↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第二話 首を落としても敗北を認めない女騎士


「ご主人様。北方砦が見えてまいりました」


 フィーネの声に、俺様は飛竜の背から身を乗り出した。


 王都を発って、およそ半日。


 夕闇に染まり始めた山脈の谷間に、黒い城壁がそびえている。


 高さはおよそ三十メートル。


 左右を切り立った崖に挟まれ、正面には分厚い城門。壁上には無数の魔族兵が並び、その背後では巨大な投石器がこちらへ狙いを定めていた。


 なるほど。


 北方砦を攻略不能と判断したクラウディアが、わざわざ七日もかけて迂回しようとした理由は分かる。


 普通の人間が攻めれば苦労するだろう。


「大きな砦ですね」


 俺様の背中にしがみついていたフィーネが、緊張した声を漏らす。


「ああ。悪くない」


「はい。とても堅牢に見えます」


「今日から俺様たちの家だ」


「物件を内覧する感覚で敵の要塞を見ないでください」


「立地もいい。眺めも悪くなさそうだ」


「魔王軍の兵士が大勢おりますが……」


「使用人なら多い方が便利だろ」


 フィーネが小さく息を吐いた。


「ご主人様なら、そうおっしゃると思いました」


「分かってきたな」


「長いお付き合いですので」


 飛竜が砦へ近づく。


 城壁の上が慌ただしくなり、魔族兵たちが一斉に弓を構えた。


『接近中の飛竜に告ぐ!』


 拡声魔法によって増幅された女の声が、谷間へ響き渡る。


『そこで停止し、所属を明らかにせよ! 従わない場合は敵性個体と判断する!』


「止まれ」


 俺様が命じると、飛竜は城壁から百メートルほど離れた空中で羽ばたいた。


 王城へ連れていったときよりも随分と従順になっている。


 フィーネの治癒魔法と干し肉で、すっかり餌づけされたらしい。


「ご主人様。所属を尋ねられております」


「ゼクト・グランツだ!」


 俺様は城壁へ向かって声を張り上げた。


「今日からこの砦の所有者になる男だ! 死にたくない奴は武器を捨てて、門を開けろ!」


 しばしの沈黙。


 やがて城壁の上から、魔族兵たちの笑い声が上がった。


「ご主人様、交渉は失敗したようです」


「あいつらが俺様の親切を理解しなかっただけだ」


「相手の受け入れられない要求を親切とは申しません」


『勇者ゼクト・グランツか』


 先ほどの女の声が、再び響く。


『貴様の悪名は聞いている。王国最強の勇者でありながら、規律を守らず、女と見れば見境なく口説く恥知らずだとな』


「情報が古いぞ! 俺様は今日、勇者をクビになった!」


『……何?』


 女の声に、わずかな動揺が混じった。


 城壁の中央。


 兵士たちが道を開け、その奥から一人の女が姿を現す。


 大きい。


 周囲の魔族兵より、頭一つどころか二つ近く大きかった。


 身長は百九十センチほど。


 青みを帯びた褐色の肌と、腰まで届く銀白色の長髪。大きな肩当てと分厚い手甲、脚甲を備えた黒鉄の重装鎧をまとっている。


 露出は多くない。


 それでも、革装束に包まれた胸元の膨らみは、遠目からでも分かるほど豊かだった。


 鍛え抜かれた肉体と、女らしい曲線。


 腕や脚は太く引き締まっているが、腰はくびれ、その立ち姿には武人の威厳がある。


 顔立ちは精悍で、燃えるような青紫色の瞳が俺様を睨んでいた。


 女の肩には、全長二メートル近い巨大な剣が担がれている。


 銀灰色の分厚い刀身。


 先端が断頭台の刃のように斜めに落ちた、処刑のための大剣だ。


「でかい女だな」


 俺様は素直な感想を口にした。


 女が顎を上げる。


『我が武威を前に、恐れを抱いたか』


