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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
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第312話 いざ高き天国へ

 スレイは屋敷に逃げ込むと、他の人々と共にバリケードを築き始めた。

ダリアはすっかり怯えて戦力にならない。

バスクが怖ろし気に呻いた。


「…俺の父親がいた…俺が逃げたことを怒っていた…」

「バスクどうしたのよ?あんたの父親は自殺したんでしょ?」

「…サシャに言ってなかったんだ。親父はお袋と妹と弟を殺して一家心中を図ったんだ。俺は…外から遊んで帰って来た俺は…親父の手に掛かる前に逃げ出したんだ」

「逃げて正解よ。怒られる筋合いなんて無いわ!」

「でも…俺だけ生きているなんて…申し訳ない気がする…」


聞き耳を立てていたスレイがいきなりバスクを怒鳴った。

「バスク!育ててくれたことは親に感謝していい!だがな!生きる権利は子供個人のものだ!産まれ落ちた瞬間から、子供の命は親が勝手にどうこうして良い物じゃない!おまえが生きようと逃げたのは正しい!」


「そうよ!あんたは、そんな父親になっちゃ駄目!ちゃんと子供に生きる勇気を教えてやんなきゃ!」

バスクが妻のサシャの言葉の勢いに面喰った。サシャは溜息まじりに夫の肩を力強く叩いた。

「まったくもう、産まれてくる子のためにも落ち込む暇なんてないのよ」

「…お!俺の子供ができたのか?おお!」


 スレイは急に張り切り出したバスク達とバリケードを押さえながら、肩越しに後ろで震えているダリアを励ました。


「ダリアしっかりしろ!おまえはハイランジア家のお嬢様付の侍女だろうが!あの暴れん坊のお転婆娘、悪党も逃げ出すディア・ブリタの侍女なんだ。

勇気を出せよ。ハイランジア城で見習いをしているシェルビーは、武術の才能も有る。

そんなことじゃ、あの子が仕事を覚えてバッソに帰って来たら、お嬢様付の役職を奪われるぞ?」


「う!うう!それは駄目!」

下を向いて頭を抱えて震えていたダリアがやおら立ち上がった。

そして、キリっと前を向くと、自分の顔を両の手で挟んでパンッ!と叩いた。


「スレイ、もう大丈夫よ」

バリケードの向こうで、ドンドンと体当たりする音が聞こえる。ダリアはそれに気が付くと踊り場の階段へ駆け上がり、押し寄せている死者の群れを、口を一文字にして睨んだ。

まだ震えている手で、踊り場にあった等身大の大理石の神像を、ドアを破ろうと足掻いている死者たち目がけて窓から投げつけた。

バタバタと玄関前の群れが倒れて動かなくなった。


「ふん!たいしたこと無いわね」

「相変わらず凄いなダリア…」

「あら?あれは…」

ダリアが窓から身を乗り出し、玄関とは反対側を見下ろしている。

スレイが覗くと、アンジェが男の子に頭突きを連発していた。


*    *     *     *


 頭突きを連発されてすっかり子供に戻ってしまった元祟り神のチェロ君は、既に戦意消失で頭を抱えたまま泣いている。

これが本来の子供の彼の姿なのだろう。そもそも子供が祟り神になれることが異常だったのだ。いくら元が天使だったにしても、体験してみて判るのは、この地上では子供の肉体を纏えば、心理的に子供の顔が多く出るのだ。


なのに、いくら強い憎しみを抱えたからと言って、子供がチェロ君のような祟り神になれるのは異常だし、何かおかしいと思う。

背中のリュックが動くので、おろしてあげた。中からすずろちゃんが這い出て来た。

彼女は頭を抱えて泣いているチェロ君を慰め始めた。

チェロ君はさっきまでの態度が嘘のように、泣きながらすずろちゃんの縫いぐるみの体を抱きしめた。


 二人を眺めていると、ずいっとあたしの視界の中に入って来たのは、あの黒犬だった。

『やはり、祟り神が相手とはいえ、大人が出ばらんで良かったのう。おまえは大人の記憶が有っても、頭はすっかり子供だから任せて良かった』


「誰でちゅか?出張るとか言ってるってことは、高みの見物していたんでちょ?」

『まあ聞け。お陰でひたむきな怒りは、祟り神の狂気に打ち勝ったのじゃ。

祟り神の心を浄化できたのは、おまえの力じゃ。ピアント橋で亡者が天に昇れたのも、おまえだからじゃ』

妙な事を黒犬がいった。


「…アンジェは何もしてないでちゅ」

『いいや、おまえはあのとき、死にきれない魂を哀れに思った。理不尽に命を奪われた前世の記憶で共感した。それがおまえの神力の方向を決めたのじゃろう。おまえは魂の浄化の力を得るきっかけになったのじゃ』


本当に上から目線の犬だ。なんか癪に障る。


「その前に、おまえは死なねばならん。痛みは無いから静かにしておれ」

「はあ?!冗談はポイでちゅよ!アンジェは死ぬ気なんて全然ないでちゅ!

