第13話:見当たらない財布
ノルンと挟む机の上には、この辺りで採れた野菜や果物を使ったサラダに、ココッケやトントンを使った肉料理が並んでいた。どの料理からも美味しそうな香りが漂ってくる。
「よし、じゃあ食べようか」
美味しそうな料理の向こう側にいるノルンに声をかけるが、俯いたまま、静かに頷く。
黒ケープの男の襲撃後、オルドレアンに戻っては来たが、ノルンは見るからに沈んでいた。明確な殺意を向けられたのだ、無理もない。
リアファルさんがいれば、軽い口調で場を和ませてくれたかもしれないが、当の本人は既にこの場にいない。
「教会から尋ね人となっている人間が、街に入れるわけないだろう?なに、いつものことだから、自分はここいらでお別れだ」
と言って、オルドレアンに入る前に去っていった。
何のためについてきたんだろう?と思ったが、ノルンが沈んでいたから、リアファルさんなりに気遣ったのだろう。
美味しそうな料理を目の前に、食べたい気持ちはあるが、一旦持っていた食器を置いた。
「ノルン、大丈夫か?」
ノルンは静かに頷く。
「…ノルンはあの黒ケープの男に心当たりあるのか?」
今度は首を横に振る。
「何か恨まれる覚えとかは?」
「無い…と思います」
自信無く答える。あれだけの明確な殺意を向けられたのだ。全くない、とは言えなかったのだろう。
「…旅、やめる?」
命を狙われる危険な目にあったのだから、一応、聞いてみる。ただこちらの予想通り、ノルンは首を横に振る。今度はさっきよりも激しく。
「だよね。止めないと思ったよ。俺はさ、ノルンが世界を壊す、ってあいつが言うから、凄い腹が立ったんだ。ノルンは世界を救おう、って決意して旅出たのに、何の根拠もなくあいつは否定したんだ」
そう思ったからこそ、あいつを強く否定し、自然と剣を握る手に、力を込めていた。
「あいつはこれからもノルンを狙って襲ってくると思う。けど、俺はノルンを信じて守るよ」
「…ありがとうございます」
ノルンはこちらに顔を向け、笑ってくれていた。眉尻はまだ下がっていたけど。
「じゃあ改めて、食べよう。もうお腹が空いて仕方ないんだ」
空腹で鳴りそうなお腹を、何度もさする。
「そうですね。せっかくの料理が冷めてしまいます。食べましょう」
ノルンが食器を持つのを見て、自分も置いていた食器を持ち直し、机に乗った料理に手を伸ばした。
「そう言えばですが…フェルンはお金が無いのですよね?」
机に乗った皿が少しずつ空き始めたタイミングで、ノルンに指摘され、思わず手が止まる。
…そうだった。
「忘れていましたね」
「…ごめん」
「まあ、仕方ないです。お財布落としてしまったのですから」
「…明日、教会で依頼の報酬貰ったら、ノルンにお渡しします」
ノルンが沈んでいたのもあるが、夜遅くに教会行くのも迷惑では、と思い、依頼の報告は明日行くことにしていた。
「そうしてください。ここは私がお会計をしておきますね」
ノルンはそう言うと、パンを口に含み、満足そうな笑顔を見せる。
「…でも違うと思うんだよな」
「何がですか?」
「財布落としたの。ノルンが絡まれた場所は、宿出てすぐだったから、そんな短時間で落とすとも思えないんだよ」
宿は前払いだったから、その時に財布は出している。その後部屋に戻ったが、すぐに宿を出るつもりだったから、財布も取り出すことなく身につけていたはず。荷物整理もほとんどしていないから、宿を出たところに無いなら…
「宿か…」
「え、宿に置いてきただけなんですか?」
ノルンの顔が訝しむような顔になる。
「違うと思うが…」
財布を取り出した記憶はないが、もしかしたら、もしかするかもしれない。
「と、とりあえず、宿に着いたら、落ちてなかったか聞いてみるよ」
「部屋も探してください」
「…はい」
ノルンに有無も言わさずな口調で言われ、思わず頷いた。
翌日ー
依頼報告のため、教会前でノルンを待っていると、小走りになったノルンがやってきた。
「お待たせしました。フェルンは早いですね」
「そう?ノルンも5分前に着いたから、十分早いよ」
自警団の見廻りで早起きすることが多かったから、自然と朝は早く起きる習慣が身についていた。今日も早朝から軽く街中を散歩してから、朝食に向かったくらいだ。
「まあ、ともかく。依頼の報告に行こうぜ」
昨日採取した薬草をノルンに見せると、教会の入口に視線を向けた。
「はい。では行きましょう」
入口に向けて二人で歩き出す。
「量が多いから、報酬も多くなるの?」
「そうですね。ただ薬草採取は、それほど高単価では無いので、あまり期待をしない方が良いと思いますよ」
確かに。昨日は森まで出歩いたが、薬草は街周辺でも採取できるものだ。
教会の入口の扉を押してノルンを通すと、続けて自分も通る。
「神父様、おはようございます」
教会の奥では、初老の神父が箒を持って掃除をしていた。
「薬草をたくさん採ってきましたよ」
神父が見やすいように、身体を横に避けるのを見て、持っていた薬草の袋を上げる。
「おお!これはこれは。ありがとうございます。では、さっそく報酬の支払いをいたしましょう」
神父は掲示板の前に移動し、受付代わりの机から帳簿を取り出した。
「では中身を拝見させてください」
机の上に持ってきた薬草袋を置く。神父は薬草袋を開けて中身を確認する。
「これはこれは、想像以上に多いですね。数えますので、少しお待ちください」
薬草袋を持ち後ろの扉を開くと、中に入っていった。
「…あの量を数えるのか?」
いくらなんでも、一人で数えるには量が多い気がする。
「違いますよ。おそらく薬草として利用できるものを計測する装置を使うんだと思います」
「そんな装置があるのか?」
「ええ。教会で作ったものだと、村の司祭様から聞きました。私の村でもありましたよ?」
「…俺の村は教会すら無かったもので」
その答えに、ノルンはくすくすと笑い出す。昨日のことは尾を引かなかったようで、少し安心した。
「お待たせしました。こちらが報酬になります」
ちょうど話を終えたところで、神父が扉から出てきた。報酬の入った小さな袋を持って。
「ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ、こんなにたくさんの薬草を、ありがとうございます」
神父から差し出された袋を受け取る。
「今日も何か依頼を受けますか?」
神父は掲示板を一度見て、こちらに視線を戻す。
「そうだな…。お金があって困ることでもないし」
「そうですね。では、今度はフェルンが選んでください」
そう思い掲示板の依頼の紙を見ていたが、ふと神父が目を見開いてこちらを見ていた。
「どうされました?」
「あなたが、フェルン・ニールですか…?」
「え…は、はい。そうですが…?」
唐突に名前を呼ばれて、思わず返事をしてしまった。
名前を言ったことあったっけ…?
こちらの問い掛けには答えず、神父は青ざめた顔をすると、急いで先程の扉の奥へと入っていった。
そこからはあっという間の展開だった。
ノルンと戸惑いながら顔を見合わせていたら、教会の扉が激しい音とともに勢いよく開き、複数の兵士と思しき人々が入ってきた。
全員が凄い剣幕でこちらに迫ると、抵抗する暇もなく地面に伏せられ、両手を後ろ手に縛られた。そのまま無理矢理立たせられ、教会から連れ出され…
ガシャン!
気付けば石造りの牢屋に放り込まれていた。
「え?どういうこと…?」