「いや、胸の話だ」


『…………』


「ご主人様」


 フィーネが俺様の外套を引いた。


「初対面の女性です」


「だから褒めたんだろ」


『貴様……今、どこを見ている?』


「胸だ」


『潔く答えれば許されると思うな!』


 大女の怒声によって、谷全体が震えた。


 素晴らしい声量だ。


「俺様はゼクトだ。お前の名前は?」


『魔王軍北方守備隊総大将、ラウラ・ヘルグレイヴ! 《不落城主》の役割を授かりしデュラハンである!』


「ラウラか。気に入った。砦と一緒に俺様の女になれ」


『断る!』


「では、砦をもらってから、もう一度聞こう」


 俺様は飛竜の上で立ち上がった。


「ご主人様?」


「フィーネ。こいつと一緒に待っていろ」


「まさか、ここから飛び降りるおつもりでは……」


「そのまさかだ」


「地面まで百メートル以上ございます!」


「俺様なら問題ない」


「地面の方が心配です!」


 俺様は飛竜の背を蹴った。


 身体が宙を舞う。


 眼下で魔族兵たちが慌てて弓を引き絞った。


『放て!』


 無数の矢が空を埋める。


 俺様は飛来した一本を掴み、別の矢へ投げつけた。


 矢と矢が空中で衝突し、弾かれた矢がさらに別の矢を落とす。


 それでもすべてを落とせるわけではない。


 残った矢が肩や腕をかすめたが、その程度で俺様が止まるはずもない。


「どけ!」


 城壁の上へ着地する。


 轟音が響き、黒い石床が大きく陥没した。


 衝撃で周囲の魔族兵が吹き飛ばされる。


「ば、化け物!」


「俺様を魔物と一緒にするな」


 一番近くにいた角の生えた兵士が、剣を振りかぶった。


 俺様はその手首を掴み、剣だけを奪う。


「借りるぞ」


「返せ!」


「嫌だ」


 奪った剣の腹で兵士を殴り飛ばす。


 背後から槍が迫る。


 振り向かずに剣を回し、穂先を切断。柄だけになった槍を掴み、三人まとめて薙ぎ払った。


 次々に兵士が襲ってくる。


 剣が折れれば、次の兵士から奪う。


 槍が欠ければ捨てて、斧を拾う。


 矢が飛んでくれば盾を奪い、その盾ごと弓兵へ投げつける。


「ご主人様が、次々に窃盗を……」


 上空からフィーネの嘆く声が聞こえた。


「戦場で拾ったものは拾った奴のものだ!」


「手から直接奪っております!」


 細かい奴だ。


『怯むな!』


 ラウラが大剣を掲げた。


『我らが城は不落! 北方砦が存在する限り、我らに敗北はない!』


 その胸元に刻まれた青い紋章が輝く。


《役割――不落城主》


 砦全体を覆うように、青白い光が広がった。


 先ほど俺様が踏み砕いた石床が、音を立てて修復されていく。


 折れた兵士の武器までもが、元の形へ戻った。


 それだけではない。


 俺様に殴り飛ばされた兵士たちが、何事もなかったかのように起き上がる。


「なるほど」


 俺様は新しく奪った剣を肩へ担いだ。


「壊しても直る城か。便利だな」


『これで理解したか、元勇者!』


 ラウラが城壁を蹴った。


 巨体が一瞬で間合いを詰める。


『この砦は決して落ちぬ!』


 断頭大剣が横薙ぎに振るわれた。


 俺様は剣で受ける。


 次の瞬間、奪ったばかりの剣が粉々に砕けた。


「ほう」


 大剣の刃が、俺様の右腕を浅く切り裂く。


 傷そのものは大したことがない。


 だが直後、右腕から感覚が消えた。


 肩から先が、俺様の身体ではなくなったかのように垂れ下がる。


『我が断頭大剣《ギロティア》は、肉体と魂のつながりを断つ!』


 ラウラが大剣を振り上げる。


『その腕は、もう死んでいる!』


「だからどうした?」


 俺様は左手でラウラの顔面を殴りつけた。


「ぐっ!?」


