八
海苔の養殖をしている海辺を見ながら四半刻も足早に進めば、目指す羽田浦が見えてくる。この辺りは天明の頃より開墾を始め、少し前にそれが完成した。多くは海苔や農業、ことに梨子などを栽培するか、もしくは漁師たちがその生業を営んでいる。隣の羽田猟師町は、江戸城に鮮度の良い魚介類を献上する御菜八ヶ浦――芝金杉浦、本芝浦、品川浦、大井御林浦、羽田浦、生麦浦、子安新宿浦、神奈川浦の、八つの御菜浦の一つだった。その羽田猟師町の名主がこの場を開墾し、移り住んでいる。
羽田猟師町とこの周辺では、細々と塩も作っていた。方法は瀬戸内の塩と同じ入浜式塩田ではあるが、規模が小さいこと、またこの地の土砂の関係もあり、通常よりも粒子の小さな塩が作られていた。これらは下り塩とは別に、江戸内にて安く流通している、所謂地廻りの塩だ。
「おや、惣さんじゃないか」
漁師の喜平が声をかけてきた。惣八は料理人ということもあり、この辺りの漁師や農民たちには顔見知りが多い。
「久しぶりだねぇ喜の字よ。最近はどうだい」
「今日は鱚がたくさん捕れたもんよ」
「そりゃ羽振りがいいな」
「まぁな。小せえの、土産にやろうか」
「今日は買い物に来たんじゃねえけど」
「こんくれぇ持ってけ」
「ありがとよ――なぁ、ちょいと頼まれて欲しいことがあるんだが」
その言葉に、喜平が小首を傾げる。
「別に構わねぇけどよ。俺にできることけぇ?」
「羽田の塩を、小指の先ばかしでいいから、貰えねぇか。代金が必要なら払うが」
「……店やら振りやらを、通さねぇってことだな」
惣八の言葉に、喜平の声が小さくなった。頷く惣八に、喜平は口角を上げる。
「なに、升一つくれってんじゃない。そんくれぇ、俺の家にあるやつを、よこしてやろう。待ってろ」
そう言って、彼はすぐ近くの長屋へ姿を消していった。
棒手振りから羽田の塩を買わないのには理由がある。間違いなく、混ぜ物のない羽田の塩を手に入れたかったからだ。
ここ羽田猟師町付近であれば、長屋に住むような人間の塩は間違いなく地のものである羽田の塩であろう。下り塩や囲塩に比べて、塩問屋や株仲間などとの関与があまりないのも特徴だ。つまり、内々に塩を手に入れることができる。
「待たせたな。ほれ、これが塩。それから鱚はこっちな」
小さな布に包まれた塩と、藁苞の鱚を差し出す喜平に、惣八は頭を下げる。
「ありがてぇ。今度、神田に来るときゃ、あたしん家に寄っておくれよ」
「下り酒の一つも頼むぜ」
「薄めずに出してやらぁ」
「ほれ、大木戸が閉まっちまう。そろそろ行きな」
「感謝する」
太陽が傾きかけた空を見上げ、喜平が促した。惣八は再び頭を下げると、高輪大木戸へ、足早に進み出した。




