第15話:ドラム・コレクション
牢に併設されていたベッドの上で、ゆっくりと瞼を開ける。横になったときは寝れるか心配になる寝心地だったが、気付いたら寝てしまっていた。
地下牢には窓が一切ないため、起きたものの、今はいつなのかさっぱりわからない。耳を澄ましてみるものの、外の音どころか、扉の向こう側の音も聞こえず、ただ隣の牢の寝息しか聞こえてこない。
隣の3人もいつの間にか寝てしまったようだ。ドラムとの約束の詳細はわからないが、おボスはかなり荒れていた。裏切られたのは確かなようで、ドラムの消えた扉に向かって、しばらく騒ぎ立てていた。
嘘つき野郎!だの、約束が違うだろ!など言っていたが、お前が言うのかよ、と思いつつも、口にはしなかったが。
もっとも、ドラムの発言には同じように腹を立てていたが、それを聞いてしまったためか、逆に気持ちは落ち着いていた。
「しかし、どうするかな…」
処刑をされるつもりはないが、ここで何か対処しようにも、武器も取り上げられているため、何もできなかった。
「かと言って、ノルンに助けを求めることもできないし…」
外の光も入らない地下牢では、ノルンと連絡する術もない。そもそもノルンがどこにいるかもわからない。
「んーーーーーーーーー!」
唸りながら、結局またベッドに、仰向けに倒れ込む。
「おい、フェルン・ニール」
急に隣の牢から名前を呼ばれる。おボスの声だ。
「…なんだよ?」
身体を起こし、不機嫌さをたっぷり乗せて返事をする。
「そうカリカリするな。同じ牢に入れられた運命共同体だろ」
「何が運命共同体だよ。お前らのせいだろ」
「結果的に一緒だろ。で、お前、これからどうするんだ?」
「どうするって…。どうしようも無いだろ。武器も取り上げられているんだから」
「はっ!じゃあ何か、処刑されるまでここで待つつもりかよ。しかも濡れ衣で」
まるで馬鹿にするような言い方だ。
「そもそも濡れ衣を着せたのはお前らだろうが」
「財布を取られる甘ちゃんが悪いんだよ。最果ての英雄様も、結局はここまでってことだな」
盗んだのはそっちだろ、と言いかけて、おボスの言葉に違和感を覚える。
最果ての英雄…?どうして出身を知っているんだ…?
疑問に思い、問い詰めようとしたところで、不意に牢屋の入り口の扉が開かれた。扉の方を見ると、見知った人が立っていた。
「フェルン!」
鉄格子の前に駆けてきたのは、ノルンだった。その顔には、安堵したような、心配したような表情を浮かべていた。
「ノルン!どうしてここに?」
「フェルンが捕まったとわかって、ここまで連れてきてもらったの」
ノルンが視線を向けた先には、男性が立っていた。高貴な衣服をまとっているため、位の高い方とわかるが、ドラムのように派手な格好ではなく、落ち着いた感じの出で立ちだった。
男性はゆっくりと歩くと、ノルンの横に立ち並ぶ。
「君がフェルンくんか。初めまして。オルドレアンの領主を務める、フラーシ・スコーンだ」
そう名乗ると、ゆっくりとフラーシさんがお辞儀をされたので、慌ててお辞儀をする。
「フェルンが連れて行かれたあと、神父様から、フェルンが一昨日の事件で指名手配されているって聞いたの。でも、一昨日はずっと私と一緒だったから、何かの間違いって話をしたら、領主様を紹介してくださったの」
「そうか、ノルンありがとう、助かったよ。実際、俺は濡れ衣を着せられたんだ」
隣の牢におボスたちがいること、濡れ衣を着せられたこと、ドラムが来て処刑を宣告されたことを伝える。
一通りの話を聞いて、フラーシさんは額に手を当てる。
「我が息子ながら、何をやっているのだ。ロクな調査もせず、指名手配に処刑とは…。そもそもコレクションとは何なのだ」
「姫さん関連の小物や肖像画だよ」
フラーシさんの問いに答えたのは、隣の牢いるおボスだった。
「君は…?」
「おボスです」
「ちげーよ!!」
フラーシさんの問いかけに名前を答えたつもりだったが、違ったらしい。でもおボスって呼んでたよな…?
