第12話:黒の来訪者
「いやーすみませんね〜。つい調査にのめり込んでしまいましたよ」
はっはっは、と笑いながら、3人で夕暮れのオルドレアンに向かう街道を進んでいた。
リアファルさんの調査が終わるのを、遺物の近くで待っていたが、一向に終わる気配はなかった。とはいえ、日が沈んだ森を通るのは、夜行性の魔獣に襲われる可能性もあるため、半ば強引にリアファルさんを引っ張って連れて帰ってきた。
「ところで、何の調査をしていたんですか?」
左の後ろを歩くノルンが、同じく後ろの右を歩くリアファルさんに尋ねていた。
「うむ。実はだな、自分は飛空機械の調査をしているのだが」
「「ヒクウキカイ?」」
聞き慣れない言葉で思わず聞き返したが、ノルンも同じだったようで、見事に重なった。
「飛空機械だ。旧時代にあった空を飛ぶ機械だったと思われる」
「空…ですか?」
ノルンの言葉を聞いて、思わず上を見上げる。青空は既になく、空の端から広がる茜色が、夜の藍色へと溶け込んでいくかのようだ。
空から見る空はどんな色なんだろう、と思いを馳せてみるが、全く想像できなかった。
「どうやって飛ぶんですか?」
ノルンは気になるのか、興味津々に聞いている。
「ふむ、正直それもわからぬ。ただ旧時代の絵や書物には、大きな箱に長く横に伸びたものがついており、まるで羽を広げた鳥のように飛んでいたそうだ」
「鳥…ですか。人がその上に乗るんですか?」
「いや、その大きな箱みたいなものの中に乗るんだ。何人もね」
そんなに人が乗っても大丈夫なのか…?と思ってしまう。ホッセルでさえも数人しか乗せられないのに。
「それで、リアファルさんは結局、何を調べていたのさ?」
「ふむ。それはな、動力さ。考えてもみたまえ。そんな大きなものがどのように飛んでいたと思う?複数の人間が乗れば、その分重くなる。重くなれば、それを支える箱は丈夫でなければならない。しかし使われていた材料は鉄と思われるが、そんなものを使えば、更に重くなる。となると、飛ばすためのそんな大きな力は何なのだ?、ということになる。例えばだがー」
この辺りで聞くのを止めた。旧時代やら制御やら遺物やら、と色々と語っているが、専門分野の話をするリアファルさんは止まらない、っとここに来るまでに学んだのだ。ノルンはまじめに聞いているようだが、曖昧に頷くところしか聞こえないから、戸惑っているようだ。
* * *
リアファルさんの長話を、鳥の鳴き声を聞くように、流し聞きをしながら歩く。遠くにオルドレアンの街が見えて来たところで、街道に人影が見えた。立ち姿に見えるが、日を背にしているため、詳しい姿や表情はよくわからない。
近付くにつれ、少しづつ姿がはっきりしてきた。背は同じくらいで、おそらく男性だ。腰にまで伸びた長く黒いケープを羽織っており、フードを目深に被っている。
街道の中央を陣取るように立っており、こちらの通行を塞ぐかのようだが、フードのせいで表情が伺いしれない。
男性から数歩離れたところで足を止めた。
何か根拠があるわけではないが、とても嫌な空気を感じる。日没が近付き、影があるから、ではないだろう。
後ろの二人はまだ会話しており、気付いていなさそうだったため、腕を伸ばし静止を促した。
「…すみません。そこを通りたいので、端によってもらえますか?」
そう話しかけるが、黒ケープの男は黙ったまま、動かなかった。
「あの、すみま…」
もう1度言おうとする前に、黒ケープの男は左側に寄り、道を開けてくれた。寄ると思っていなかったため、呆然としてしまう。
「フェルン、行きましょう」
後ろからノルンに声をかけられ、我に帰ると、黒ケープの男の前を通る。
不思議に思いながら彼を見ていたが、会釈をするとフードの中の表情が少し見えた。垣間見える彼の視線は鋭く、また自分の後方を、まるで獣が獲物を狙うようにずっと見ていた。
そしてほんの少し。自分でも気付けたことが不思議なくらい、ほんの少し目元が動いたのを確認すると同時に、腰に下げていた剣の柄を取り、一瞬で引き抜く。
ガキン!
真上から振り下ろされた剣と衝突し、鈍い音が周囲に響く。その剣筋は明らかにノルンを狙ったものだった。
ノルンは、目の前で剣がぶつかりあったため、驚いて尻もちをつき、怯えた顔をしていた。リアファルさんが、ノルンを後ろから支える。
「何、するんだよ…!」
両手で剣を支えながらも、フードの中へと問いかける。しかし、黒ケープの男はこちらを睨むばかりで、何も言わない。
いや、睨む先はノルンか…?
