第9話:種を植える旅
オルドレアンの街を出て、街道を二人で歩く。
「そう言えばだけど、俺、薬草のことはよく知らないよ?」
自警団で使っていた薬草はあるが、正式な名前はよく知らない。とりあえず、傷にいいから、と言われ採取していただけだ。
「それは大丈夫です。私、これでも薬草とか花には詳しいですから」
「へぇ。もしかして植物学者…とか?」
「いえ、ただ花が好きなだけです。子供の頃から好きで、村の周りにある花や草を調べていたら、いつの間にか詳しくなって。この辺の地域に生えているものなら、わかると思いますよ」
ノルンは胸を張り、微笑みながら自信を見せる
「ノルンの村はこの辺りなんだ」
ノルンは考えているのか、人差し指を頬に当て、宙に視線を送る。
「んー・・・近いと言えばそうかもですね。オルドレアンへの定期馬車で2日くらいでしたね」
「あ、そうなんだ…」
7日間掛かっていた自分とは大違いだ。さすが最果てと言われるだけある。
「フェルンはこの辺なんです?あ、こっちに行きましょ」
ノルンが指差す方へと方向を変える。
「この辺では…ないと思う。俺は最果ての村出身なんだ」
ノルンが目を見開く。
「それなら教会が無いのもわかるかも」
なぜか妙に納得されてしまった。
「そんなになんだ。十何年もあの村で生きてきたけど、普通の村だった…と思う」
が、他の村をよく知らないから、普通かどうかもわからないが。
「でもそれなら、ここまでも遠かったのでは?どうしてフェルンは村を出たんです?」
「ああ、それは…」
ノルンに大型のベアが現れたことや倒したが、そのベアの死体が小さくなったことなど、村であったひと通りのことを話した。
「それで調査のために俺が村を出たんだ」
「そんなことがあったんですね…」
「ノルンは知らない?魔獣が大きくなったり、倒して小さくなったり…とか」
ノルンは俯いて少し黙ったのちに首を横に振る。
「いえ、私も聞いたことないです。村で魔獣が出ることはありましたけど、見たこと無いような大きさの魔獣や倒したら小さくなるなんて、聞いたことないです」
「そっか…」
少しとは言え、最果ての村に近いなら、もしかしたら同じことが起きているかも、とも思ったが、そんな簡単ではないらしい。
「でも私が知らないだけかもです。戻ったら街で聞き込みしてみましょう。私も手伝います」
胸の前で両手を握り締める。やる気十分、って感じだ。
「ありがとう。うん、そうだな。街に戻ったら酒場にでも行って、情報を集めてみよう。ところで…」
さっきまで街道を歩いていたが、いつの間にか外れた道を歩いていた。
「どこ向かっているの、これ」
「薬草の生えている場所ですよ」
ノルンはそう言うが、後ろを振り向けば、だいぶ街道から外れた場所を歩いている。教会の依頼と考えると、もっと街の近くにあるんじゃ…。
「大丈夫です。ちゃんと生えているとこ向かっていますから。ただ私の目的も一緒にできそうだから、そこに向かっているんです」
不安な気持ちを読み取ったのか、ノルンが理由も説明してくれた。
「なるほど、ついでってことか。それで、その目的って何なんだ?」
「それはですね…」
ノルンは立ち止まると持っていた小さな鞄から何かを探すと、それを胸の前で見せてくれた。ノルンの手の平には、小さいが真円と言えるほどきれいな丸い茶色いものが乗せられていた。全く見覚えの無いものだ。
「…これは?」
「種です」
「…種?」
一瞬聞き間違えかと思ったが、ノルンは頷く。
「はい。私はこの種を世界中に植えるために、村を出たんです」
意を決した宣言をしてくれたが、それが何を意味しているのか、俺には皆目検討がつかなかった。
「これは私が育てた花の種なんです。私、小さい頃から色んな花を花壇で育てていて、最近になって、この種が花壇に落ちていたの見つけたんです」
たぶん、俺の反応が思った以上に悪かったからだろう。説明してくれた。
「それで、これは何の種なんだ?」
