第315話 神は語る
地上では世界中の人々が混乱していた。突如あらわれた巨大な金の柱のことで、人々は色々な想像をしながら噂が尽きることがなかった。
誰もがその答えを知りたがっていた。
そのなかで、プロビデンサ王国の一部の人々は、アンジェが関係していることを感じていた。ルトガーとカメリアは皇太子に願い出て、柱の出現地であるアルバに捜索隊を出していた。
そのなかに、セリオンと、懇願してついて来たディオがいた。
ふたりは、もはや人を阻むことが無くなったアルバで、かつての領主館であった屋敷の前、アンジェの死体を発見したのだった。
額が割れて血だらけになったアンジェをみて、彼女を抱きしめて泣くディオの姿は他人がもらい泣きするほどだった。
セリオンの妻のセルヴィーナはアンジェの実の母、身重の彼女にこの事実をどう伝えたら良いのだろう。セリオンは肩を落とした。
そんな地上のことは知らずに、アンジェ達は創世の神とその父の神産巣日神と向き合い、わんこ神がこの世界ではたす役割を聞かされていた。
「シロや。おまえは子供が健やかに育つよう手助けをする立派な神となるだろう。人に吉兆をもたらす神は禄神と呼ばれる。
おまえは領地の災いを塞ぐ道祖神であり、そして子供の未来への道を神として助ける狗道禄神と名乗るが良い」
狗はもともと仔犬のこと。そしてわんこ神は祟りの道具として辻に埋められていたから、かつては道祖神として崇められていた。それは分っているんだけど、可愛いわんこを禄神様って呼びにくい。なんだか遠くなってしまったみたいで、寂しいのだ。
「ちび丸じゃ駄目でちゅか?」
『こりゃアンジェ』
『あっしらはちび丸さんと呼んでるでゲス』
『こりゃヤモリン!』
『うーん、立派過ぎる名になると友達っぽくないわね』
『フレッチャまで!わしは気に入ったのにー!』
「ああ、おまえ達は友人だから、そのままで良いぞ。子供は未成熟と無垢ゆえに外の影響を受けやすく、魔に取りつかれやすい。この世界ならなおさらのことじゃ。
満七つの年になるまでの子を、おまえの狗道禄神の神子として守るが良い。
堕天使ルチーフェロは、人一倍霊力が強いせいで、この世界の影響をまともに受けて祟り神となってしまった。おまえ達は、そんなことがもう後に起らないように、地上の神として子供を護ってやれ」
『おっ父、わしに出来るじゃろうか?』
「出来るに決まっておる。わしは、本来は姿を現さず、自然の理には干渉しない。その己の誓いを破ってお前を神として生んだ。
わしが初めて望んで生み出した、わしの息子じゃからのう」
「それじゃ、あの蛭子もわしが預かって良いか?蛭子もわしが守るべき子供じゃ。それに、ルチーフェロはすずろの兄じゃ。
すずろが心の安寧を取り戻すためにも、分かつべきでは無いと思うのじゃ」
「おまえは本当に犬とは思えん。偉いな…」
創世の神こと酒呑童子が感心している。わんこは子供の事となるとグッと神様らしくなる。こんな神様がいれば子供は健やかに育つだろう。
「祟り神にまでなった子じゃ。暗示が強い影響を受ける現状では、ルチーフェロだけは、わしが預かった方が良いじゃろう」
彼は手を伸ばすと、チェロ君と蛭子神の魂を砂の河から呼び寄せた。
するとチェロ君はコロリと転がるとブチ柄の犬妖精になり、蛭子神はころころとした黒柴の仔犬になっていた。
「うひゃ!ふたりともかわいいでちゅ」
思わず黒柴の仔犬に駆け寄って抱っこしてしまった。仔犬は最初ビックリしていたが、すぐに尻尾を猛烈に振って、あたしの顔を舐めた。
片やチェロ君だったブチ柄の仔犬はオドオドしている。脅かさないように静かに頭を撫でてやった。目を細めている。心は穏やかなようだ。
「蛭子神は喜んでおるな。誰にも可愛がられることが無かったからじゃろ。
本家のあやつもそうだったが…」
蛭子神は産まれたとき目も鼻も口も耳も手足も無い子供だった。
親のイザナギとイザナミに川に流され、海に出て貧しい漁村に辿りついた。村人は神が寄り付いたと喜んだ。
村人の信仰心を得たおかげで、蛭子神は手足が生え、目も口も鼻も耳も得て、蛭子神から恵比寿神と成った。
「一途な信仰心が新たな神を成したのじゃ。この暗示の力がある世界なら、シロや、おまえなら立派な神になれよう。
幾つもある世界で子供にだけを依怙贔屓をする、そんな神のいる世界があっても良かろう。アンジェ、お前は地上に帰り我が息子と共に、天の酒呑童子の代わりに地上で子供が健やかに生きられる世界を作っておくれ」
「あい!アンジェ、わんこと頑張りまちゅ」
酒呑童子があたしを見下ろしている。
