第10話:魔獣に追われた男
「はあぁぁぁ!」
剣を振り下ろし、襲ってきた最後のボーンアンタを切り伏せる。その黒い身体は音もなく地に沈み、6本の脚は動かなくなった。
「ふぅ…」
ひと息着いて周囲を見渡す。倒したボーンアンタが何匹か横たわるだけで、動く気配はなさそうだ。
「もう大丈夫だよ」
周囲の安全を確認すると、後ろの木陰に声をかけると、隠れていたノルンがそっと現れる。
「はぁ…フェルンは強いですね。フェルンがいなかったら、ここまで来れなかったかもですね」
倒れたボーンアンタたちを避けるように、遠回りしながらこちらへ歩いてきた。
「ホントそう思うよ。そもそも、どうやって一人で来るつもりだったのさ?」
軽く持っていた剣を払うと、腰の鞘に収める。
「んー木陰に隠れながらですかね」
「隠れながらって…それは無理でしょ」
ベアや小型の魔獣程度なら、隠れながらでも行けそうだが、群れで暮らす魔獣相手では、すぐ見つかってしまう。
今倒したボーンアンタはまさにそれだ。群れで暮らすボーンアンタは複数で移動していることが多く、隠れていてもすぐに見つかるだろう。
「そうですか?以前向かった場所は、隠れて行けましたよ」
「それは、運が良かっただけだよ」
もしくは群れで暮らす魔獣がいなかったのだろう。
「あ、そろそろみたいですね」
ノルンが奥に視線を移したので、追いかけるように振り向くと、木々の先が明るくなっていた。どうやら広い場所に出れそうだ。
* * *
木々の先を行くと、案の定、広い場所に出た。いや…そこは広すぎる場所となっていた。
街道から離れ、気付けば森の中を歩いていたが、その広い場所は、まるで森に穴が空いたかのように、草原となっていた。上空を覆うものがなく、きれいな空を見せている。そして広場の中央には、草木に囲まれてはいるが、もっとも違和感のある建造物が立っていた。
「ありましたね」
ノルンが広場の中央を見ながら呟く。どうやらあれがノルンの目的地だったようだ。
中央に向かってノルンが歩き出したため、追うように進む。だんだんと中央の建造物が近付くが、思った以上に大きな建造物だった。建造物の下につく頃には、ほぼ上を見上げていた。
「なんだこれ…」
思わず呟いてしまう。どれほどの大きさか正確にはわからないが、村や街にあった家よりも遥かに大きい。教会よりも大きいのではないか?材質も石やレンガではなく、錆びついた鉄だろう。長い年月を経たのか苔が至るところに付着し、その古さを物語っていた。
「これが、さっき言ってた悪さをする装置なのか?」
ノルンを見ると、静かに頷いた。
「そうです。…と言っても、私も何が悪いのかはわからないですが」
軽く頭をかきながら、自嘲するように笑った。
「と、ともかく、お仕事を進めちゃいましょう。この薬草と同じものを探してもらえますか?」
いつの間に採取したのか、ノルンの手には、その草が握られていた。
「この辺りですと似たような草はないと思いますが、間違えないでくださいね」
簡単に特徴を教えてもらうと、装置の周辺から薬草を探し始めた。
* * *
しばらくすると、それなりの数を集めることができた。これ以上は持って帰るのが大変そうだ。
「ノルン、そっちはどう?」
近くでしゃがみこんでいたノルンに声をかける。
「はい、こちらも大丈夫ですよ」
ノルンの後ろには同じ薬草が積まれていた。
「結構集まったね」
「そうですね。それだけここがいい環境なのかもです」
そう言われ周囲を見渡す。ちょうど二人の間を暖かな風が吹き抜け、地面から伸びる葉を揺らしている。
「そう考えると、これだけの薬草が育つ良い環境なのに、その装置が悪影響だと言われても、にわかに信じられないな」
高くそびえ立つ装置を見上げる。最初は違和感に感じたが、何度も見ていると、緑の付着した巨大な装置は、ここに馴染んでいるように見えなくもない。
「それで。種はどの辺に植えるんだ?」
「そうですね…できる限り装置に近いところがいい、とは言われましたが…」
ノルンが良さそうな場所を探すためか、辺りを見渡す。
と、ふと風にのってきたのか、何かが聞こえたように思え、広場を見渡す。
「どうしました?」
遠くを見回し始めたのに気付き、ノルンが声をかけてきた。
「いや…何か音が聞こえてきたけど」
気のせいか、と思った矢先に、突如、木々の間からアンタが出てきた。そしてその前には人が走っているように見える。
「な、なな、何ですか、あれは!?」
「もしかして、ナイトアンタか…!」
アンタは群れで過ごす習性を持ち、大きさによって名前が変わる。森で倒したアンタはボーンアンタだが、それよりも一回り大きいため、おそらくナイトアンタだろう。
「た、助けて〜!」