 巨大な身体が城壁の上を転がる。


「右腕が駄目なら、左腕を使えばいい」


『ならば両腕を落とすまで!』


「そのときは口で剣をくわえて戦う」


『なぜ諦めるという選択肢がない!』


「俺様が諦める必要がどこにある?」


 立ち上がったラウラが、再び《ギロティア》を構える。


 青紫色の瞳が鋭く細められた。


『聞いていた以上に、傲慢な男だ』


「褒めるな。惚れたか?」


『貴様の首を落としたくなった!』


 ラウラが駆ける。


 踏み込むたびに城壁が揺れ、黒鉄の鎧が音を立てる。


 速い。


 その巨体からは想像できない速度だ。


 振り下ろされた《ギロティア》を、半歩ずれてかわす。


 刀身が石床へ食い込み、城壁の半分近くを切り裂いた。


 だが、傷ついた城壁はすぐに青白い光に包まれ、元通りになっていく。


「自分で壊しても直るのか。ますます便利だな」


『貴様に渡すつもりはない!』


「じきに俺様の城になる。壊しすぎるな」


『貴様が言うな!』


 大剣が跳ね上がる。


 俺様は後ろへ跳び、刃を避けた。


 そこへ復活した魔族兵たちが殺到する。


「ラウラ様に続け!」


「侵入者を討て!」


「人間に砦を渡すな!」


 剣と槍が四方から迫る。


 俺様は最初の兵士の腕を取り、迫ってきた別の兵士へ投げつけた。


 二人をまとめて城壁へ叩きつける。


 斧を奪い、剣を弾き、鎧の上から魔族兵を殴り倒す。


 だが、いくら倒しても青白い光が傷を塞ぎ、兵士たちは再び立ち上がった。


 十人。


 二十人。


 三十人。


 まるで終わりがない。


「面白い」


『いつまで余裕を保てるか、見せてもらおう!』


「違うぞ、ラウラ。俺様が言ったのは――」


 俺様は斧を捨て、迫ってきた兵士の剣を奪った。


「何回殴っても壊れないなら、遠慮する必要がないということだ」


 地面を蹴る。


 兵士たちの中央へ突っ込み、剣を振るった。


 鎧が砕け、武器が宙を舞う。


 壁上にいた兵士たちを次々に薙ぎ倒し、その勢いのままラウラへ迫る。


『愚かな!』


 ラウラの《ギロティア》と、俺様の剣が正面から衝突した。


 当然、俺様の剣が砕ける。


 だが、最初から分かっていた。


 砕け散る刃の向こうへ左手を伸ばし、《ギロティア》の柄を掴む。


『なっ!?』


「もらった」


『離せ!』


「嫌だと言っている」


 互いに大剣を掴み、引き合う。


 ラウラの両腕に筋肉が浮かび上がった。


 凄まじい怪力だ。


 俺様と正面から力比べをして、すぐには膝をつかない女は久しぶりだった。


「やはり俺様の女になれ」


『この状況で口説くな!』


「強くて美人で胸もでかい。断る理由がない」


『私にはある!』


 ラウラが俺様の腹へ膝蹴りを叩き込む。


 身体が一瞬浮いた。


 その隙に《ギロティア》を引き戻し、横薙ぎに振るう。


 俺様は身体を反らして回避する。


 銀灰色の刃が、鼻先を通り過ぎた。


 直後。


 空いていた左手で、ラウラの首をつかんだ。


「捕まえたぞ」


『それがどうした!』


 首元で燃えていた青白い霊炎が激しく揺れる。


 俺様はラウラの頭を、胴体から引き抜いた。


 銀白色の髪をなびかせ、大女の頭部が宙へ持ち上がる。


「なっ――!?」


 ラウラの胴体が大きくよろめいた。


「首を取った。俺様の勝ちだ」


『馬鹿め! 私はデュラハンだ! 頭部が外れた程度、負傷にすら数えん!』


 頭を失ったラウラの身体が、《ギロティア》を振り上げる。


「面倒な身体だな」


 俺様は彼女の頭を小脇に抱えたまま、迫る大剣をかわした。


『私の頭を返せ!』


「嫌だ」