「俺の名は、チャオ・ドルミナスだ。おボスはコイツらが勝手にそう呼んでいるだけだよ」
思った以上に可愛らしい名前で、見た目との差が激しい。ノルンに至っては、ちょっと笑っている。
「おい、笑ってんじゃねーよ。ったく。で、なんだっけか?」
「コレクションの話だ」
フラーシさんが、チャオの見た目と名前の可愛らしさとの差など、全く意に介さず、続きを促す。
「あぁ、そうだ。あんたの息子のコレクションは、王国の姫さんの私物や肖像画だったよ。もっとも、本物かどうか疑わしいがな」
「そうか…。そんなものに金を使っているのか、あいつは」
フラーシさんが再度、額に手を当てる。それを見つつ、チャオに気になったことを確認する。
「なんでそんなこと知っているんだよ?」
「あ?そりゃあ、盗もうと思って、現物を見たからな」
思った以上に単純な理由だった。
「別にあいつのコレクションが何かなんて、知らなかったさ。だが、コレクションと言うから、大層な価値のあるものと聞いて、屋敷に侵入したのさ」
チャオの声は、あからさまに残念そうな声だった。
「なるほど。君はコレクションが価値あるものと考え、屋敷に侵入したのか」
「ああ、そうさ。最初からそんなものと知ってたら、盗みになんて入らねーよ。クソ、あの情報屋、思えば嘘ってことじゃねーかよ」
確かに。そもそも王国の姫の私物なら、世の中に出回ること事態おかしい。それこそ私物なのだから、盗品と言うことになる。
「価値、という点においては、あるがね。ましてや我が息子なら、本物の可能性は高いだろう」
フラーシさんがため息を吐き、続ける。
「知っているかもしれないが、この国の王女様は、現在、行方不明だ。十数年前の事件を最後に行方がわからんくなっている。既に亡くなっているという噂もあるが、確認されていない以上は生きていらっしゃると信じている」
「ですが、それと価値が高いことと、ドラムさんが本物を持っている理由はわからないですが…」
ノルンの問いに、フラーシさんは躊躇う素振りを見せたが、すぐに口を開いた。
「あまり大きな声で言えないが…。現国王が、王女様の私物を勝手に持ち出し、売り捌いている」
驚きの内容に、思わず、え!と声が出てしまい、眉間にも皺がよる。驚いたのはノルンも同じようで目を丸くしている。
「証拠が無いため、噂とされているが、ほぼ間違いないだろう。そして我が息子は現国王に気に入れられているため、本物を手に入れている、と見ている」
フラーシさんは、またため息をつく。普段からため息をついているのだろうが、あの息子なら頷ける。
「だが、早々に処刑をしようとした理由が、これでわかった。事実を知ったものを、早々に片付けたかったのだろう」
フラーシさんはこちらに視線を向けると、深々と頭を下げる。
「本当に申し訳ない。我が息子の失態、この通り、お詫び申しあげる」
「い、いえ、そんな。頭を上げてください!」
フラーシさんに頭を下げられ、申し訳ない気持ちの方が勝る。そもそもあの息子の方が悪いわけだし。
「君の身柄は開放させてもらうよ。1日も拘束してしまい、本当に申し訳ない」
フラーシさんは、いつの間にか扉近くに立っていた兵に指示をすると、牢の鍵を開けてくれた。重い鉄格子を押し、外側に出る。
「1日とは言え、長かったな」
「出れて良かったです。一時はどうなることかと思いましたけど」
「俺も。武器も取り上げられてたから、どうしようもなくて、困ってたよ」
両手を伸ばし、大きく伸びをする。牢から出ただけだが、解放感を感じる。
「おう。じゃあ俺たちも、開放してくれ」
隣の牢にいるチャオが鉄格子越しに話しかけてくる。ブットとセッタも起きていたようで、並んで開くのを待っているようだ。
「君たちを開放することはできない」
フラーシさんがチャオたちに向けて宣言する。
「あぁ!?なんでだよ」
チャオが不機嫌さを顕わにするが、フラーシさんは全く動じない。
「先程、君は言っただろう?コレクションが価値あるものと考え、我が屋敷に侵入したのだと。これはフェルンくんから聞いた話と違うな。君は彼から指示されたのだと、言っていたそうだが?」
「あー…あれだ、そいつから、そう聞いたんだよ。な、お前ら」
両脇に並ぶブットとセッタに聞く。セッタは繰り返し頷くが、ブットは首を傾げる。
「そんなこと聞いてー」
ブットの声は、チャオの振り下ろした拳にかき消された。
「それだけではない。君はこうも言っただろう?情報屋の情報は嘘だった、と」
「…」
「君は情報屋から、コレクションの話を聞いたと考えるのが、妥当だろう。少なくとも、フェルンくんから聞いたわけではない」
フラーシさんは隣の牢に向かって歩き出すと、チャオの前に立つ。
「何かを盗んだわけではないが、屋敷に侵入したことは事実だ。そして関係の無い人物に罪をなすりつけた」
顔をチャオに近づける。この動きは、やっぱり親子なのだろう。
「立派な犯罪として成り立つ以上、ここから出すわけにはいかん」
そしてすぐにフラーシさんは顔を離す。
「もっとも処刑にするつもりはない。代わりの罰は受けてもらうがな」
それだけ言うと、フラーシさんはこちらに歩き出してきた。
「あ、おいコラ待て!」
チャオは呼びかけるが、フラーシさんに促され、ノルンと共に扉に向かって歩き出す。
「こんな目にあうのも、セッタが頭をぶつけて倒れたせい、なんだな」
「おめーが、いい匂いがするからって厨房に入ったせいだろうが!」
「お、おボスひどい!ちゅ、厨房の前なんかを通るのが悪いんだな!」
「えっと、逃走ルートを考えたのは…おボス?」
「俺のせいかよっ!」
3人の話し声が背中越しに聞こえるが、それも牢屋を出て扉が閉まると、声が小さくなり、階段を上がるにつれ、徐々に聞こえなくなった。




