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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
313/315

第313話 捨て童子

 あたしは確かに死んだのだ。そして、天へと昇って行ったのだ。

アルバの民と共に、金の柱に導かれて沁みとおる青に呑み込まれた。


 すると、辺りは河になっていた。光の流れに乗って澄み渡る青に身を委ねた。一緒について来たアルバの迷い人の魂は、辿りついた場所にあった大きな河に全て呑まれていく。消える寸前にキラリと輝いて去っていった。


よく見ると河は水ではなく光る砂だ。わけが分からず立ちすくんでいると、黒犬が足元にやって来た。あれ?この子は行く先々で会った犬じゃない?


「なんであんたまで来ているんでちゅか?まさか死んじゃったの?」

しゃがみ込んで耳たれ黒犬の頭を撫でながら、彼のほっぺをブニブニと伸ばした。黒犬は考え事でもしているかのように、されるままでいる。

わんこ神ならガウガウと抵抗しているだろう。


―ああ、あの子が懐かしい。


「与えた命を清らかに戻すか。汚して返すか。それはひとの自由だ。

神は敢えてそれを受け入れる。この世界はここから始まったのだ」


 突然、向こう岸から大声で叫んだ人物が現れた。

長い銀髪の青年だ。それだけなら人だと思ったろうが、彼には角があった。

牙が有った。それがなかったら、見たことが無いほどの美青年だ。


河の上を滑るように歩いて来る。彼の後ろには、いつか会ったアンジェロ・クストーデさんがいた。

彼には牙も角も無い。だが、ふたりが並ぶと双子の兄弟のように似ている。


 ふたりは河から歩いてあがると、後ろに控えたアンジェロ・クストーデさんが、ササっと前に来るとさりげなくあたしに促した。

「アンジェ、この方は創世の神です。御挨拶しなさい」

彼は創世の神の前で腰を折って一礼すると下がり、背の高い神はあたしを見下ろした。

「おまえがアンジェロの子孫のアンジェか。直に会うのは初めてだな」

「このアホ神――――!」

「わわ!これ!何をする!」

飛びあがったあたしは、創世の神の肩に駆け登り、両の拳で叩きまくった。


*ボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカボカ!*

こんな連打は太鼓の達人でもやったことが無いぞ!


「神に会ったら絶対にやろうとしたことでちゅ!あんたのせいでアンジェの友達のわんこ神が死んじゃったじゃないでちゅか!

うわああああーん!わんこー!大ちゅきだったのにー!会いたいでちゅー!」


「こ、こらお前ちょっとは話を聞け、ってどわ!うぎゃあー」

創世の神の肩に乗り足で顎をロックして締め上げた。泣きの涙が尽きる迄、やる気のない貴様の頭を殴ってやる!


「ちょっと!アンジェ!足で首の動脈を締め上げてますよ!

