第16話:王都に蔓延る闇
手入れを済ませた剣を、鞘ごと腰に差す。他に忘れ物がないか部屋を見渡し、特に無いことを確認すると、準備しておいたかばんを手に取り、部屋の扉に向かった。
数日前に牢から解放されると、フラーシさんの屋敷へと招待された。そしてお詫びということで、ノルンも一緒に、それぞれ客室を用意してくれて、旅立つまでの間、貸してくれた。
部屋を出ると、隣の部屋からも扉の開く音が聞こえ、ノルンも部屋から出てきたところだった。
「おはよう、ノルン」
声をかけるとノルンもこちらに気付く。
「おはようございます、フェルン」
「もう行く準備はできた?」
「ええ。もちろん。あとはフラーシさんに挨拶するだけです」
「そっか。じゃあ向かおうか」
ノルンは頷き、横に並ぶのを確認すると、長い廊下を歩き始めた。
指名手配されていた影響はほとんどなく、街中に出ても、特に気にすることはなかった。フラーシさんのおかげかはわからないが、旅の準備は問題なく進められ、今日旅立つことができる。
財布がお金とともに戻ってきたのが一番大きいな。そこだけはセッタに感謝だ。
「そう言えば、ドラムのやつはあれ以来見ていないな」
「ドラム、さんって、息子さんの?」
「そう。あのいけ好かないやつ」
「以前すれ違った際は、だいぶ元気は無さそうでしたが…」
「まあ、コレクションを取り上げられたからな。でも自分のせいだから、同情の余地はないけど」
解放された翌日に、屋敷で一度だけすれ違った。彼の家でもあるので、出くわすことはわかっていたが。ただ牢で会ったときとはまるで別人で、口からドラムの魂のようなものが出ていそうな感じで、すれ違ったことさえ、気付いていなさそうだった。
後からフラーシさんに確認してみたら、ドラムのコレクションのうち、王女様の私物と思われるものは、全て取り上げ、屋敷で厳重に保管することになったそうだ。いつかお返しすることを考えてのことだろう。
「あの消沈ぶりを見ていると、ちょっと可哀想に見えました」
「そうか?俺からしたら、当たり前だろって思うけどね」
まあノルンはあの牢屋におらず、ドラムの嫌味なところを見ていないからな。そう見えても仕方のないことだけど。
長い廊下をノルンと歩き、途中にいる執事やメイドの方に挨拶していると、フラーシさんの執務室の前に着いた。
軽くノックをすると、どうぞ、と言うフラーシさんの声を確認し、扉を奥へと押した。
「おはようございます、フラーシさん」
「ああ、君たちか」
フラーシさんは渋い顔をしていたようだが、顔を上げこちらを確認すると、優しい顔になり、読んでいた紙を机の上に置く。ノルンが部屋に入るのを確認すると、俺たちは並んで執務机の前まで歩き出す。
「今日オルドレアンから旅立とうと思ったので、挨拶に来ました」
「そうか、今日旅立つのか。ゆっくりと準備はできたか?」
「ええ、万全です」
ノルンはそう言うと、軽い咳払いをし、背筋を伸ばす。
「フラーシさん。フェルンを助けていただき、本当にありがとうございました」
ノルンが深くお辞儀するのを見て、慌ててお辞儀をする。
「いや、こちらこそ、愚息の非礼を重ねてお詫びしたい。特にフェルンくんには、申し訳ないことをしてしまった」
フラーシさんは椅子から立ち上がり、深く頭を下げる。そんなフラーシさんを見て慌てる。
「あ、頭を上げてください!もう十分なほどにお詫びは頂いたので、大丈夫ですよ」
指名手配の取り消しはもちろん、屋敷に旅立つまでの数日間、泊めていただけた。おかげで宿代も浮き、準備も捗った。
彼は頭を上げると、真面目な顔を崩し、微笑んだ。
「そう言ってもらえると、こちらも助かるよ。教会の依頼もたくさんこなしてくれたようだな。感謝の言葉が来ていたよ」
そう言い、また執務の椅子にゆっくりと腰掛ける。