『それ以外の言葉を知らないのか、貴様は!』


「返してほしければ、俺様の女になれ」


『なるか! それに、その持ち方をやめろ!』


「暴れるな。落とすぞ」


『落としたのは貴様だろうが!』


 頭部だけになったラウラが顔を真っ赤にして怒鳴る。


 身体は身体で正確に《ギロティア》を振るい続けていた。


 頭と胴体を別々に相手にする必要があるらしい。


 なるほど。


 確かに面倒だ。


「ご主人様!」


 上空からフィーネの声が落ちてきた。


「兵士の方々の様子が、おかしいです!」


「何?」


 俺様はラウラの身体から距離を取り、周囲を見る。


 何度も復活した魔族兵たち。


 傷は塞がっている。


 砕けた鎧も、折れた武器も元通りだ。


 だが、最初に俺様へ向かってきた兵士の顔は、青白く変色していた。


 瞳から光が消え、口元から黒い霧が漏れている。


 ほかの兵士たちも同じだ。


 復活した回数の多い者ほど、身体の輪郭が薄くなっていた。


「なるほど。直しているのは身体だけか」


『黙れ!』


 小脇に抱えたラウラの頭が叫ぶ。


『戦い続けろ! 我らは不落! 我らに敗北はない!』


 兵士たちが再び武器を構えた。


 しかし、その足取りは明らかに鈍い。


 魂を削りながら、無理やり身体だけを動かしている。


「ラウラ。あと何回だ?」


『何の話だ』


「こいつらは、あと何回復活できる?」


『……』


「城壁は何度でも直る。だが中身はそうではないらしいな」


『北方砦を守ることが、彼らの使命だ!』


「全員壊れるまで戦わせるつもりか?」


『それでも、ここを抜かれれば後方に暮らす魔族の民が戦火へ晒される! 彼らも覚悟の上だ!』


「そうか」


 俺様は足元に落ちていた剣を拾った。


『分かったなら、私の頭を戻せ! そして、ここから立ち去れ!』


「断る」


『やはり何も分かっていないではないか!』


「お前の兵は俺様がもらう」


『何?』


「城も兵士も俺様のものだ。勝手に壊すな」


 俺様は向かってきた兵士の剣を弾き、その鳩尾へ拳を打ち込んだ。


 殺さない。


 骨も折らない。


 意識だけを正確に刈り取る。


 気絶した兵士を城壁の端へ投げ、その上へ別の兵士を積み上げていく。


『何をしている!』


「死ななければ復活もしない」


『貴様……!』


「フィーネ! 降りてこい!」


「はい!」


 飛竜が城壁へ降下する。


 フィーネがその背中から飛び降り、気絶した兵士たちへ駆け寄った。


「治せ」


「敵の方々ですが、よろしいのですか?」


「俺様の兵だ」


 フィーネは一瞬だけ目を丸くした。


 すぐに、柔らかく微笑む。


「承知いたしました、ご主人様」


 フィーネが両手を重ねる。


「傷ついた身体へ、安らぎと灯火を――《慈光治癒》」


 淡い光が、城壁の上へ広がった。


 傷ついた魔族兵たちの身体が包み込まれる。


 《不落城主》の青白い光とは違う。


 失われた魂までは戻せないが、これ以上崩壊しないよう、傷ついた肉体を優しくつなぎ止めていく。


 意識を取り戻した角持ちの兵士が、フィーネを見上げた。


「なぜ……人間側の者が、俺たちを……」


「私は人間ではありません」


 フィーネが答える。


「それに、ご主人様から治すよう命じられましたので」


「敵である、我々を?」


「敵かどうかは、あまり関係がないと思います。痛いものは、痛いですから」


 フィーネは次の兵士へ手を伸ばした。


 その手首を、ラウラ配下の兵士が掴む。


「触るな……俺はまだ、戦える……」


「はい。ですが、今は休んでください」


「城を守らなければ……」


「ご心配には及びません」


 フィーネが困ったように笑う。