間近で見て気が付いたが、彼は鼻から下を黒い布のようなもので覆っており、目だけを出している状態だった。
「リアファルさん!ノルンと離れて!」
声掛けにリアファルさんは頷き、半ば引きずるような形で、ノルンと後方に移動する。
その場からいなくなるのを確認すると、渾身の力で押し返しつつ、自身は後方へと下がり間合いを開ける。改めて剣を構えるが、黒ケープの男はゆったりとした動作でこちらに向き直る。
「…なんでノルンを狙った?」
構えた剣の向こうにいる彼の動きを注視する。が、こちらを向いただけで、動かない。間合いを開けたため、表情も伺いしれないが、何かを話す雰囲気もなさそうだ。
「理由もなく襲うってことは…盗賊か…?」
盗賊にしては身なりが良すぎる気もする。それに、わざわざノルンを狙ったのも気になる。
「あいつは…」
口元に布があるためか、籠もった声ではあるものの、黒ケープの男の声ははっきりと聞こえてきた。
「ノルン・カデンツァは、この世界を壊そうとしている」
何を言われたのかすぐに理解することができず、言葉を失う。
世界を壊そうとしている…?ノルンが…?
「何を、意味のわからないことを…。一体何の根拠があってそんなことを…?」
黒ケープの男は、問い掛けに最初は黙っていたが、しばらくしてから口を開いた。
「…お前にも、いつかわかるときが来る」
戻ってきた回答は、全く要領の得ないものであった。段々と心の奥底から怒りが湧いてくる。
ノルンはまともに戦うこともできないが、世界を救う『使命』のため、危険も顧みずに旅に出たのだ。ノルンとは今日初めて会ったが、その決意は感じられた。そのノルンの決意が踏みにじられたように感じる。
「お前がノルンの何を知っているか知らない。けどノルンは世界を壊すどころか、むしろ世界を救うための活動をしているんだ。それを何の根拠も無いお前に、否定される言われはない!」
剣を構え直し、力強く握る。構える姿を見て判断したのか、ひと呼吸の間を置いてから、黒ケープの男は同じように剣を構える。
「この先の旅で、お前もいつか必ず後悔する。その前に、殺す」
黒ケープの男の最後の言葉で、湧いた怒りが吹き出したのがわかった。
「今ここでお前にやられる方が後悔する!」
勢いよく駆け出し、黒ケープの男に斬りかかる。横から薙ぐように切り払うが、黒ケープの男が一歩下がり、空を切る。
だが避けられることはわかっていたので、一歩前に出ながら切り返しを狙うが、今度は剣で受け止められる。が、そのまま受け流され、前のめりに体制を崩された。
黒ケープの男が剣を振り上げるのが見えたため、咄嗟に身体を捻らせ、自身の剣を前に掲げ、辛うじて受け止める。が、剣を押し込んできたため、今度はこちらが剣で受け流し、相手の体制を崩す。
しかし崩れた勢いそのままに、転がりながら距離を取られたため、反撃が遅れてしまった。
間合いを詰めては攻撃をしかけ、受け止められては、黒ケープの男の攻撃を防ぐもしくは避ける。
互いに攻守を入れ替えながら打ち合ううちに、段々と黒ケープの男の動きが鈍くなっていくのを感じた。少しづつ剣で受け止める回数が減り、避ける際も体制を崩し、転がるように避けるようになってきていた。剣を振る力も弱くなっている気がする。
何度目かの打ち合いの後、お互いに剣を構え、距離をとっていた。自分の息遣いを確認すると、少し息が上がった程度だったが、黒ケープの男は違っていた。まるで長時間走ったかのように、肩で息をしており、何度も転がったせいか、黒いケープには土や草が付いていた。
「今か!穿ち燃え盛る赫き弾」
相手の想定以上の疲労具合に戸惑っていると、後ろからリアファルさんの声が響いた。振り返ると同時に火球がすぐ横を通り過ぎていった。魔導石を所持していたらしく、リアファルさんの放ったフレイム・バレットは真っ直ぐに黒いケープの男に向かって飛んでいく。
当たるかと思いきや、黒いケープの男は、剣を後ろに引くように構える。
まさか…!
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ…!」
フレイム・バレットが当たる直前に、黒いケープの男は、叫びながら剣を振り抜く。
ガンッ!
鈍い音が響くと同時に、フレイム・バレットは跳ね返され、こちらに向かってきた。
「なんとっ!」
リアファルさんの声を聞くよりも早く、反射的に横に跳んでいた。
「リアファルさん、避けて!」
リアファルさんも慌てながらも横に跳んで避けると、跳ね返されたフレイム・バレットは二人の横を過ぎ、地面に着弾したのか、炎が上がった。
炎をしばし眺めていたが、ふと我に返り、視線を黒ケープの男の方に戻す。しかし彼の姿はそこには無かった。
「くそ…!」
「フェルンくん!」
黒ケープの男を探そうと立ち上がり、駆け出した瞬間、リアファルさんから呼び止められた。
「深追いは止めよう。それよりノルンちゃんを」
悔しい思いはあるが、リアファルさんの言うとおり、ノルンの方が心配だ。
黒ケープの男が去ったと思われる方向を一度見るが、すぐにノルンの方へと向き直った。




