第308話 犬妖精さんと犬耳幼女とフレッチャと
王都に押し寄せたアルバの死人の群れ。
カメリアはステファノ皇太子の許可を得て、投石機を王都の入り口で撃ちまくっていた。街道に次々に現れる彼らを、移動式のマンゴネルで撃退していたのだった。彼女の息子のフェルディナンドと、アンジェの決闘相手だったエメレット家のマッティーオも手伝わされている。
「母上、いくら撃ってもどんどんやって来ますね」
「エルハナス卿、弾は間に合いますか?あいつら倒れても暫くすると起き上がって来ますよ」
「弾なんていくらでも代用できるわ。なんなら、あいつらが起き上がる前に、あいつらを弾代わりにぶっ放してやればいいのよ」
母親の言葉にフェルディナンドは、小声の独り言と共に苦笑いをした。
(自分で黒歴史だって言ってるくせに、人に思い出させるような同じ事、なんでするのかなあ?)
「なんか言った?」
「いえ、何にも…」
カメリアのかつての通り名は“鈴鳴らしの悪魔”。
かつて国境を越えて、侵略してきた敵が占拠した城をめぐる攻城戦が由来だった。長引けば長引く程、相手が有利になる
彼女は長期の攻城戦に持ち込まれ、軍の疲弊するのを恐れていた。城は守りに入れば1年以上は持ちこたえられる筈。
そこで、彼女は一気に終わらせるため、最近では重用されなくなった長弓隊を呼んだ。
流行りの弩は深く突き刺さるうえに、あまり訓練していなくても矢を射ることができた。弩ばかりの時代に、カメリアの部隊は相変わらず技術が必要な長弓が主力。しかし、熟練した長弓の射手が1分間に24本を射ることができるのに対して、石弓は2本しか射ることができない。
彼女は射手を大勢集めて、空を黒く染める程の矢の雨を敵陣に降り注いだ。
ヒュンヒュンという不気味な音のなか、次々と倒れていく歩兵。
同じ死者の数でも、一度で倒れるほうが味方の恐怖は5倍になるという。
その動揺が収まる間もなくカメリアは投石機を撃ちこませた。
敵が見上げる城の上に、ヒューンと不気味な音と共に幾つもの弾が飛んできた。カタパルトによる攻撃だ。だが、小さく違う音もしている。
耳を澄ますと鈴の音が混じっているようだ。
ドン!と着弾した弾から身を避けた敵は、顔に撥ね飛んだ血よりも足元に転がった物に仰天した。
飛んで来たのは死体。戦場では死体を射出器の弾代わりにすることはよくある事。しかし、彼が注目したのは、その服に縫い付けられていた鈴。
「うわーー!伝染病患者の死体だー!」
かつて伝染すると信じられ誤解されていた病がある。その患者はひと目で判別できる印を見に着けていた。行き会う人が彼らに近寄らずにすむように。
鈴をつけた人々は、物乞いをしながら流浪の民として生きるしかなかった。
その彼らを遠ざける目印が鈴つきの服。
鈴の音がまた近づいてくる。グチャッ!と嫌な音がしてまたバラバラの死体が飛んで来た。
精神的に追い込まれていた敵軍は、伝染病の恐怖から籠城を諦めて降参した。
「えぐい話だなあ…」
「実際は患者では無く、敵軍が城の外に放り出した戦死者の服に鈴を付けたんだ。母上はカラブリアの島に、患者たちの療養所を作らせて伝染しないと知っていたし」
「おや?話の途中だが、おまえの父親が来たぞ」
街道からルトガーが馬を飛ばして近づいてくる。
「おーい!カメリア。この縫いぐるみを投石機に入れて撃ち込んでみてくれ」
馬から降りるとルトガーは、たすき掛けにしている大きな帆布のバックの中を見せた。プロバで作られた職人組合の製作所、“アンジェリーチェ様の僕”で製作された縫いぐるみ達だ。
「フェルディナンド!私の代わりにマンゴネルを撃ってなさい。こんな可愛い子達を撃つなんて私には出来ないもの」
フェルディナンドがこっそり言った。
「…他には容赦しないのに…」
「なんか言ったかしら?我が息子、うん?」
カメリアが微笑んでこちらを見ているが目が威圧的。フェルディナンドはバックを受け取ると、マッティーオの腕を取って促し、慌ててマンゴネルをセットし始めた。
「カメリア、ジュニア様の蛾の報告によると、犬妖精の縫いぐるみがあっちこっちで化け物を退治しているそうだ。