「ご主人様が、もう自分の城だと申しておりますので」


「それのどこが安心できるんだ……?」


 もっともな疑問だ。


 別の兵士が立ち上がろうとする。


 だが身体は言うことを聞かず、その場に膝をついた。


『立て!』


 ラウラが叫ぶ。


『北方砦の兵士ならば、最後まで戦え! 我らの後ろには、守るべき魔族の民がいる!』


 兵士たちが武器を握る。


 その指は震えていた。


 《不落城主》の青白い光が、再び彼らを立ち上がらせようとする。


 フィーネが、両腕を広げて兵士たちの前へ立った。


「いけません!」


『退け、少女!』


「これ以上戦えば、この方々は元に戻れなくなります!」


『それでも戦わねばならんのだ! この砦を抜かれれば、その先にある村や町へ戦火が及ぶ!』


「ご主人様は、魔族を滅ぼすために来たのではありません!」


『ならば何のために来たという!』


 フィーネは俺様を見た。


 助けを求めるような目だ。


「俺様の国を作るためだ」


「もう少し穏当な表現はございませんか?」


「ない」


『人間が魔族の地に国を作るだと?』


「人間も魔族も関係ない。俺様に従う奴は俺様の民だ」


『従わぬ者はどうする』


「叩きのめしてから、もう一度聞く」


『結局、力ではないか!』


「当たり前だ。話し合いで城がもらえるなら、最初からそうしている」


「先ほどの降伏勧告を、話し合いに数えないでください」


 俺様はラウラの頭を持ち上げ、兵士たちの方へ向けた。


「よく見ろ、ラウラ」


『何をだ』


「お前の城だ」


 城壁は再生している。


 城門にも傷一つない。


 ラウラの身体も、今なお《ギロティア》を構えている。


 だが、兵士たちは立ち上がらなかった。


 傷ついた仲間を治療するフィーネを見つめている。


 やがて、一人の兵士が剣を置いた。


「ラウラ様……申し訳、ありません」


 続いて、別の兵士も槍を手放す。


「俺は……もう、仲間が魔物になる姿を見たくない」


「ラウラ様だけの責任ではありません。我々も、承知して戦いました」


「この少女は、俺たちを助けてくれました」


「戦意を失った俺たちを、人間の男も殺さなかった」


 一つ、また一つ。


 城壁の上へ、武器が落ちていく。


 ラウラの表情から怒りが消えた。


『お前たち……』


「城とは壁のことではない」


 俺様は告げる。


「そこにいる奴らが、誰を主と認めるかだ」


『まだだ。私はまだ戦える!』


「ああ。お前の身体は元気そうだ」


 首を失った身体が《ギロティア》を構えている。


 俺様はラウラの頭を覗き込んだ。


「だが、兵士を壊さなければ維持できない城が、本当に不落か?」


『黙れ……』


「お前の兵は、もう俺様とフィーネに助けを求めた」


『黙れ!』


「北方砦は落ちた」


『まだだ!』


「それでも落ちていないと言い張るなら、好きにしろ。お前一人で俺様と戦え」


 俺様はラウラの頭を城壁の上へ置いた。


「お前の兵には、今後一切戦わせるな」


『それは……』


「決めろ。城主」


 ラウラの青紫色の瞳が、兵士たちへ向く。


 黒い霧を吐き、倒れている者。


 互いに身体を支え合っている者。


 フィーネの治療を受け、ようやく苦痛から解放された者。


 ラウラの胴体が、《ギロティア》を下ろした。


 長い沈黙の末。


『……我々の、敗北だ』


 その言葉が、静かに落ちる。


『北方守備隊総大将ラウラ・ヘルグレイヴは、ゼクト・グランツに敗北した。これ以上、我が兵に戦闘を命じることはない』


 俺様の前に、黒い文字が浮かび上がった。


《対象が敗北を承認しました》


《勝利条件達成》