「アンジェ、おまえの魂は父から受け取り、天の園で天使を生む銀の実の中にいれて地におとしたのだ。だから私は、霊としてのおまえの父と言える」
え~、今まで散々放置していたのに?こんな性格に問題があるのに父親とか…元が鬼だから鬼畜の所業も納得がいく訳だが…。
しかし、酒呑童子があたしの親になるのか…。う~~ん。
「なんだ不服か?」
「いえ、とんでもないでちゅ」
*きゃぴるん* 思いっきり媚びた笑顔で真意を打ち消した。
「私も元は山に捨てられた。それも何かの縁だからな」
「捨て子繋がりでちゅか…」
相手にされなかった女達に恨まれて鬼となった気の毒な青年。まあ、ちょっとは可愛そうに思うよ。
『そういえば、フレッチャさんやあっしが神産巣日神様に連れて来られたのは分かったでゲスが、マガモさん達はどうなんでゲスか?嬢ちゃんと話せたんでゲスから、マガモさん達も連れて来られたんでは?』
『そうねえ。あたし以外の馬はアンジェとは話が出来なかったわ。アンジェと何か因縁でもあったの?』
酒呑童子は腕を組んで少し笑って言った。
「鴨の場合はちょっと違う。源頼光に退治されたために頭だけになった私は、鴨を喰おうと思って脚に噛みついたのだが、飛び羽ばたいて抵抗したあいつらと一緒に山の中に落ちたのだ。そこで父と出会った」
そのとき、捕まえたマガモを離さなかったので一緒に連れて来たらしい。
結局はこっちの世界で逃げられて今に至るというわけだ。
「マガモが一番美味い!」
信者がみたら信仰心など消し飛ぶであろう。さすが酒呑童子。
「それじゃ地上に戻って貰おうかの。これ酒呑童子よ。おまえの地上への初仕事じゃ。これから人が妙な暗示に掛からんように、神としての心の内を語るのじゃ」
酒呑童子は一瞬困った顔をしていたが、あたしとわんこの顔を見てから頷いた。やっと神様がやる気を出した。
「さあ、おまえ達は地上に帰れ。アンジェロに送らせよう」
神産巣日神が見送り、酒呑童子が魂を地上に帰す言葉を唱えるため、あたしたちを送り出した。
* * * *
王都でアンジェの死亡が伝えられると、若き王はアンジェリーチェ・ハイランジアを、国を救った功労者として葬ると通達した。
遺体は王都に送られ、盛大に国葬が行われる事となった。
その葬列の最中に、とっくに逃げ出した筈の教皇が聖騎士を引き連れて、アンジェの国葬に難癖を付けに来た。葬列は大聖堂の手前で聖騎士達に取り囲まれて、にっちもさっちもいかない膠着状態になった。
棺を担いでいたセリオン、ルトガー、スレイ、ガイルは苦々し気に彼らを睨みつけた。ディオは彼らに毒針毛を刺そうとして、ヤモリンが居なくなったことを思い出し悔し涙をこぼした。
教皇は腰の周りを板切れと包帯でグルグル巻きに補強して、輿の上から人々に大声で説いた。
「よいか!あの巨大な光の柱は天の神の御業だ。ドットリーナ教の教皇である私のために、神がお遣わしになったのだ。
この世界の隅々にまでドットリーナ教の教えを広めよと、神は奇跡で私の役目をお示しになったのだ!
若き王は悪魔の子供にたぶらかされていたのに、その悪魔を篤く弔う愚行を犯そうとしている。嘆かわしいことに、いまだ気付いておられない!」
騒ぎを聞きつけた若き王、まだ正式に即位していないステファノ皇太子が、式典の責任者であるグリマルト公爵が抗議する前に彼らを叱責した。
「教皇!」
「おお!これはこれは殿下」
「なんと厚かましい。殿下ではない!陛下だ!教皇!陛下の許可なく何故ドットリーナの布教をしている!」
グリマルト公爵とカラブリア卿、エメレット公爵達が怒りで顔を赤くして教皇を睨みつけた。
「おや、わたくしは生前の国王の御意向で、国内の好きな時、好きな場所で布教をすることを許して頂いております。ドットリーナ教は既にこの国の国教ですし」
「うう…アンジェのお葬式を邪魔するなー!」
アルトゥーロ王子が泣きながら、近くにいた聖騎士の脚に蹴りをいれた。
弟を傍に引き寄せて、若き王は毅然と教皇に向かって言った。
「では、たった今をもって命を出す。教皇と聖騎士は速やかにプロビデンサ王国より退去せよ。私は今よりドットリーナ教の国教を取り消す」
「なんと愚かなことをおっしゃいますか!この神の代弁者である私にそのような扱いをするなんて!必ずや神の御怒りを受けましょうぞ!」
大聖堂の前では多くの人々が息を呑んでこの騒ぎを見つめていた。その人並みをかき分けて、僧服を着た髪の色が特徴的なオレンジ色の神父が出て来た。
教皇にはその顔に見覚えがあった。
「陛下、何か粗相でもあったのですか?あ!君は!」
本日の葬儀で祈りを捧げる筈だったレナート神父は声を上げた。
「おまえは死んだ筈の…貴様こちらの国でのうのうと生きていたのか!
