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出入り料理人惣八の、季節事件簿  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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6/15

 文之進とは遅くまで呑み、そのまま寝入ってしまった。

 明け方目が覚めると、妙に腰が痛い。


「敷き布団くれぇ、引っ張り出せば良かったか」


とは惣八の言。

 雨戸を外に立てかければ、振り売りの声が響いてくる。


「文は今日はどうすんだ」

「とりあえず、家に帰る。なにかありゃ、また声をかけてくれ」

「二度寝とくるか」

「まさか。塩問屋と株仲間から、当たってみるよ」

「そいつぁ助かる」


 瀬戸内の塩をこの頃は諸国塩浜集会と呼ぶ。明治になり十州塩田と呼ばれる播磨、備前、備中、備後、安芸、周防、長門、阿波、讃岐それに伊予の十藩にある塩田で採れる塩は、塩廻船により江戸に下ってくるが、必ず問屋を通す。それらはわずか四軒の問屋だった。対して、江戸の地廻り塩や、他に生産している塩を扱う塩問屋や塩仲買も存在しており、それらの問屋たちが集まり、株仲間を形成している。


 文之進は、その株仲間の登録情報から、お夕が見たという『みた塩問屋』を探し当て、塩問屋側の帳簿の確認をするつもりなのだ。

 話しながら、惣八は朝食の支度を進める。


「お、納豆屋だ。ちょいと買ってくらぁ」


 外から聞こえた納豆売りの声に、文之進が長屋を飛び出した。それを合図に、惣八は味噌汁の支度も始める。


「あれま。味噌が足りねぇや」


 昨朝味噌を大分使ったことを思い出す。仕方がないので塩の在庫を確認するも、それもない。


「こうしたもんってな、一気になくなるな」


 都合良く、塩売りの声も聞こえるものだから、文之進に声をかけて一升分貰い受けるよう声を上げた。

 納豆と塩を両手に抱え戻った文之進は、惣八の持つ空いた器に塩を移すと、振り売りの元へ戻っていく。手持ちの升がなかったから、預かりで長屋に走ってきたのだ。


「味噌がなくなってたから、今朝は納豆汁はなしだ。塩で納豆を食おう」

「それも豪勢なもんだな」


 米が炊き上がる匂いがあがる。香ばしい白米を木のお櫃に移し、今食べる分だけを飯茶碗によそう。振り売りから文之進が買ってきた納豆を上にのせると、惣八がはらりと塩を振りかけた。


「最近じゃ、地廻りの塩をこうして売ってるから、楽でいい」


 納豆と塩を混ぜながら笑う惣八に、文之進も頷く。


「下り塩に比べて、随分と安いしなぁ」


 瀬戸内の塩は、質も量も江戸の地廻り塩に勝るが、それはつまり収量が必要分に対して多いともいえる。そのため一時は値が下がることもあったが、この前年に諸国塩浜集会は、三八法という取り決めを行った。三月から八月のみに塩浜を稼働させることにより、供給過多をおさえるのが目的だ。そうしたことや、江戸までの諸費用が上乗せされることもあり、下り塩は江戸内の需要を八割から九割賄っていてもなお、囲塩以外の地廻り塩よりは、高価だった。


「そんかわり、粒が小さくて、やわらかみがちょいと少ねぇのよ」

「俺にゃぁわからんけどな」


 塩を混ぜて粘り気が強くなった納豆飯をかっこみながら、二人は笑う。


「さて、あたしはそろそろ行かねぇと」


 飯茶碗に湯を入れ飲みきると、二人はそれをしまい立ち上がる。

 惣八は麹町方面へ、文之進は日本橋方面へとそれぞれが別れて、進んでいった。




 尾張藩中屋敷の漬物蔵で、惣八は人心地をついた。

 梅酢のあがりが、ようやく梅全体を満たすものとなっていたからだ。


(あとは重石を変えて……)


 この後の算段を考えながら、樽を確認する。


(ん……?)


 ふと、樽の縁につく塩に気が付く。

 梅酢があがったときに、幾分か跳ねたのか。はたまた仕込みのときの名残なのか。いずれにせよ、その縁にあった塩の小さな痕跡は、惣八の眉間に皺を寄せるだけの、理由にはなった。


「ちいとばかり、大きさが違わねぇか?」


 粒の大きさが僅かに違う。

 指にとり、じっと見た。それをペロリと舐める。


「……なるほどな」


 次に逆の手で、梅酢のあがった梅を一粒取り出し、じっくりと観察した。果肉の一部が破れ、中身が顔を出している。


「こりゃぁ、どうも違うねぇ」


 常にない梅の状態に、惣八は樽を見渡す。漬物蔵の奥には、塩を包んでいた俵が干されていた。このあと、梅を干すときに使うのだ。


 俵に近付き、検分する。藁の匂いがした。手に取っても湿気は感じないので、おそらく塩を使い切った後に、天日干ししたのだろう。


 その俵をじっと見ていくと、惣八の目が一箇所にとまる。そこへ指を添えると、薄暗がりでははっきりと見えなかったが、確かに一つの、でこぼことした痕が感じられた。


「ひとっつ、ねぇ」


 そう零すと、他の八俵分も同様に確認をする。どれも、同じようなでこぼこの痕が一つだけある。


「荷札を手に入れてぇな」


 再び樽に戻り、重石の数を調整しながら、惣八は考えを巡らせる。手元の帳面には、梅酢の量、重石の数を記載し、併せて気付いた塩についての記載と、下手くそな絵を添えた。


「我ながら、北斎とはいかねぇが、先般現れた一遊斎みたいじゃねぇか」


 一遊斎とは歌川広重のことで、彼の初手の名前である。随分と大きく出たものではあるが、誰に言うわけではない。――それにしても大きくでたものだが。

 近くの井戸で手をすすぎ、通りがかったお夕を呼んだ。


「惣八さん、どうしたんです」

「無理のねぇ範囲で構わねぇから、ちいと頼まれてくれんか」

「かまやしないですよ。他ならぬ惣八さんの頼みですから」


 にこりと笑うお夕の笑顔は、十六の少女らしい屈託のない、みずみずしいものだった。



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