《対象の役割――不落城主》


《役割を接収しますか?》


「当然だ」


《役割――不落城主》


《接収完了》


 ラウラの胸元に刻まれていた青い紋章が消える。


 同時に、俺様の左手へ同じ紋章が浮かび上がった。


 切断されていた魂のつながりが修復され、右腕へ感覚が戻ってくる。


 指を握って開く。


 どうやら《ギロティア》の効果は永続ではないらしい。


 それと同時に、砦の構造が手に取るように分かった。


 城壁。


 兵舎。


 食料庫。


 地下牢。


 さらに、その下。


 厳重に封印された巨大な空間が存在している。


 中に何かいるようだが、今は後回しでいい。


「ご主人様」


 フィーネが俺様の左手を見つめる。


「《不落城主》を手に入れられたのですね」


「ああ」


「これで、ご主人様が北方砦の城主です」


「違うぞ」


「え?」


「城主はお前だ」


 フィーネの手を取る。


《譲渡対象――フィーネ》


《役割――不落城主》


《譲渡しますか?》


「譲渡する」


「お、お待ちください、ご主人様!」


《譲渡完了》


 俺様の手にあった青い紋章が、フィーネの手へ移った。


 砦全体が大きく揺れる。


 城壁の上に掲げられていた魔王軍の旗が、青白い炎に包まれた。


 旗に描かれた紋章が消え、新しい紋章へと変わっていく。


 銀色の星を抱く、黒い翼。


 フィーネの胸元にも同じ紋章が浮かび上がった。


《新たな城主を確認》


《個体名――フィーネ》


《真名との照合を開始》


《魔王王統――適合》


《北方砦は、新城主へ服従します》


 城門が独りでに開く。


 砦中の魔族兵たちが、フィーネへ向かって一斉に膝をついた。


「えっ……?」


 フィーネが硬直する。


「ご主人様。皆様が、私に跪いております」


「見れば分かる」


「私には城主など務まりません!」


「俺様にも務まらん」


「では、どなたが管理をするのですか?」


「お前だ」


「会話が一周して戻ってきました!」


「今日からここはお前の城だ。好きに使え」


「好きに使えとおっしゃられても……」


 フィーネは困り果てた顔で、自分へ跪く兵士たちを見回した。


 やがて、まだ傷ついたままの者たちに気づく。


「それでは、城主として最初の命令を申し上げます」


 フィーネが胸の前で手を重ねる。


「負傷した方は、すぐに武器を置いてください。軽傷の方は、重傷者を治療室へ。温かいお湯と、清潔な布も必要です」


 兵士たちが顔を見合わせる。


「聞こえませんでしたか?」


 フィーネが不安そうに振り返る。


「ご主人様。私では、やはり城主など……」


「お前たち」


 俺様は兵士たちを見回した。


「新しい城主の命令だ。さっさと動け」


「は、はい!」


「重傷者を運べ!」


「医務官を呼んでこい!」


 魔族兵たちが慌ただしく動き始めた。


 フィーネの顔が明るくなる。


「命令を聞いていただけました」


「当たり前だ。俺様が選んだ城主だからな」


「選んだ理由はございますか?」


「俺様が面倒だからだ」


「少しでも感動した私が間違っておりました」


 さて。


 城は手に入れた。


 次は女だ。


 俺様は、城壁の上に置かれたラウラの頭を拾い上げた。


『待て。なぜ再び脇に抱える』


「今日からお前も俺様のものだ」


『私は《不落城主》の役割に含まれていない!』


「細かい女だな。美人なのに」


『首だけの女を口説くな!』


「身体もあるだろ」


 俺様が見ると、首のないラウラの身体が両腕で胸元を隠した。


『見るな!』


「顔はこっちにあるのに、器用な奴だ」


「ご主人様」