これ!我が子孫、相手は創世の神様なんですよ!」


アンジェロさんが焦りまくって、神の首にロックしているあたしの足を外そうと苦心している。涙と鼻水が流れでてきて止まらない。


「それが腹立つんでちゅ!創世の神のくせに、祟り神を好き勝手に暴走させた責任があるでちょ?きちゃまー何で知らんぷりしたんじゃー!」


「まあ、そういうな。イヌワラシよ。わしがこいつにさせたことじゃ。

それにな、おまえはこやつの意志で生れたのじゃよ。

異界に紛れ込んだ迷えるおまえの魂を地上に送り出したのは、この創世の神じゃ。言わば生みの親でもあるのだから、愚かな父だと許してやれ」


創世の神の耳を引っ張りながら、知らぬ第三者の声で周りを眺めると、さっきいた耳たれ黒犬がのそりと近寄ってきた。

こちらに歩いて来る間に、犬は溶けるように姿が変じて人間に成った。


 穏やかな笑顔の老人だ。その身なりは艶の無い古びた編み笠を被り。

擦り切れた草鞋、泥はねの跡がついたくたびれた脚絆。色褪せた墨衣の旅の老法師だ。

*ベソベソ* *ズビズビ*

止まらない涙でグチャグチャの顔だったが、年長者に声を掛けられて無視する訳にはいかない。

それに、このひとの正体も気になる。


「…どなたさんでちゅか?」

こんな所で会ったのだ。ただ者ではないのは丸わかりだ。どことなく気品があり、彼の体から後光まで差している。創世の神より神らしいオーラがある。


「わしは人からは神産(かみむ)()(ひの)(かみ)と呼ばれている。本来、人の前には姿を現わさず干渉もしないのじゃ。だが、最近は少しばかり退屈を感じてのう。あっちこっちと異世界を渡り、旅をしておる身じゃ」


「そんなに偉い神様でちたか。お目にかかれて光栄でちゅ」

老いた旅の法師はにっこりとあたしに微笑んで、まだ創世の神にしがみ付いている、あたしのぐしゃぐしゃの泣き顔を手ぬぐいで拭きながら言った。


「シロのために泣いてくれたのか…」


天之(あめの)御中主(みなかのぬし)(のかみ)(たか)御産(みむ)()(ひの)(かみ)神産(かみむ)()(ひの)(かみ)は日本神話では万物を作り出す始めになったという造化(ぞうか)三神と崇められている。

ムスヒの神、ムスとは「生成する」、「ヒ」は日と霊を意味している。

ようは神を生む神ということだ。息子や娘のムスはこれと同じ意味だ。

(ひとり)(がみ)で性別は無く、本来隠(かくり)()であるため、人間の目には見えないとされている。それが、なぜこの世界で人の姿で関わっているのだろう。


 見た目は旅法師の神産(かみむ)()(ひの)(かみ)はあたしに語りかけた。


「おまえさん、以前、アメリカで、自分の誕生したとき世界が始まったと布教していた新興宗教があったのを知っているかね?」

「聞いたことありまちゅ。一時は教団にまで育ったけど、破綻したんでちょ?」


うん、そんなのがあったことは知っている。結局、教祖だけでなく、信者の各々が世界の始まりは自分からだと主張したので、辻褄が合わなくなって解散したと本で読んだ。


「わしはそれをここで行った。ここに新たな世界を造り、こやつを連れて来て、創世の神に据えた。

この世界の人類の始祖をよそから連れて来て、強力な暗示を掛けたのじゃ。

この世界の真実を隠す為だった。千年程前のことじゃ」


ちょっと待って!この世界はたったの千年前に生まれたっていうの?

えーと…えーと、千年前と言ったら日本だったら平安?

あ、鬼退治の伝説が盛んに語られていた時代だったかも。


「なぜよそから神を異界に連れて来たんでちゅか?」


「こいつは、元は山に捨てられた捨て子だったのじゃよ。独りになった子供が誰にも頼ることなく、必死に生きていたのじゃ。

親に捨てられたために、人嫌いで山にこもっていたが、滅ぼされるような事など何ひとつしていなかったのに…大江山で鬼として殺されたのじゃ」


「まさか…大江山の鬼ってことは…」


「こやつの本当の通り名は“捨て童子”。それが世間ではなまって、酒呑童子と呼ばれるようになったのじゃ」

「え!あの大江山で滅ぼされちゃった極悪非道の鬼でちゅか?」

「わたしは下戸だというのに…」

肩車されている創世の神がポツリとこぼした。当て字のせい大酒飲みのイメージになったのか。


「おまえは知らぬかのう?酒呑童子が人を魅了する美貌の男だったのを。

為政者は常に自分の都合の良いように歴史を曲げる。酒呑童子もその犠牲者じゃ」


魅力とは得体のしれない鬼のような力を指すという意味がある。

酒呑童子はまさにその魅力を体現した姿だった。

月光のように煌めく銀の髪、日の光を映す金の瞳。女とも思える程の中性的な美しい顔立ち。


大江山に花見や紅葉狩りに来た貴族の娘たちは、ひと目見ただけで彼に心を奪われ惚れこんだ。しかし、いくら願っても人嫌いの彼にその心は届かず、娘たちは嘆き悲しみ、世をはかなんで次々に狂い死にしてしまった。