王宮でもジュニア様だけでなく、ユウキ君も大きな働きをしていたが、さすが犬神様だな。眷属もお強い」
「犬神様の御力で皆が各々で行動したのかしら?」
「きっとそうだろう。御眷属は意思を持っているようだし」
「ならば、遠慮なく出撃をお願いして頂きましょう」
「お話中ですが、終わりましたよ、父上母上」
ふたりが街道を見ると、徘徊する化け物を一掃した犬妖精たちが、ちょこちょこと歩いて帰って来るところだった。
「まあ!凄い。御眷属さまは頼りになりますね!お疲れさまです」
「一瞬だったな。この調子でマンゴネルを撃って廻ろう」
ふたりの会話を、マッティーオは訳が分からない顔で聞いていた。
「お、おい、フェルディナンド。なんで縫いぐるみが…」
「なんだ君はエメレット公爵から聞いていなかったのかい?」
「お爺様から?」
「皇太子殿下と僕が信心している神様。きっと殿下はドットリーナの国教を廃して犬神様の布教を奨励するよ」
「おお!殿下が信心なさっているなら僕だって信心するぞ!」
忠誠心が篤い上に単純なマッティーオは、直ぐに犬神の信者になった。
今まで犬神の存在を知らなかった人々は、自分達を救ってくれた不思議な犬妖精の活躍を目にして、たちまち信仰心を抱いたのだった。
* * * *
バッソの人気のない礼拝堂に隠れて、尻尾と頭上の三角耳を何度も触って、あたしはひたすら狼狽えまくっていた。
「間違いない、犬でちゅね…」
なんてこった!犬になっている。どうやら足には異変がないのだが。
もしかして、わんこなら何か知っているかもしれない。
リュックの中を覗いてみたが、すずろちゃんとショーマ君がいただけだった。
「わんこは?」
ふたりは首を振っている。傷心のあまり隠れているのかもしれない。
ショウマ君がリュックの中でクンクンと鳴いて、すずろちゃんを差し出した。そうだった。怪我してたね。ごめんね、忘れていて。
すずろちゃんの縫いぐるみの体に効果が有るか不安だったが、穴は手をかざして治療すると、すっかり塞がった。彼女は尻尾を振っている。
ホッとしてショウマ君のいるリュックに戻してあげた。
静かだった礼拝堂に、いきなり怒号が響いてびっくりした。
「この化け物!やはり悪魔の子だったのか!この町の化け物騒ぎも全ておまえの仕業だったのだな!」
ユピテル神父だ。手に棍棒を持っている。悪魔の子ってあたしのこと?
落ち着いて貰らおうと話す間もなく襲って来た。
*ビュン!*
とっさに避けるしかなかった。棍棒が空を切ると舌打ちした神父がまた襲って来る。どうやったらこんなに興奮している神父を説得すればいいの?
「違うでちゅ。アンジェ悪魔じゃないでちゅ!」
「黙れ悪魔め!子供のふりをするずる賢い奴め!神の名において今すぐに殺してやる!ドットリーナ教は神の御業を行う神の僕なのだ!
お前のような汚れた存在をこの世から消し去って…」
*ピシャーン!*
最後まで言う前に小さな雷が彼の頭の上に落ちた。神父は棍棒を振り上げた姿勢のままどうっと倒れた。壁にくっついていた訳でもなく室内の真ん中で雷。こんなの有り得ない。
「…もしかしてわんこの仕業でちゅか?」
『そうじゃ…すまん』
今のいままで黙り込んで、あたしを不安にさせていたわんこ神がやっと話し出した。
『こんな姿をさらして子供に嫌われとうない。そう考えたら、勝手におまえの体に取りついてしもうたじゃ。わしの力が抜けているじゃろ?少ない神力をもっとも効率よく生かすには、アンジェに完全に取りつくのが一番だと思ってしまったのじゃ。力が抜けていたせいか、まさか姿まで変えてしまったとは』
なるほどそうだったのか。わんこが楽になれるなら、あたしは別に良いんだよ。
「それならアンジェは問題ないでちゅ。わんこに協力するでちゅ。それに、信者が増えているわんこは直ぐに神力を取り戻せるでちゅよ」
『そうじゃと良いのじゃが…』
自信なさげだなあ。いつもの元気がまるでない。教会の近辺はすっかり静かになっている。
『坊ちゃん!嬢ちゃんが見つかったでゲスよ』
いきなり聞こえたヤモリンの声にびっくりして振り返ると、ディオ兄とフェーデ君が礼拝堂に入ってきた。