 フィーネが、俺様の腕からラウラの頭をそっと受け取る。


「ラウラ様を荷物のように扱ってはいけません」


「そいつが返せとうるさいから持っていただけだ」


『貴様が落としたのだろうが!』


 フィーネはラウラの頭を両手で丁寧に抱え、その身体へ近づいた。


「痛くありませんか?」


『問題ありません。姫殿下』


「姫殿下?」


 フィーネが首を傾げる。


『《不落城主》が、あなた様の血を魔王王統と認めました。ならば、その呼称が適切かと』


「ですが、私はご主人様の奴隷です」


『なぜ魔王王家の血を引く方が、人間の奴隷などに!』


「俺様が買ったからだ」


『貴様には聞いていない!』


 フィーネがラウラの頭を、胴体の上へそっと戻す。


 青白い霊炎が燃え上がり、頭部と胴体がつながった。


 ラウラが首を回し、具合を確かめる。


 俺様より頭一つ大きい女が、改めて目の前に立った。


 間近で見ると、やはりでかい。


「ご主人様。どこを見ているのですか?」


「胸だ」


「少しは隠してください」


「なぜだ?」


「堂々としていれば許されるわけではございません」


 ラウラが《ギロティア》を構え直す。


「敗北は認めた。役割も奪われた。だが、貴様の女になると認めた覚えはない」


「では、明日また聞く」


「毎日聞くつもりか?」


「お前が頷くまでな」


「永遠に断る!」


「デュラハンなら長い付き合いになりそうだな」


 ラウラの額に青筋が浮かんだ。


 悪くない。


「ラウラ。今日からフィーネの護衛をしろ」


「なぜ私が!」


「敗者は勝者に従うものだろ」


「貴様は私の役割を奪った。そこまで従う義理はない」


「なら、砦を出ていってもいいぞ」


 俺様は兵士たちを指差した。


「ただし、こいつらと城は置いていけ」


「ぐっ……!」


「どうする?」


 ラウラが歯を食いしばる。


 やがてフィーネを見た。


 負傷兵たちの治療を手伝い、汚れた包帯を集めている、小さな新城主を。


「……承知した」


 ラウラは《ギロティア》を床へ突き立て、フィーネの前で片膝をついた。


「このラウラ・ヘルグレイヴ。北方砦の守備隊と、姫殿下を守るため、しばらく貴殿らに同行しよう」


「俺様の女になる件は?」


「それは断る!」


「まだ、が抜けているぞ」


「永遠にだ!」


「まあいい」


 俺様は城壁へ突き立てられた《ギロティア》を引き抜いた。


「何をする?」


「戦利品だ」


 片手で振ってみる。


 悪くない重さだ。


 だが、刃の形が趣味ではない。


 俺様には、もっと格好いい剣が似合う。


「返す」


「扱いが軽い!」


「俺様には見た目が地味すぎる」


「我が一族に伝わる断頭大剣だぞ!」


「その程度で怒るな。地下にもっと良さそうなものがある」


 《不落城主》を一瞬だけ所有したことで、砦の構造は覚えている。


 最下層。


 何重もの封印の奥に、強大な力を秘めた何かが眠っていた。


「地下だと?」


 ラウラの表情が変わる。


「まさか、あの封印が……」


 そのとき。


 城壁の中央に設置された黒い水晶が、赤い光を放った。


 ラウラが振り返る。


「魔王城からの通信だ」


「ちょうどいい。出ろ」


「貴様に命令される筋合いはない!」


「では俺様が出る」


「待て!」


 俺様は水晶へ触れた。


 空中に赤い光が広がり、一人の少女の姿がぼんやりと映し出される。


 年齢はフィーネより少し上。


 肩に触れるほどの黒髪と、穏やかな茶色の瞳。黒を基調とした豪華な衣装をまとっているが、その顔立ちには魔王らしい恐ろしさより、普通の少女らしさが残っていた。


『北方砦、応答してください。ラウラさん、聞こえますか?』


