五
「そんで、お前さんの知ってる情報を、全部話してみてごらんよ」
惣八の長屋に入るや、文之進は勝手知ったる風情で瓦灯に火を入れ、その火で煙管を銜える。
「おう。あ、今燗入れらぁ」
酒を温め、徳利を文之進に出す。肴は惣八の漬けた沢庵。
「この酒旨いな」
「なんたって下り酒よ。剣菱……の親戚の知り合いだとかいう杜氏の酒だ」
「そりゃ豪勢な。親戚も知り合いもいくらでも生えてくる。ここんとこ下りもんの他にも、地廻りの良いもんも増えてるが」
「どこぞから貰えりゃ、なんでも旨ぇ」
「確かにな」
大坂伊丹と灘の下り酒は、この頃特に人気がある。江戸地廻りの酒もなくはないが、やはり京坂からの下り酒は質が良いと、江戸の者は好んで呑む。
バリンと沢庵を食む音が響いた。
「あたしが漬けた梅は、二十四樽。重さで言やぁ、七二〇貫。対して塩は二割の九俵だ」
「そんで、お夕ちゃんが見た帳簿には、梅干し用の塩が十俵、ね」
通常の尾張の国元から江戸屋敷への塩の納入は、問屋を通す必要はない。ただし、毎年梅を漬ける塩に対しては問屋を通す。尾張の熱田湊から船で江戸まで移動する間に、多少の苦汁分が蒸発し、目方が減ってしまうからだ。その差異を、梅漬け用として問屋で江戸地廻りの囲塩で埋めて、中屋敷へと納入する。
囲塩とは、主に江戸地廻りでは、行徳塩田で作る塩を寝かせたものだ。今でいう『瀬戸内』の塩田事業は規模が大きく、質、量ともに日の本を席巻している。だが、江戸と瀬戸内の距離は、梅雨時期や台風などで物資が途絶えることも多い。そのために、地廻りの塩も幕府としては確保している。とはいえ、質と量で負ける行徳塩田としては、収入を得るために、智を回す必要があった。囲塩こそがそれで、塩を地下に貯蔵し屋根葺きをする。一年ほど保管すると、水分や苦汁が抜け、それ以上目減りしない塩となる。目減りしないため、保管に適しており、雪深く物流が止まる東北地方や、山間部などで重宝された。こうして囲塩は、下り塩よりも高値で取引することができるようになったのだ。
「みた塩問屋とは、聞いたことがねぇな」
惣八が首を傾げる。
「お前さんが知らないってこたぁ、小店ってことだろう。それはそれで変な話だ」
「ああ。尾張ほどの大藩が、通すとこじゃねえ」
「――ちょいと、調べてみる必要がありそうだな」
水で薄めた下り酒を、くいと喉に流し込み、文之進は目を細めた。
「塩一俵、尾張のもんならたいていは四、五百文だ。それをどこへやったか」
大人一人、一日働いて通常二百文程度。二日とちょっと働いた日銭が、塩の一俵の価格と言える。塩一俵程度であれば、わざわざ危険を顧みずに、裏に流して金を作るほどではない。だが、それは塩一俵だけの場合だ。
「文は何かあると思うのかい?」
「まだわからねぇ。わからねぇ、が俺の仕事柄、気になるってぇもんだろ」
文之進の仕事は大名家を主とした、諜報活動だ。であればこそ、こうした小さな違和感を見逃すわけにはいかない。
尾張藩の中屋敷で何が起きているのか。
「てぇしたことじゃなけりゃ、それはそれだ」
惣八は文之進のその言い分に頷く。徳利を傾け、二人分の猪口に継ぎ足した。
「俺は問屋を調べよう。お前さんは中屋敷だ。四、五百文で何かをしでかそうなんざ、そうそうねぇだろうとは思うけどよ」
「だが、ことがこれだけで終わるかはわからねぇ、ってか?」
「んなもんは、調べてみねぇとだ」
「そりゃそうだ。文よ、あたしは手前ぇの仕事を全うすんのが一番だよ」
「その課程で、気付いたことがありゃ、教えてくれ」
それで、話は成った。