相手にされなくて怨みに思った娘たちは、彼を呪って鬼に変化させたと言われている。


「それじゃ、彼は酒呑童子と呼ばれた鬼だが、伝説のあるような非道な鬼では無かったって事でちゅか?」


「ああ、そうじゃよ。大江山で酒呑童子が退治された後も鬼は殺され続けた。

そして、人間によって根絶やしになった。わしはそれを気の毒に思ったのじゃ。

静かに深山で暮らしていたのに、人に冤罪を擦り付けられて殺され埋められた酒呑童子。わしはこやつの首を持ち出し、新しい異世界を作ってやり、神としての命を与えてやったのじゃ。

もともと、わしは神生みの神だからのう」


「う~ん、確かに気の毒な身の上でちゅが。それでも神としての仕事が雑すぎるでちゅ!そもそも子供が簡単に祟り神になれる世界なんて、どっかがおかしいのでちゅ!野放しにした酒呑童子には責任があるでちゅよ!』


ルチーフェロ君が、天から脱走してきた天使だとしても、地上の肉体を得た事で子供になっている。

精神的に育ちきってない子供が、あれ程の祟り神になるなんて妙だと思った。

神のために作られた世界、それで世界の倫理にほころび出ないように、人々を暗示に掛かりやすくした。それなら得心がいくけど。しかし、なんでこんなに暗示の力を強力にしたのかだよ。


神産(かみむ)()(ひの)(かみ)は悩まし気に酒呑童子を見て、何か思い出して笑った。

「それがのう。こやつと来たら創造紳としては、とんと才能が無かった。

こいつに絵を描けば生物を創造できる力を与えてやったのじゃが…」


神産(かみむ)()(ひの)(かみ)が絵を見せてくれた。なんだこれ?でかいゴキブリかな?

長い触角が伸びた頭と五本の脚…避けた口から牙が下向きに生えている。

「なんじゃこりゃ?でっかいゴキブリ?」

創世の神こと酒呑童子が嫌々こたえた。

「…山羊だ…」

「ブゥフォ!」

思わず吹き出してしまった。まじまじと絵を見返した皆は、どう言えば良いのか迷っている。

五本足と思ったのは尻尾。牙と思ったのはヒゲ。触角は角。

あたしは思わず思ったことを口に出した。


「…どへたくそ…。マンゾーニ家の紋章の狼だって、これどころの騒ぎじゃないでちゅ」

これが絵として成立するなら、マンゾーニ家の狼はミケランジェロ作だ。

次はこれじゃと神産(かみむ)()(ひの)(かみ)が次の絵を見せた。なにそれ?クラーケンか?

「ゾウだ」

「才能が無いどころじゃないでちゅ…」

さらに3枚目の絵が出てきた。

う~~これは難しいぞ。アメフラシかな。脚が判んないし…ちとまてよ。

しかし、ブサイクな生き物だな。こんなの夜に遭ったらビビって悲鳴あげちゃうぞ。

酒呑童子が無表情に答えた。

「カボチャパンツのおまえだ」

「きちゃまー!ふざけんにゃー!泣いて謝罪ちろー!」

反射的に酒呑童子をどついてしまった!

*ゴンッ!*

「くそー!おまえのような娘は勘当だ!」

「育てもしてないくちぇに偉そうに親面して言うにゃー!!!」

*ゴキン!ボカッ!*

*うわ~~~!すいません!すいません!*


「今まで、なぜ神は私をそっくりの顔にしたのだろうと疑問に思っていたのですが…あれだから、私は複製で生れたんですね…」

「…アンジェは第一次反抗期かのう…」

わんこ神を失った悲しみと相まって、怒れる娘の反抗はなかなか収まらなかった。


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