追われている人がこちらに気付いたようで、まっすぐ向かってきた。
頼むから、モンスターは連れて来ないでほしいが…。
「仕方ない…。ノルン、ちょっと隠れていてくれ」
ノルンは頷くと、装置の方へと向かっていった。ノルンが隠れたのを確認すると、ナイトアンタに視線を戻す。
ナイトアンタに追われているのは男性のようで、見てわかるほどに体力が限界そうだ。走るスピードが遅くなったところをナイトアンタが前脚を上げる。
「させるか!」
剣を抜きながら、勢いよく駆け出す。ナイトアンタの振り下ろされた大きな前脚を、抜刀した剣で受け止める。甲殻の硬さを物語るかのように、剣とぶつかると、甲高い音を鳴らす。
「く…!」
ナイトアンタは自分より大きいためか、その衝撃は強く、まるで大柄な男性が大剣を振り下ろしたかのように、力強い。
「た、助かります〜」
倒れ込むように座り込んだ男性が後ろからお礼を言うが、動かない男性に焦りが募る。
「礼を言ってる、場合じゃ、ないでしょ…!早く、そこから、逃げてください…!」
鍔迫り合いのように耐えながら、後方の男性を急かす。
男性は何度も頷くと、ノルンが手招きする装置の方へと、足どり悪く走っていく。
いなくなったことを確認すると、剣で前脚をいなしつつ、横へと転がり、すぐに立ち上がる。
甲殻が硬すぎて剣では傷もつけられない。かと言って、巨大ベアのときのように魔導石を使いたいものの、持ってもおらず、魔導石を使っていたトルクもいない。
「さて、どう戦おうか…」
ナイトアンタ前脚を上げ、鋭い牙を見せ、威嚇する。その姿を見ながら、静かに剣を構えた。
ナイトアンタは4本の脚で器用にこちらに迫ると、上げたその太い前脚を振り下ろす。
横に移動して避けるが、左右の前脚が頭上に影を落とし、連続で叩きつけてくる。
なんとか避けるものの、2つの前脚による素早い連続の振り下ろしは、時折鼻先を通り、腕を掠め、風圧が髪を揺らす。
「くっ…!」
隙を見て剣で斬りつけるものの、硬い甲殻に覆われた腕は、鈍い音だけを響かせるだけで、ナイトアンタにとっては意に介さないようだ。
距離を取るために大きく後方に移動をしてみるが、4本脚で素早く距離を詰めてくる。
「このままじゃ…こっちが保たない…!」
なんとか隙を作って弱点を探りたいが、その余裕が作れない。
そう考えただけで、反応が遅れ、振り下ろされる前脚を剣で受けとめる。が、もう1つの前脚が横から襲いかかる。
「このやろう…!」
前脚の押し込まれる力を受け流しつつ、ナイトアンタの下に転がり込む。その際、中脚を上げるのが視野の片隅に見え、そのままナイトアンタの後方へとさらに転がり、背後に抜ける。
すぐに立ち上がり剣を構えるが、ナイトアンタはゆっくりと旋回する。
「関節だ!」
旋回するナイトアンタの向こう側、装置の陰に隠れていた男性が、こちらに向かって叫んでいる。
「ナイトアンタの甲殻は重量のある攻撃で無ければ、破壊はできない!剣ならば、甲殻の間にある関節を狙うのだ!」
「大声出すな!見つかるぞ!」
だが時既に遅く、ナイトアンタは途中で旋回を止め、男性へと向き直る。
ナイトアンタと目があったのか、男性は顔を引きつらせ、装置の陰にまた引っ込んだ。
ナイトアンタが装置の方へと向かおうとしたため、走り出す。
彼がこちらに向かって叫んだのは、自殺行為のようなものだが、おかげで倒す算段はついた!
こちらへの注意が散漫にもなったので、後方の後ろ脚の継ぎ目に向かって、剣を勢いよく突き立てる!
ギィイイイイイイイイイイイイ…!
甲殻に当たり狙いは少しズレたが、甲殻とは違う柔らかい関節に傷をつけることはできたようで、ナイトアンタが初めて悲鳴をあげる。
旋回をしながら前脚でこちらへ切り払おうとするが、緩慢な動きのため、後方に動くことで避ける。目の前を前脚が通ると、すかさず、前脚の関節へ剣を叩き込む!
ギィヤアアアアァァァァァ…!
今度は見事に関節に入り、斬った脚の先が宙へと舞う。
更に叩きこもうと構えるが、痛みなのか抵抗なのか、先の無くなった前脚も含め、振り回しだした。狙いも何もなく、無作為に動かし、後ろ脚の4本も大きく踏み降ろしていた。
「だが、こっちはがら空き…!」
こちらを見ている雰囲気も無いため、ナイトアンタの後方へと走り込むと、ナイトアンタの背中に勢いよく飛び乗る。暴れるナイトアンタの背中を飛んで駆け上がり、一気に頭上へと移動する。
「これで、終わりだ!」
背中を蹴って飛び上がり、頭と胸の間の関節に向かって剣を下ろす。硬い甲殻にぶつかる感覚はなく、一瞬の柔らかい抵抗を感じると、そのまま地面に降り立つ。
近くで頭部が落ちる音がし、直後、後方で大きな身体が倒れる音が響いた。