「アンジェちゃん、どうしちゃったの…その…」
「アンジェ、その耳は?」
「あう」
ディオ兄が恐る恐るあたしの頭に手をやって、三角耳の中の毛に触れた。
そっと撫でまわしている。うひゃ!くすぐったい。自分の耳(?)があまりのくすぐったさにハタハタと動く。
ディオ兄は、今度はあたしの体を横向きにして、カボチャパンツから飛び出た尻尾に触れた。何を思っているのかじっと見つめて無言なのが心配になってきた。フェーデ君が気を使ってディオ兄を突っついている。
「おい、ディオ何か言えよ…こんな姿になっても、アンジェちゃんに変わりはないんだぞ」
「はあ?こんな姿だからだよ!凄く可愛い!とっても可愛いよ!アンジェは何やっても、ハア可愛いなあ…」
ディオ兄、なにその担力、平常運転。フェーデ君がちょっと引いているので、わんこの事を説明した。
「つまり犬神さまがアンジェちゃんをこんな姿にしたという分けか」
『あっしの目には、ちび丸さんは嬢ちゃんの中に完全に同化しているでゲス。それにどうやら、魂がピッタリと合わさっているでゲス。無理に剥そうとしたら嬢ちゃんの命が危険に晒されるでゲスよ』
「それじゃ、アンジェは当分この姿だね」
『すまんが、わしも同化しようとしてした訳ではないのじゃ。神力がもっと戻れば可能だと思うのじゃが』
「勘違いしないでよ。ルチーフェロがアンジェを殺そうとしているかもしれない事態なんだ。アンジェを護ることが出来るなら、姿なんて全然気にならない。むしろ、今の姿は愛くるしいよ」
気にしてないというディオ兄の言葉が嬉しかった。しかし、尻尾と耳を撫でまくって離さないのが気になる。
「このままでも良いくらいだよ」
「嫌でちゅー!」
そういえば黒い犬はどうしたのだろう?
訊ねてみたが誰も見ていないようだ。無事でいてくれれば良いのだが。
ワン!あ、噂をすると、あのいたずらな黒い犬だ。いきなり礼拝堂に現れて傍に来ると、あたしの隣に来てお座りした。
舌を出して見あげている顔をながめると怒る気が失せた。
「もういたずらしちゃメッ!でちゅよ」
黒犬はあたしにすり寄って尻尾を振った。
「それよりアンジェ、この人どうするの?」
ディオ兄がユピテル神父を顎で指した。
『わしの神子であるアンジェを殺そうとしたのじゃ。暫くは動けん。呪いを授けたからのう』
「あ!アンジェ!やっと見つかった…え?おまえ、その耳なに?」
セリオンさんがリヒュートさん達と共にやって来た。礼拝堂の窓を蛭子神も覗いている。ディオ兄がセリオンさんに説明している間、リヒュートさんにまた耳をさわさわと触られ、尻尾をつつかれた。
「俺、ちっとセリオンから大体の話を聞いたんだけどよう」
「あい?」
「犬神様、聞いてるかい?」
『うむ、なんぞ用か?』
「あんたは、たまたまこっちの世界に来たんだって?」
『そうじゃ』
「俺には、あんたがお嬢を救うためにやって来た気がするんだよ。祟り神に魅入られたお嬢を、子供大好きな神が助けてくれるなんて。妙にタイミングが良すぎるぜ」
『それでも偶然なのは本当じゃ』
なんだそうなのか、とリヒュートさんは納得してしまった。
だが、そう言われてみて確かに疑問が湧いてくる。
この世界は妙に前世の日本の姿がちらつく。野山の植物は日本でよく見たものばかりだ。そのくせ変な魔獣がいる。
あれ?ヤモリンはオガサワラヤモリかもしれないなら日本と関係がある。
わんこは間違いなく日本から来た。
そのとき頭にパッと浮かんだ。思い出した。
うん?あ、フレッチャは側対歩だったから、カメリアママの弓騎兵隊の馬に最適だったんだよね?
側対歩の馬は上下動が少ないから、弓の的が狙い安くて都合が良かったってママが言ってた。
そして、フレッチャだけが、他の馬と違って同じ側の前脚と後ろ足が遂になって動く側対歩の馬だったって。
西洋では弓兵は馬から降りて弓を引いていた。乗馬したままだと弓が狙いを定めにくい斜対歩だったからだ。
サラブレッドやアラブ馬と違って、日本の和種馬は側対歩だ!
もしかしたら、フレッチャの先祖は日本から来たのかも?
申し訳ありませんが、来週の投稿をお休みさせて頂きます。