レオディナルト・ベラスケス…」
大学で何度もその名前を聞くたびにいまいましく思っていた。
大学で常に主席の生真面目な優等生。学問でも人徳でも到底かなわぬ彼を、若き日の教皇は妬ましく思っていた。
どうにか出世したかった彼は、当時の教皇が問題のある人物だと偶然知った。
美しい少年に異常なほどの熱を帯びた視線を送っている教皇。
証拠を掴んでから、彼に自分も同じ趣味だと囁いた。
出世のために同じ罪に耽る(ふけ)ようになり、前教皇は秘密を共有した彼を重用するようになった。
「君が前教皇と共に、何人もの少年に酷いことをしたのを私は知っている!
国王に告発しようとした私を、聖騎士を使って殺そうとしたことも!
あのとき、命令を違えた聖騎士が私を逃がしてくれたのだ!」
「黙れ!黙れ黙れ!聖騎士ども、こいつを切り捨てろー!」
「皆の者!レナート神父を守れ!歯向かうなら切って構わん!」
そのとき、空から雷鳴が聞こえた。いつの間にか晴れ渡っていた筈の空に低く黒雲が垂れこめている。雷鳴はさらに激しく聞えたかと思うと、垂れた雲をかき分けて黄金の雲がひとつ下りて来る。
「!見られよ!神が私のために再び奇跡を起こされたのだ!
神が私を貶めようとする輩を罰するために御怒りになられた。おお、神よ」
呆気に取られて皆が空を見上げた。金に輝く雲の合間から神が姿を現した。
初めて神を目にする栄誉にまみえたのに、皆が生きた心地がしなかったのは、牙と角を持った銀髪の神が憤怒の表情で睨みおろしていたからだ。
創世の神は教皇を睨みつけて恫喝した。
『おまえは私の名を使って何名もの人を不幸に落とした!恥知らずなことに、己の欲望を満たす為、私の名を口にした!
その減らない口を私が新たに創造した世界で存分に使うが良い。もっとも出て来る言葉は、後悔と悲鳴だけだろうがな』
教皇の足元が真っ黒に染まった。彼は悲鳴と共に呑み込まれて消えた。
神が創造した新たな世界の一部、地獄へと送り込まれたのだった。
『私は私の名において悪を成す者を決して許さず。
我が子、地に遣わした我が天使の願いにより、私の名のもとに悪も善も成すことを許さず』
天上から創世の神はさらに語った。大声ではないのに、世界中に誰の耳にも伝わった。
それは創世の神からのひとへの呼びかけだった。
「創世の神である私はこの世界でひとりだった。私は自分に似せて人を創造し天の国に住まわせた。始め人は天国の箱庭にいたとき、何も考えずに生きていた。
何の責も負わず、何の義務も無く、何の疑いも感心も無く生きていた。
だが、人はやがて自我に目覚め地上を目指して旅立ったのだ。
わたしが天でおまえ達を見守るだけで何もしないのは、おまえ達の旅立ちを許した証だ。
私から、自由を求めて独り立ちした「ひと」への祝福の言葉を送ろう。
楽園から旅立った者たちよ、人の世は人の手で守るもの成り。
天に頼らず己の最善を尽くして生きるべし」
あたしとわんこ神はアンジェロ・クストーデさんに抱えられて、空に浮かんだまま言葉を聞いていた。
創世の神…いやさ酒呑童子…すごい嘘つきだ…。聞いているだけだと、真っ当な神様が語っているように聞こえる。確かに、あたしは、何も手を出さないのなら、適当に理屈をつけたほうが良いって助言したけどね。
瞬時に、こんなもっともらしい話を作るなんて…。
思いっきり顔に出ていたらしい。アンジェロさんにほっぺをツンツンされた。
またもや遅れてしまい申し訳ありません!次回は最終回です。