わんこ神のためにも簡単に死んじゃわないでちゅよ!」


『イヌワラベ神よ。おまえは生き神じゃ。その肉体を捨て真の神となり迷う魂たちを天に召せ』


ああも、こうも無かった。あたしの訴えは却下された。いきなり飛び掛かって来た黒犬に体当たりされた瞬間、体がふわりと浮いたような感覚がした。

気が付くと宙に浮かんでいる。そして倒れている自分の肉体を見下ろしていた。


『4万人もの魂が昇天するには、地に産まれた天使が肉体の檻から放たれる瞬間、天に帰るために下りて来る金の梯子を上るしかない』


正体も明かさず黒犬は、あたしの命を取り上げたのだ。

憤慨する間もなく、気が付けば横の見知らぬ小さな女の子に話しかけられた。丁寧な口ぶりには似合わない程、あまりにもちいさな幼女。


『イヌワラベ神さま、ありがとう。これで兄さまと共に昇天できます』

すずろちゃん?彼女が抱いているのはチェロ君の魂だろうか、ぼんやりと光る魂を抱いている。

そばに10歳くらいの貧しい服装の少年がいた。きっとショウマ君だろう。

ためらいがちに頭を下げ、手を合わせて懇願してきた。


『お嬢さま、どうかアルバの民を救って。お嬢様でなくてはできないんだ。僕と母さん、父さん、他の近所の人もアルバから解放してください』


うう!生きたいのに!死ぬことを無理強いされるなんて!しかし、子供の泣き落としは心に響くぅ!


『おまえでなくてはできんのじゃ』

黒犬が諭すように言った。

『地上の天使だったおまえが天に召されるとき、霊の浄化の力を持ったお前は迷える魂を地上から解放することができるのじゃ。

そんなことは、生き神であるイヌワラベ神よ、おまえしかできん』


頭上からは大きな金の柱が下がってきた。遥か天の先まで誘う金の梯子がそびえたつ。あたしの肉体から魂が分離している。どう頑張っても戻りようがなかった。周りに霊魂が徐々に集まって来ている。


すずろちゃんがまた傍に来て囁いた。

『イヌワラベ神様、わたしの手を取って導いて下さい』

あたしの中のわんこ神が反応したのだろうか。何も考えずに彼女の差し出した手を握った。

グンと体が上空に昇って止まった。俯瞰で見下ると、アルバ4万人の迷える民。全員があたしを見ている。何をすべきか解った。


わんこと同化したことで、全てを理解することができた。彼の記憶が流れ込んできたからだ。創世の神の企み、それはあたしにアルバの民を解放させること。地上に下りて人に紛れた天使が天に戻るには、人の肉体から解放されるには死ぬことが必要だったのだ。

そして、祟り神の浄化。残酷な大人を呪っていた彼を浄化するには、彼を諫める子供神が必要だったのだ。なにそれ?ちょっといまいましい。


「子供のケンカに大人は腰を上げないというわけでちゅね。原因は大人なのに…まっことずうずうしい大人でちゅ」

わんこ神はあたしを死なせまいと頑張っていたのに、それが無駄になってしまった。

すずろちゃんが静かに微笑んで呟いた。

『イヌワラベ神さま、私はみんなを許してあげます。ですから御力を貸してください。兄さまの魂も一緒に連れていきますから』


出来過ぎなほど優しい幼女の御願いである。これを無下にするなんて、あたしには出来ないよ。

ああ、もう!やっちゃるわい!アルバの民に天を指さし号令をかける。


『さあ!みんな!天を目指して行くでちゅよ!せえの!』

アルバ4万人の魂が一斉に叫んだ。


―――――いざ高き天国へ!―――――


 次々に迷える魂が、アルバの呪いの鎖から放たれて空に浮かんで飛び出した。

浮上しながらクルリクルリと回転する体から、溶け込んで密着していた魔獣の体が、はらはらと剥がれ落ちてアルバの地面に沁み込んで消えた。

人の姿を取り戻した彼らの表情は、救いの光に誘われていく安堵から涙を浮かべ、イヌワラベ神に感謝して右手を胸に添えて頭を垂れた。

そして、段々ぼんやりと形が無くなり光の玉となって、空へ空へと昇り始めた。蛍のように光の足跡を残して金の柱に溶け込んでいく。


アルバの亡者だけではなく、世界中の迷える魂がこの金の梯子を目指して集まってきた。やがて光の柱は何処の国からも見える程巨大になった。

金に輝く柱を眺める生きた人々の耳に、小さな女の子の歌が届いた。


♪いざ高き天国へ 真に青なるその先へ♪

♪太陽の東月の西 探し求めしその果てに♪

♪天の梯子に 登りつきて 我ら教えを求め賜わん♪


 日の光も届かぬ夜の様に暗い場所を、天使の梯子は昼の如くあまねく照らした。耳の聞こえぬ者にも天使の歌声が届いた。

この世の堺で迷う人々を救う歌声は、世界中に神がこの世にいることを告げ知らしめた。


国に現れた死人の怪異は全て消え失せた。それと同時に、地上にいたヤモリン、フレッチャ他の地上の神が幻の様に消え、子供を守っていた犬妖精さん達がパタリと動きを止めた。


「いったい何が起こっているんだ?」

「アンジェ何処にいるの…」

セリオンは暗澹たる思いで消えて行く金の柱を見つめていた。ディオは最悪の真実を認めたくなかった。障壁が消えたバッソの隅々をディオはアンジェの姿を求めて探し回った。


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