ただけのノルンでも懐疑的な印象だ。姿どころかあのデカイ態度を見た俺からすれば、当然、懐疑的、いや絶対に何かの間違いだと思っている。
「国王様からの指令だから、何か裏があるんだろうよ」
フラーシさんとの会話を思い出す。国王様の状況も含めて、王都の闇は深そうだ。
「それでどうします?このまま拠点で休みます?」
「んー、もしかすると俺の村で起きたことと同じことが起きているかもだから、もう少し調べたいんだよね」
「村で起きたこと…フェルンの村に巨大化した魔獣が現れた件です?」
「そうそう。だから少し周囲を散策してみないか?」
「わかりました。では、この近くを少し周ってみましょう」
ノルンの提案に頷くと山道から外れ、茂みへと入っていった。
* * *
「びっくりするくらい静かですね」
「ああ、群れもそうだが、小動物もいないな」
この感じは、村で森に入った時と同じだ。あの時も、普段はよく見かける小動物でさえ、姿を見せなかった。
耳をすませるが、鳥の鳴き声も響かず、ただ湿った土の匂いが、薄っすらと感じるくらいだ。
「日中なので明るいですけど、なんだか不気味です」
ノルンは警戒しているのか、身体を縮こませながら、おずおずと歩き、周囲に首を巡らしていた。
「この不気味な感じも、森で大型の魔獣に会ったときと一緒なんだ」
その言葉に、ノルンが息を呑む音が聞こえた。少し脅かしてしまったかな。
明るい空気に変えようと、ノルンに話しかけようとしたところで、少し遠くの葉がこすれる音が響く。反射的にノルンに近づき、一緒に屈む。
「な、なな、なんでしょうか?」
ノルンは思った以上にビビっているようだった。
「魔獣かもしれない。少し様子をみよう」
ノルンは勢いよく、首を何度も縦に振る。頭がもげてしまいそうだ。
少し遠くの揺れた木々に注目すると、揺れは小さかったが、だんだんと大きくなってきた。音も大きくなり、静かな空間に葉が擦れる音が響く。
注目をしつつも、腰の剣の柄に手を添える。緊張からか、手は汗をかき始めていた。
そして、ひときわ大きく揺れると、葉の間が大きく開き、勢いよくボアンが飛び出てきた。
「…っ! ボアンかよ」
「少し焦りましたね」
ノルンがボアンの姿を見て、ホッと一息ついた瞬間、もう1つ今度は大きな影が現れた。
「うお!」
「きゃっ!」
「うわわわっ!」
現れた影に驚き、ノルンと揃って声を上げる。現れたのは王国兵だった。
「イテテ…」
「だ、大丈夫ですか…?」
うつ伏せに倒れた王国兵に、ノルンが声をかける。
「あ、大丈夫です。鎧も着てますから。って、どうしてこんなところに人が?」
王国兵はうつ伏せ状態から身体を起こし、地べたに座る。
「あ、いや、ちょっと散歩を…」
さすがに大型魔獣を探しに、とは言えず、適当な言葉でごまかす。
「ちょ、危ないですよ!今ここは魔獣の群れが現れる危険地帯なんですから!」
「…でも魔獣なんて見かけないぜ?」
「それは…まあ、確かにそうなんだけど」
王国兵は周囲を見渡す。さっき現れたボアンすらも既にいなくなり、また静かな山に変わっていた。
「それより、アンタこそ何してたんだよ、こんなとこで」
「え、僕?僕は食料調達だよ。急に拠点に人が増えたからね」
よっこらせ、っと言いながら、王国兵が立ち上がる。立ち上がって気付いたが、意外と身長が高かった。
「でもこの辺り、びっくりするくらい何もいないんだよね。木の実なんかはいくらでもあるから、もっと動物たちがいても良さそうだけど…」
王国兵が鈍感なのか、この異常な静けさに気付いていないようだ。
「ま、とにかく、ここは危ないから、拠点まで案内するよ」
「あ、いや、大丈夫だよ。魔獣が出ても戦えるから」
まだ調査を始めたばかりで、何も情報を得ていない。せめて、群れの魔獣が何かだけでもわかればいいのだが。
「ダメダメ!ここは王国兵の僕たちに任せていれば大丈夫だから。さあ戻るよ」
そう言いながら、拠点に向かって歩き始めてしまった。
ノルンと一度顔を見合わせ、仕方ないと目線で意思疎通をすると、王国兵の後に続いた。