きっとすごい種なんだろう、と思ったが、ノルンは首を振る。
「えっと…私も初めて見る種なので、何の種かよくわかっていなくて…」
ノルンは、あはは…と、困ったように笑い出す。さっきの宣言は何だったんだよ。
「でも…ある人がこれは特別な種だと教えてくれたんです。そしてこれは、世界のためにも植えるべきだって」
ノルンが節目がちに話してくれる。きっとある人は、ノルンにとって特別な人なのだろう。
「じゃあ今向かっているところは、その種を植えるところ、ってこと?」
「はい、そうです。これもある人に教えてもらったのですが、その場所に植えれば、きっと世界を救うことになるって」
ノルンは鞄に種をしまうと再び歩き出した。
「え、世界を救う!?」
ノルンの後を追うように歩き出したが、出てきた言葉に、思わず叫んでしまった。
「ええ。私もよくわかっていないんですが…世界中には、悪さをしている装置みたいなのがあるんですって。それは小さな悪さらしいですが、積み重なりでいつか大きくなり、この世界を滅ぼすことになるって」
「世界を滅ぼすって…」
周囲を見回す。街道から離れたため、地面は草で覆われ、時たま吹く風を受けてしなる。木も多くなり、通る風は草木の香りを運んでくる。見上げれば、空は青く広がり、対の鳥が楽しそうに飛び回っている。
「滅ぼされると言われても、ピンとこないですよね」
ふふっ、とノルンの笑う声が聞こえて、視線を戻す。疑っていると思われたみたいだ。
「あ、ごめん。そんなつもりじゃなく…」
「いえ、いいんです。私もピンと来てないですから。でもこの種が世界を救うのであれば、きっと育てた私には、この世界を救う使命があるんだな、と思ったんです」
『使命』と言ったノルンの言葉には力強さを感じた。きっと彼女にとってそれが目標になったのかもしれない。
「私でもみなさんの役に立つことがある、って思って。だから村を出て、いつか壊れてしまう世界を防ぐため、種を植える旅をしようと思ったんです」
ノルンの決意を聞きながら、ふと思う。
『英雄』を目指す俺がノルンと出会ったのは、必然だったのでは?、と。それは何かを倒し、世界を平和にするわけじゃないけど、世界を救うための『英雄』になるために。きっと世界が自分に課した試練なのでは、と。
「なんて、ちょっと大袈裟ですよね、世界を救うなんて。忘れてください」
ノルンは頭を押さえながら、下を小さく出す。
「いや、そんなことないよ。俺が同じようにその種を見つけたなら、きっと同じように旅に出てたと思う」
きっと同じように『英雄』として、やるべきことと思うだろう。
ノルンはポカン、とした顔をしていたが、ハッと気づくと、顔を隠すように反対側を向いてしまった。
「あ、ありがとうございます…」
小さくも、お礼の言葉ははっきりと聞こえた。
「まあ、だからってわけじゃないけど、俺もノルンの手伝いをさせてくれないか?」
「え?」
ノルンが立ち止まったため、俺も立ち止まり、ノルンの方を向く。
「世界を救うにしても、ノルンを守る人も必要じゃない?さっきみたいに絡まれるかもだし」
盗賊のような彼らもそうだし、こういう場所を歩けば、いずれ魔獣にも出くわすだろう。
「でも、調査はどうするんですか?」
「調査ももちろんするよ。それこそ世界を救うついでに、ね」
ノルンはこちらの言葉を理解すると、くすっと笑い出す。
「ふふっ。ついでが逆じゃないですか」
「ははっ。確かに」
でも世界を救う旅が、ついでとは言えないだろう。
「それでは、お願いしますね。正直、ちょっと心細かったんです」
「わかる。旅はやっぱり誰かと一緒がいいよね」
7日間の旅もセロドアさんがいたからこそだ。一人ではできなかっただろう。
「それじゃあ、最初のその壮大な目的の一歩を果たしますか」
そう言いながら、気分が高揚しているのがわかった。それはきっと、憧れた『英雄』に近づいたからだ、と思う。