「我が息子も、地道かもだが周囲の信頼を勝ち取ってもらいたいものなんだがな…」
少し暗い顔をして、やれやれ、と首を横に振る。
「その息子さんはどちらに?」
見掛けないのを不思議に思い、ノルンが尋ねる。俺からすれば、どうでもいいことだけど。
「ドラムは…王都からの伝令があってな。少し遠出をしておる。しばらくは戻らんよ。ところで、次はどこに向かうのかな?」
そう言うフラーシさんの顔は少し不機嫌気味に机に視線を移していた。話題を変えるところを見ると、あまり突っ込まれたくなさそうだが、横目で見ると、何やら豪華な装飾がされた紙が置かれていた。
「次は王都に向かおうと思っています」
ノルンがそう答えると、フラーシさんの眉がピクリと動く。
「…王都に?」
「はい。実は私達、旧時代の遺物を探しているんです。なので、王都を拠点に探そうと思って」
ノルンが説明をするが、フラーシさんは口元に手を当て、何かを考えているようだった。
「移住…という訳ではないのかな?」
フラーシさんの思わぬ問いに、ノルンと一度顔を合わせる。
「周辺を探す間の拠点ですね。用事が済めば、また他の地域に移動しなくてはいけないので」
そう答えると、フラーシさんは考え込むかのように黙り、少しして机の引き出しから一枚の紙を取り出す。そして何かを紙に書くと、書き終えた紙をこちらに渡してきた。
「これは王都の出入りに必要となる通行証だ」
「通行証?」
フラーシさんから紙を受け取る。受け取った紙は上質で、蜜蝋の印と今書いたフラーシさんの名前が記載されていた。
「私発行の通行証だ。それがあれば、商隊と同じように、王都への出入りが自由だ」
「いいんですか?かなり貴重なものと思いますが…」
「ああ、構わない。今の王都は外に出るにも、金がいる。迷惑をかけたお詫びだ。受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
改めて深く頭を下げる。もう既に十分なほどのお詫びはもらっているが、この先までも助けていただけて、本当に感謝しかない。
「王都は厳重なのですね。出入りするにも許可が必要なんて」
ノルンの言葉に、フラーシさんは首を横に振る。
「いや、本来そんなものは不要だろう」
そう話すフラーシさんの声は冷たく、さっきまでの明るい雰囲気とは違った。
「現国王の施策だ。技術力の漏洩抑制のため、王都から出るには、高額な出都税を払う義務がある、とな」
「出都税?」
聞き馴染みのない言葉に聞き返す。
「王都から出る際に税を納めよ、と言うものだ。技術力の漏洩抑制などと言ってはいるが、実態は王都に民を縛り付け、逃げ出す権利を奪っているに過ぎない」
「逃げ出す権利…ですか」
「そうだ。今や王都は、富のある者は現王に媚を売り、贅を尽くす一方で、貧しきものは王都から出ることも許されず、ただ労働力のみを求められる」
そう言うとフラーシさんはこちらを見据える。彼と合った目は憂いを持っているように見える。
「君たちも王都を拠点にするならば、長居をする必要はない。そして、深入りもしないことだ」
そこまで言うとフラーシさんは急に立ち上がり、先程までの暗い雰囲気を一掃するかのように、明るい声を出す。
「いや、済まない。せっかくの旅立ちなのに、ついつい暗い話をしてしまったな。もう行くのだろう?」
「あ、はい。そうですね。もう準備もできているので」
急な明るさに一瞬気圧されたが、すぐに返事をし、持っているかばんを見せる。
「それじゃあフラーシさん。とてもお世話になりました。またオルドレアンに来たときは、挨拶に来ますね」
「ああ。楽しみにしているよ」
軽くフラーシさんに会釈をし、執務室を後にした。閉まる扉の先では、フラーシさんが険しい顔で、先程の紙を手にしていた。