「誰だ?」


『……そちらこそ誰ですか?』


「新しい城主の主人だ」


『城主の、主人……?』


 少女が困惑した顔をする。


 後ろからラウラが怒鳴った。


「申し訳ありません、魔王陛下! 北方砦は、この男に占領されました!」


『えっ!?』


 少女の目が丸くなる。


「お前が魔王か?」


『わ、私が魔王なんですけど……』


「そうか。美人だな」


『第一声がそれですか!?』


「俺様の女になれ。魔王城ごと面倒を見てやる」


『な、なんでそうなるんですか!』


 水晶の向こうで、誰かが駆けてくる音がした。


 黒い鎧をまとった若い男が、少女を庇うように映像へ割り込む。


『美兎! そいつから離れろ!』


『離れろって、遠距離通信だよ!』


 少女――美兎が困ったように答える。


 男は水晶越しに俺様を睨みつけた。


『お前、何者だ!』


「ゼクト・グランツ。今日、勇者をクビになった」


『勇者……?』


「お前も勇者か?」


 男の顔が強張る。


 黒い鎧の隙間から、右手の甲に刻まれた金色の紋章が見えた。


《異界勇者》


 神殿で見た《勇者》とは、わずかに形が違う。


『俺は皇蓮。もう勇者を名乗るつもりはない』


「では何だ?」


『美兎を守る騎士だ』


「そうか。なら俺様の部下になれ」


『断る!』


「美兎もまとめて面倒を見てやるぞ」


『だから断っている!』


 今日会った連中は、断ってばかりだな。


『ちょっと待って』


 美兎が、皇蓮の肩越しにこちらを見る。


『さっき、新しい城主って……誰のこと?』


「フィーネだ」


『フィーネ……?』


「正式な名前は、フィーネ・ルクレティア・セレス・アステリア――」


『ヴァル=ノクティス』


 美兎が、その続きを口にした。


 先ほどまでの困惑が消えている。


 顔から血の気が引いていた。


『その子は、そこにいるの?』


「あの……私です」


 フィーネが俺様の隣へ立つ。


 美兎は水晶越しにフィーネを見つめた。


『お願い』


 魔王の声が震える。


『その子を、魔王城へ連れてこないで』


「理由は?」


『私が倒されたら、その子は死ぬ』


 城壁の上から、音が消えた。


 皇蓮が美兎の肩を抱く。


 ラウラでさえ、驚いた顔でフィーネを見ている。


『北方砦は返さなくていい。ラウラさんたちを傷つけないなら、あなたたちを追うこともしない。だからお願い。私を倒しに来ないで』


「断る」


『どうして!?』


「俺様の行き先を、お前が決めるな」


『でも、その子が死ぬんだよ!』


「だから、お前を殺さずに倒す」


 俺様は美兎へ告げた。


「《異界魔王》を奪い、魔王城も奪う。フィーネは死なせない。お前も欲しいから殺さない」


『最後の一言で、全部台無しだよ!』


「美兎は渡さない!」


 皇蓮も怒鳴る。


「お前の許可は聞いていない」


『絶対に来るな!』


「待っていろ。すぐに行く」


 俺様は通信を切った。


 赤い映像が消える。


 フィーネが不安そうに俺様を見上げた。


「ご主人様。本当に魔王様を倒されるのですか?」


「ああ」


「私が死んでしまうかもしれなくても?」


「死なせないと言っただろ」


「ですが……」


「俺様は一度言ったことを曲げない」


 城も奪う。


 魔王も奪う。


 フィーネの命も、誰にも渡さない。


「まずは、この砦を調べるぞ」


 目指すは最下層。


 《不落城主》の記憶が示した、封印区画。


 次に俺様が奪うものは、すでにこの城の地下で待っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。